季節がめぐる中で 115
「なるほど。では何故大公はその事実をご存知なんですか?しかもかなりの精度で情報を入手されているようですが……」
そう言って食い下がる醍醐。嵯峨は口に入れた肉を十分に噛んだあと飲み込んでから醍醐の顔を見つめた。
「ああ、いろいろとおせっかいな知り合いが多くてね。そんなところから俺のところまで情報が漏れてくるんですよ。まあ、今回の件についてはだんだん最悪な予想屋の言ったことが的中しそうですが」
嵯峨は箸を再びすき焼き鍋に向ける。
「今回の事実で私の情報の精度が劣ることは分かりました……ですが……。つまり情報を我々と共有する余地は無いと?」
怒りに引きつる醍醐の顔。嵯峨はまるっきりそちらを見ようともしない。西園寺は黙ったまま箸をちゃぶ台に置いて二人のやり取りを見つめている。
「分かりました!総理」
嵯峨に見切りをつけた醍醐は懐から書簡を取り出した。表には『辞表』と書かれているのを見ても嵯峨は黙ってしらたきを取り皿に運んでいた。
「突然だね」
それだけ言うと西園寺は手に取ることも無く、醍醐の陸軍大臣を辞めるということが書かれているだろう書簡を眺めていた。
「嵯峨さん。私はもうあなたを信じられなくなりました……」
「え?これまでは信じてたんですか?それはまたご苦労なことで」
視線を向けることも無く嵯峨はしらたきを食べ続ける。その様子に激高して紅潮した頬をより赤く染める醍醐。
「まったく!不愉快です!」
そう言うと醍醐は立ち上がった。そして西園寺と嵯峨の兄弟を見下ろすと大きなため息をついた。
「すいませんねえ。俺はどうしてもこう言う人間なんでね」
部屋の襖のところまで行った醍醐に声をかける嵯峨。だが、醍醐はまるで表情の無い顔で一礼した後、襖を静かに閉めて出て行った。
「どうするの?それ」
嵯峨は今度は焼き豆腐に箸を伸ばしながら腕組みをして辞表を見つめている西園寺に声をかけた。
「とりあえず預かることになるだろうな。だが、今回の事件。どう処理するつもりだ?」
その言葉はこれまでのやわらかい口調とは隔絶した厳しい調子で嵯峨に向けられていた。
「どうしましょうかねえ。ってある程度対策の手は打ってあるんですがね」
嵯峨はそう言うと調理用ということで置いてあった一升瓶から安酒を自分の空けた徳利に注いだ。
「これだけの大事になったんだ。しくじれば司法局の存在意義が問われることになるぞ」
静かにそう言うと西園寺は嵯峨が置いた一升瓶から直接自分の猪口に酒を注ごうとする。さすがにこれには無理があり、ちゃぶ台にこぼれた安酒を顔を近づけてすすった。
「兄貴。それはちょっと一国の首相の態度じゃないですよ。同盟の活動の監視は議会の専権事項ですからねえ」
そう言って笑う嵯峨。釣られて西園寺も照れるような笑みを浮かべていた。




