表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/171

季節がめぐる中で 105

「兄上。それでは失礼しましょう」 

 そんな弟、醍醐文隆の言葉が遠くに聞こえるのを佐賀高家は感じていた。殿上嵯峨家と地下佐賀家。かつてその差を越えられると信じていた時代があったことがまるで嘘のように佐賀高家は感じていた。嵯峨惟基。彼は揚げ足を取ろうと狙っている佐賀高家から見ても優秀な領邦領主であり、政治の場における発言力、そして最後の決断においても恐ろしい敵であった。

 弟の冴えない表情を見て、彼は弟とこの敵に回せばただで済むことが考えられない主君の間に険悪な雰囲気が漂っていることにただならぬ恐怖を感じていた。

「文隆、来い」 

 そう言って佐賀高家は弟を引っ張って建物の中に消えた。嵯峨は黙って缶コーヒーの缶に吸い終えたタバコを入れてそのまま道に置いて建物の中に入った。

 ひんやりとした空気が水干を着込んだ嵯峨の体を包む。建物の中庭には枯山水が見える。廊下の角に立っていたSPが嵯峨が室内に入ってきたのを確認すると崩れかけた直立不動の姿勢を正した。

 そのまま嵯峨は一人で金鵜殿の禁殿に向かう廊下を歩き始めた。雑音も無く沈黙した空気の中、こうして禁殿に向かうことは実は嵯峨は一度も経験したことが無かった。

 嵯峨家は本来年に一度のこの金鵄殿での殿上会に参加することが義務付けられている四大公家の当主である。だが、彼は当主になってすぐに軍務で遼南に向かい、そのまま遼北の捕虜となった後は政治取引でアメリカ陸軍に引き渡された。そして地球では三年の間法術発動に関する研究のためのモルモットにされた。そのネバダの砂漠から帰還した嵯峨は殿上会に届け出ることもせず、双子の娘の姉、嵯峨茜を連れて東和に去ってしまった。

 そして今、嵯峨の視線の先に紫衣を纏って太刀持ちに副官である渡辺かなめを引き連れて静々と歩いているのは彼の次女、嵯峨楓の凛々しい姿だった。嵯峨は娘のその姿に思い出がよみがえるのを感じていた。

 嵯峨惟基が、まだ西園寺家の部屋住みの時代。兄、基義に無理やり連れ出されて出かけた成金貴族のパーティーで出会ったゲルパルト貴族の娘。

 そんな嵯峨楓の母、そして嵯峨の最愛の妻であったエリーゼ・フォン・シュトルンベルグの面影が、どこと無くぎこちなく廊下を歩み続ける娘の中に見て取れた。

「柄じゃあねえんだけどな」 

 誰に言うと言うわけでもなく、嵯峨の口から自然と漏れた言葉。そして嵯峨は自分の瞳から涙がこぼれていることに気がついた。

 一瞬、楓の視線が嵯峨に注がれる。うろたえ、自然と顔に赤みが差すのを自覚する嵯峨。それでもすぐに楓は視線をまっすぐと向けて静々と歩き続ける。狂気と暴力が支配したかつての胡州。その政治闘争の見せた武力的側面のテロが嵯峨から妻を奪い、楓から母を奪った。その事実は変えられないことは嵯峨もわかっていた。そしてそんな世界でしか生きられない自分のことも。

 嵯峨はそのまましばらく目頭を抑えたまま、渡辺かなめの後に続いて禁殿へと足を向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ