季節がめぐる中で 69
シャワー室に入ると明かりがついていた。
「神前か」
叫び声の主は吉田だった。
「はい、そうですけど」
そう言うと共用ボックスから新しいタオルを取り出す。水音は止まない。誠はそのまま練習用ユニフォームを脱いでいく。
「ああ、アイシャの馬鹿が大変みたいだな」
吉田の脳はこの部隊のあらゆる端末と接続している。警備部の入り口に取り付けられたカメラの映像も例外ではない。
「まったく迷惑だねえ。タコとリアナさんが出てって記者達と問答してるけど……」
そう言う吉田の声を聞きながら誠は裸になってシャワーの個室に入る。
「体育協会の法術規定の件ですか?」
法術の存在は軍や警察関係だけではなく、スポーツ界にまで影響を与えた。まず最初に動いたのがヨーロッパサッカーだった。遼州系の選手をすべて解雇したこの過剰とも言える反応は世論を大きく動かすことになった。
当然住民のほとんどが遼州の現住民族『リャオ』の血を引く東和のスポーツ界も揉めている。法術適正検査はすべてのプロスポーツで行われ、一部のスタープレーヤーの去就についての雑談が話題のない取引先とのやり取りに使われていることは誠も知っていた。それ以外の深い部分での動き、吉田ならネット関連の情報でかなりのところまで知っているだろうと思いながら蛇口をひねる誠。
「まあ、あれだ。軍や警察と並んであおりを受けたのはスポーツ界だからな。ヨーロッパのサッカーリーグの遼州系選手の謹慎処分はやりすぎとしても今シーズン後に多くのプロスポーツ選手が引退させられるのは間違いないしな。特に東和の野球関連の団体はかなりもめてるみたいだぜ」
誠は頭から洗剤を浴びて体の汗を流す。吉田はただ打ち水のようにシャワーを頭から浴びているようだった。
「ゲルパルトの人造人間はアーリア人贔屓のお偉いさんの企画立案だからな。遼州人が嫌いで仕方なかった連中が遼州系の血は入れずに作ったわけだから法術なんて使えるわけもないというわけだ」
足元に流れていく白い泡を眺めながら誠はただ吉田の言葉を聴いていた。
「確かに身体能力は地球系の女性の比ではない、それに戦争の生んだ悲劇と言うことで脚色すれば客寄せとしては最高の材料になる……世の中面白いねえ」
吉田に言われるまでもなく、あの記者の群れを見たときからその思いはあった。そして自分が目指していた世界にアイシャが消えていくのがさびしいと言う思いがあることに気づいて誠ははっとした。
『僕はやはりアイシャさんが遠くに行くのが怖いのかな』
黙ったまま水の音だけを聞いていた。吉田は情報には精通しているが人の感情を察することでは中学生以下だと言っていたのはアイシャだった。そして無粋なことをばら撒かせたら銀河でも屈指の存在なのも知っていた。誠は悟られないようにどういう言葉をつむげばいいのか考えていたが、言葉がひとつも見つからなかった。
「さて、俺も上がるかねえ」
沈黙に耐えかねたようにそんな言葉を吐く吉田。彼の個室のシャワーの音が止んだ。
「でも、そうすると僕は……」
誠はようやく気づいた。自分も法術適正がある遼州系東和人であるということを。
「ああ、アマチュアの協会も動いてるぜ。いろいろ揉めてるみたいだが、公式戦の登板資格の剥奪くらいはあるかもしれないな」
立ち止まった吉田がそう言うとそのまま入り口で立ち止まって体を拭いている。
自分の左手、誠はまじまじと見つめた。指のマメ、腕の筋肉、切り詰められた爪。そう言えばリトルリーグの時代から常に野球をしていた自分からそれが無くなる。事実としては理解できるが、どこかしらわかることを拒んでいるような気持ちがあるのは確かだった。
「神前。どうせカウラ達待たせてんだろ?急げよ」
そう言うと吉田はシャワー室を出て行った。誠はあわてて蛇口を閉めて全身の水滴をぬぐい始めた。




