季節がめぐる中で 159
ズボンを脱いで勤務服のズボンを手に取ったとき、誠はおかしなことに気づいた。先ほどから着替えをしているはずのアンの動く気配が無い。そっと不自然にならないようなタイミングを計って振り向いた。誠の前ではワイシャツを着るのを忘れているかのように誠のパンツ姿を食い入るように見ているアンがいた。
「ああ、どうしたんだ?」
誠の言葉に一瞬我を忘れていたアンだが、その言葉に気がついたようにワイシャツのボタンをあわてて閉めようとする。その仕草に引っかかるものを感じた誠はすばやくズボンを履いてベルトを締める。
だが、その間にもアンはちらちらと誠の様子を伺いながら、着替える速度を加減して誠と同じ時間に着替え終わるようにしているように見えた。
『もしかして……』
冷や汗が流れる。初対面の相手。できればそう言う想像をしたくは無かったが、アンの視線は明らかに大学時代に同性愛をカミングアウトした先輩が誠に向けていた熱い視線と似通っていた。早く、一刻も早く着替えてしまいたい。誠はアンから目をそらすと急いで着替え始めた。そうすると後ろに立っているアンもすばやく着替えようとする衣擦れの音が響いてくる。
焦った誠はワイシャツにネクタイを引っ掛け、上着をつかむと黙って更衣室を飛び出した。誠は二人だけの状況から一秒でも早く抜け出したかった。そのまま振り向きもせずに早足で実働部隊の詰め所に向かう。
「おお、なんじゃその格好。たるんどるぞ」
思い切りよくドアを開いた誠。新聞を読んでいた明石がの格好に顔をしかめた。息を整えつつ自分の席に向かう誠。明石の隣の席の吉田は明らかに何かを知っていると言う表情で意味ありげな笑いを浮かべている。
「第三小隊って……いきなりですか?」
「まあ、第四小隊が現に存在する以上、あってもおかしくねえんじゃないの?ああ、新人来てたよな」
意味ありげに笑う吉田。そこで扉が開く。
「失礼します!アン・ナン・パク軍曹着任のご挨拶に来ました!」
きっちりと保安隊の制服を着込んだアンが敬礼する。明石も吉田もすぐに立ち上がり敬礼を返した。そしてそれを見て誠も我に返ったように敬礼をしてそのままネクタイを締めなおした。
「ああ、僕は隊長に呼ばれているんで……」
そう言って逃げ出そうとする誠だが、微笑を浮かべながらアンが誠の手を握った。
「僕もついていっていいですか?隊長に着任の挨拶も済ませてないので」
誠は断りたかった。そして明石にすがるような視線を向けた。
「神前、連れてってやれ」
淡白にそう言うと明石は席に座って新聞の続きを読み始めた。見限られたと思いながらとりあえず握ってくるアンの手を離そうとした。しかしその華奢な体に似合わず握る手の力に誠は手を離すことをあきらめた。
「あのー……」
何かを言いたげに見つめてくるアン。確かにその整った面立ちは部隊最年少の西兵長と運行部の女性隊員の人気を奪い合うことになるだろうと想像できるものだが、明らかに自分に色目を使うアンに誠は背筋が凍るのを感じた。
「とりあえず手は離してくれるかな?」
自分の声が裏返っていることに気づくが、誠にはどうもできなかった。実働部隊の詰め所を覗くと、中で吉田が腹を抱えて笑っている。
「すいません!気がつかなくて……」
そう言うとようやくアンは手を離した。そしてそのまま何も言わずに廊下をついてくるアン。振り向いたらだめだと心で念じながら隊長室の前に立った。
「失礼します」
誠はノックの後、返事も待たずに隊長室に入った。




