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季節がめぐる中で 143

 胡州、帝都。

 第一帝都ホテルと言えば、胡州の最高級のホテルとして名が通っていた。その赤い絨毯の敷き詰められた落ち着いた雰囲気のラウンジに一人の胡州陸軍少将の制服に身を包んだ長身の男が現れた。

 吊り下げていた朱塗りの軍刀をホテルマンに預けると、男はそのまま人を探しているかのようにラウンジに集う賓客達をちらちらと見つめながら歩いた。胡州の貴族の称号を持っている数名の賓客は、その男のことをすぐに思い出した。

「あれは、泉州公じゃないですかな」 

「ええ、間違いありませんわ。でもなんでこんなところに……」 

 ざわめく人々、殿上会での四大公家三位の嵯峨家の家督相続の上申により泉州公の位を賜った先の嵯峨公爵家当主、嵯峨惟基。特務大佐という階級が存在しない胡州陸軍では彼は二階級上の少将の階級の制服を着る様に指導されているので、彼は娘の楓に無理やりその制服を着せられてこのホテルのラウンジを徘徊していた。

 嵯峨はふらふらとしばらくラウンジを散策していたが、次第に彼の視線が見事な英国風庭園が見える個室に集中していることはこの場にいる誰もが気づいていた。

 ホテルマンが嵯峨のあからさまな嫌がらせとも取れる徘徊を注意しようとした時、嵯峨はようやく決意がついたとでも言うようにその目当ての個室に向かった。

 ノックもせずにその扉を開く嵯峨。

 中には白髪の欧州系の顔立ちをした紳士が一人で優雅に庭を見ながらコーヒーを飲んでいた。

「君らしいと言うか……来るとは思っていたがね」 

 紳士、ルドルフ・カーンは笑みを浮かべて、仏頂面を下げて彼を見下ろす嵯峨を迎え入れた。先の大戦で外惑星系の大国ゲルパルトを戦争へと指導したアーリア民主党の幹部である彼が当時の同盟国とは言え人目につくホテルにいることに嵯峨はまるで疑問を持たないというよう見えた。そして彼はカーンに向かい合うようにテーブルのそばに進む。そして嵯峨は感情を押し殺したような表情で紳士の手前にある椅子に腰掛けた。

「どうだね、前公爵殿。二億の民を抱える領邦領主の座から降りた気分は」 

 カーンはそう言うと余裕のある物腰で大柄な嵯峨を見上げた。かつて何千万という人々を刑場に引く為の方策を苦心したということが嘘のような穏やかな瞳。だが、嵯峨もそれを嘲るような挑戦的な表情で老紳士を見つめる。

「別に私の中身が変わったわけじゃないですから。それに以前は遼州帝国皇帝なんていう面倒な肩書きを持ってた経験もありますからね」 

 嵯峨もカーンの言葉を聞くと少しばかり余裕を得たと言うように微笑んだ。

「そうですか、まあ遼州の山猿の大将より重たい位だと私は思うんだがね」 

 そのあからさまに挑発的なカーンの言葉に、嵯峨は逆に笑顔のようなものを浮かべた。ゲルパルト帝国内で行われた遼州系住民の大量虐殺の理論的根拠を作り上げた精緻な頭脳は嵯峨と言う遼州人の位を極めた男を興味深げに見つめている。

 老紳士の前にある嵯峨の表情は彼を知る人ならば見たくはない表情だった。それは敵意を示す前に嵯峨が見せる警告のような意味を持つ表情だと知られていたから。口元が引きつり、瞬きもせずに上目がちに相手を見上げる。それを知らない人でもこんな悪意に満ちた表情を向けられればひるむに違いない。

「地球至上主義のスポンジ頭には理解できないかも知れませんがね……いや、地球至上主義なんぞではなく白人至上主義者でしたかあんたは」 

 そう言った嵯峨の言葉に合わせるかのようにドアがノックされる。

「入りたまえ」 

 静かなカーンの言葉に白いジャケットのウェイターが現れる。嵯峨は首を振る。

「彼は客とは呼べない存在でね。悪いね、無駄足を踏ませてしまって」 

 ウェイターが言葉を発するまもなく彼を追い返すカーン。

「でもまあ、スポンジ頭のすかすかな情報網には今回は感謝しているんですよ」 

 そう言うと嵯峨は挑発するようにカーンの前で足を組んで反り返り口元を緩める。そのような嵯峨を見ながらカーンは表情も変えずにコーヒーを飲み干した。

「なに、常に大局を見据えながら行動するならば今回は手を引いた方が利口だと踏んだだけだよ。野蛮人の似非公爵殿」 

 お互いに相手を罵倒する言葉を吐きあう二人。嵯峨の視線もカーンの視線もお互いを憎みあうものの瞳の光を帯びていた。絶対に和解できない不倶戴天の敵。お互いにそう思っているとカーンは考えていたが、目の前の大柄な遼州の野蛮人の血を引く男がそうは思っていないと感じて顔をしかめた。

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