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季節がめぐる中で 130

「そう言えば楓。転属の件は片付いたのか?」 

 嵯峨は肩をまわして先ほど康子に砕かれた右肩が直ってきているのを確認していた。

「ああ、すべて書類上の手続きは終わりましたから」 

「そうか」 

 それだけ言うと嵯峨は湯飲みを置いて立ち上がる。そのまま手にしていた木刀を正眼に構えすり足で獅子脅しのある鑓水の方へと歩み寄っていく。

「ああ、そうね。要ちゃん元気かしら」 

 あっけらかんと康子が娘の名を呼んだ瞬間、嵯峨親子は微妙に違う反応を見せた。

 明らかに困ったことを言われたなというように木刀を納めて、照れ笑いを浮かべながら姉を見つめる嵯峨。頬を赤らめて遠くを見つめるような浮ついた視線を浮かべる楓。

「私もね楓ちゃんと要ちゃんが結婚するのが一番いいように思えてきたのよ。確かに女同士だけど前例はあるって新ちゃんも言うし……」 

「それはそうなんですがねえ……」 

 口答えをしようとした嵯峨だが、康子に見つめられるとただ口を閉じて押し黙るしかなかった。

「楓ちゃんなら安心よね。お父さんとは違ってきっちりしてるし」 

 楓の黒く長い髪を撫でながら再び彼女の父親に視線を送る康子。ごまかすようにして廊下を小走りに走る人影に嵯峨は目を向けた。そこには西園寺家の被官である別所晋一がいつもの寡黙な表情のまま楓の座っているところまで来ると片膝をついて控えた。

「大公殿」 

「大公殿は二人居るよ。どっちだい」 

 嵯峨の投げやりな言葉に別所は視線を嵯峨の方に向けた。

「では泉州公。明石から連絡で作戦開始時間になったそうです」 

「そうか」 

 嵯峨はそれだけ言うと再び木刀を手にして立ち上がり素振りを始めた。

「父上、心配ではないのですか?」 

 別所の言葉を聞いて静かに問いかける楓。だが、嵯峨はまるで表情を変えずに素振りを続けるだけだった。

「大丈夫よ楓ちゃん。要ちゃんもついているんだから。それに新ちゃんの話では今度の作戦の鍵になる誠君ていう人は結構頼りになるみたいだし。ねえ、晋一君」 

 その勇名で知られる康子に見つめられ、ただ別所は頭を垂れるだけだった。

「ああ、別所。オメエが長男で無けりゃあこいつと……」 

「僕は認めません!」 

 嵯峨の与太話を思い切りよく否定する楓。そしてただ頭を下げる別所に嵯峨は諦めたような笑いを浮かべるしかなかった。

「どうもねえ、こんなふうに現場に立てねえってのは……つらいもんだねえ」 

 そう言って木刀を納めて縁側に戻る嵯峨を康子はいつにない鋭い視線で見つめていた。

「大丈夫よ。要ちゃんがうまく動いてくれるわよ。なんといっても私の娘なんですから」 

 嵯峨は姉のその迷いの無い言葉に複雑な笑みを浮かべることしかできなかった。

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