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季節がめぐる中で 104

 醍醐は沈黙した。いくつかの胡州陸軍情報部貴下の潜入部隊からのデータを手にはしていたが、その多くは嵯峨が胡州と米軍の展開しようとしている作戦の妨害に本気で動き出していると言う事実を示すものばかりだった。

「まず言いだしっぺと言うことで。三人の現役の胡州陸軍の士官の身柄を確保していますよ、こちらは」 

 嵯峨の言葉は醍醐が作戦立案の責任者だった彼の腹心高倉大佐からの報告と一致していた。

「付け加えるとそちらには米軍からは話は行ってないと思いますが、バルキスタンアメリカ大使館付きの将校がバルキスタンのイスラム系武装組織に拉致されたのを取り返したのも俺の直下の連中の芸当でね」 

 天井に向けて吐き出される煙。それを見ながら醍醐も久しぶりのタバコの煙を肺に吸い込む。手にしたタバコの先の震え感じた醍醐。その視線の先には相変わらず殺気を放つ嵯峨の瞳があった。

「だが、我々としては引くわけには行かない。その事情もわかってほしいものですね」 

 そう言った醍醐の額には汗がにじんでいた。

 譲歩をする余地はお互い無いことはわかっていた。バルキスタンでのエミール・カント将軍の略取作戦が急がれる理由くらい嵯峨が読めないわけが無いことは醍醐も知っていた。

 先の敗戦からの復興は進んだとはいえ胡州の経済は決して健全なレベルに到達してはいなかった。敗戦により、胡州のアメリカを中心とした地球諸国の資産凍結はいまだに続いていた。和平会議の結果発効しているアントワープ条約の敵国条項により、貿易・技術・学術研究などの分野での協力停止措置によるダメージは、復興を続ける胡州経済の足かせになってきていた。

 そして来週には行われるアメリカの中間選挙。胡州の首を真綿で絞めるような資産凍結処置の延長を掲げる野党の躍進が確実視されている以上、現政権の強力なリーダーシップが発揮されている今こそバルキスタン問題と近藤資金と言う二つの負の遺産を清算するには最適な時期と言えた。

 胡州の復興は同盟の利益となる。それが嵯峨の兄、西園寺基義首相の今回の作戦を提案した醍醐に言った言葉だった。だが、それが同盟司法局に対する越権行為になることは承知の上だった。同盟の設立時の重鎮であり、同盟の威信を重視する嵯峨がそれを許すはずもなく、独自ルートで妨害工作を始めるだろうと言うことも予想していた。

「まあ、これが組織って奴なのかも知れませんねえ。お互い信じる正義を曲げるつもりはさらさらないと……」 

 そう言いながら再び嵯峨はタバコの煙を大きく肺に取り入れる。

「文隆!」 

 突然の声の主に醍醐は驚いたように振り向いた。醍醐文隆一代公爵の兄に当たる、地下佐賀家の当主佐賀高家侯爵が紫色の武家装束で通用口から顔を出していた。彼ははじめは弟、醍醐の顔を見つめていたが、その話し相手が嵯峨だとわかるとその笑顔が引きつって見えた。

 弟と同じ嵯峨家の被官という立場だが、佐賀高家の立場は複雑だった。

 嵯峨家は60年前に当主が跡継ぎを残さず死去。その家格と2億の領民を抱える領邦のコロニー群は四大公筆頭である西園寺家に預けられた。分家である佐賀家。特に現当主佐賀高家は殿上嵯峨家の家督にこだわった。その財力と四大公の家格は胡州ばかりでなく地球までも影響を持ちえる権力を手にすることを意味する。

 だが、西園寺家はこれを黙殺した。先代の当主西園寺重基は三男西園寺新三郎の妻の死で残された子供である茜と楓の安全を図ると言う目的で嵯峨惟基の名でその家名を継がせた。このことは佐賀高家にとっては屈辱でしかなかった。

 敗戦後、西園寺家現当主、基義が貴族の特権の廃絶を目指す政治活動を開始すると佐賀高家は主家と決別し、烏丸家を中心とする貴族主義的なグループの一人として活動を開始した。いわゆる『官派』と呼ばれる勢力と西園寺家の『民派』との対立の構図にはまり込むこととなった。

 官派の乱と呼ばれたたった一月あまりの内戦は官派の敗北に終わり、嵯峨惟基は被官である佐賀高家に切腹を命じた。腹違いの弟である醍醐文隆の助命嘆願で何とか首と胴がつながっていたが、その際に土下座をした主君嵯峨惟基を見る目はどうしても卑屈なものになるのを佐賀高家は感じていた。

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