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最終章 四挺のハイパワー

扉が開いた。


雨の匂いとともに、武装した男たちが広間へ流れ込んできた。


先頭の男は、父と母を見た。次に三浦を見た。そして、セリナの手にある黒いケースへ視線を落とした。


「ケースを床に置いてください」


セリナは答えなかった。


「聞こえませんでしたか」


「聞こえたわ」


「ならば――」


「あなた、ずいぶん人に命令するのが好きなのね」


男の眉が動いた。


セリナはケースを床に置いた。


留め金を外す。


蓋を開ける。


銀色の二挺が、静かに姿を現した。


母が目を細めた。


「あら。戻ってきたのね」


「忘れ物よ」


「そう。大事な忘れ物ね」


母は笑った。


「お父さんが心配していたわよ」


「嘘ね」


「ええ。嘘よ」


セリナは銀花を手に取った。


磨き込まれた金属に、天井の灯りが映る。


枯れた薔薇と翼のない天使。


咲いた薔薇と翼を持つ天使。


長い間、彼女の手の中にあった二挺だった。


その瞬間、広間にいた男たちの視線が変わった。


黄金だけを見ていた目が、銀色にも向けられる。


「それも渡していただきたい」


先頭の男が言った。


「嫌よ」


「抵抗すれば、あなたのご両親も含めて――」


「私の家族を、あなたが勝手に数えないで」


セリナは顔を上げた。


「それから、これは私のものよ」


男は小さく息を吐いた。


「残念です」


彼の手が動いた。


父の声が響いた。


「伏せろ!」


銃声。


窓ガラスが砕けた。


広間の時間が、音を立てて裂けた。


*


最初の数秒間、誰もが自分の見ているものを理解できなかった。


父が動いていた。


母も動いていた。


セリナは床を蹴り、倒れ込むように柱の陰へ身を隠した。破片が髪に降り注ぐ。頭上で木材が弾け、壁に飾られた古い肖像画が傾いた。


そして、鳩が舞った。


どこから入り込んだのか、白い鳩が数羽、天井近くの梁から飛び立ったのだ。


羽ばたきが銃声に重なった。


白い羽が、煙の中を漂う。


場違いなほど美しかった。


セリナは、その光景を一瞬だけ見上げた。


――こんなときに。


彼女は笑いそうになった。


母なら、きっと笑っている。


実際、母は笑っていた。


「ねえ、あなた!」


母の声が、銃声の合間を縫った。


「私たち、まだ離婚していないわよね?」


「何を言っている!」


「だったら、夫婦喧嘩はあとにしましょう!」


母は黄金のハイパワーを構え直した。


「お客様のお相手が先よ!」


父は返事をしなかった。


彼の顔から、政治家のような野心家のような表情が消えていた。


そこにいたのは、長年、組織の中で生きてきた一人の男だった。


だが、彼はもう命令する立場にはいなかった。


誰も彼の命令を聞いていない。


彼の計画も、肩書も、築いてきた権威も、この部屋では何の役にも立たなかった。


目の前にいる敵を前にして、彼は自分の選択の結果を見ていた。


セリナが柱の陰から顔を出した。


父と目が合った。


父は叫んだ。


「出てくるな!」


「嫌よ!」


「命令だ!」


「聞こえないわ!」


セリナは銀花を握り直した。


彼女は父の命令に従うために戻ってきたのではない。


母の罪を帳消しにするためでもない。


ただ、二人をここで死なせたくなかった。


その理由を、まだ言葉にはできなかった。


*


三浦は、広間の中央に立っていた。


白髪が煙の中で揺れている。


彼は逃げなかった。


父が声を張り上げた。


「三浦! そこに立っていては死ぬぞ!」


「そうかもしれません」


「ならば動け!」


「どこへ?」


その問いに、父は答えられなかった。


三浦は黄金の銃を見た。


母の手にある一挺。


父の手にある一挺。


そしてセリナの銀花。


四挺のハイパワーが、同じ部屋に揃っていた。


三浦は、ひどく疲れた顔をした。


「長かったな」


誰に言ったのか、分からなかった。


彼は壁際へ歩いた。


そのとき、敵の一人が三浦に銃口を向けた。


「動くな!」


三浦は足を止めた。


「あなた方は、銃を回収しに来たのでしょう」


「黙れ!」


「ならば、どうして人を撃つのです」


「抵抗するからだ!」


三浦は、わずかに首を傾けた。


「銃が欲しいのではないのですね」


男の顔が険しくなった。


「何だと?」


「銃を持つ人間が欲しい。銃を持つ人間を従わせたい。銃を持つ人間を消したい。あなた方が欲しいのは、銃そのものではない」


三浦は男を見つめた。


「そうではありませんか」


男は引き金に指をかけた。


その瞬間、母の声がした。


「ねえ、あなた」


父に向けた声だった。


「この人、嫌いだわ」


「誰だ」


「銃を欲しがるくせに、銃の美しさを見ていない人」


母は微笑んだ。


「趣味が悪いのよ」


銃声が響いた。


三浦の体が揺れた。


彼は壁に手をつき、ゆっくりと膝を折った。


「三浦!」


セリナが叫んだ。


白髪の男は床に倒れた。


その顔には、驚きがなかった。


ただ、ひどく申し訳なさそうな表情が浮かんでいた。


「……四挺とも」


彼は息をするのも苦しそうに言った。


「同じ場所に……戻ったな」


セリナは彼のもとへ行こうとした。


「来るな!」


父の声が飛んだ。


次の銃声が、セリナの進路を塞いだ。


彼女は立ち止まった。


三浦の手が床を探るように動いた。


何かをつかもうとしている。


しかし、その指は何もつかめなかった。


やがて、動かなくなった。


白い羽が一枚、彼の肩に落ちた。


*


母の黄金のハイパワーが、乾いた音を立てた。


弾が尽きた。


母は一瞬だけ銃を見た。


「あら」


その声は、まるで紅茶が冷めてしまったことに気づいたときのようだった。


「もう終わり?」


母は物陰へ身を沈めた。


彼女の手が動く。


空になったマガジンを外し、新しいものに替える。


金色の銃が、再び手の中で光った。


母は顔を上げた。


「お待たせ」


笑顔だった。


その笑顔を見た父が、何か言いかけた。


だが、言葉は出なかった。


母は人を殺したことがある。


それを彼女自身が認めた。


誰を、何人、どんな理由で殺したのか。


セリナは知らない。


そして、今も母は銃を持っている。


彼女の指先に迷いはなかった。


その事実を、セリナは初めて目の前で見ていた。


母は娘を愛している。


同時に、母は危険な人間だった。


どちらか一方だけを本当の母にすることはできない。


セリナは銀花を握ったまま、母を見つめた。


母も娘を見た。


ほんの一瞬、二人の目が合った。


母は笑った。


今度は、いつもの母の笑顔だった。


セリナは視線をそらした。


そして、再び立ち上がった。


*


銃声が途切れた。


ほんの短い静寂だった。


広間の中には、砕けた家具、割れたガラス、煙、そして白い羽が散らばっていた。


セリナは柱の陰で呼吸を整えた。


右手の銀花は、熱を帯びていた。


彼女は手の中の銃を見た。


銀色の表面に、煙が薄くまとわりついている。


「……こんなに汚しちゃって」


いつもの言葉が、口から漏れた。


こんなときにまで。


セリナは、自分自身に呆れた。


だが、その言葉を口にしたことで、ようやく自分がここにいるのだと感じられた。


彼女はマガジンを交換した。


指先は震えていた。


ほんの少しだけ。


その震えを、彼女は隠さなかった。


母が、離れた場所から声をかけた。


「セリナ!」


「何?」


「その銀色の銃、やっぱりきれいね!」


セリナは思わず母を見た。


「今さら?」


「今さらよ!」


母は笑った。


「あなた、昔から変わらないんだもの!」


「お母さんもね!」


「褒め言葉として受け取っておくわ!」


その瞬間、父が二人を見た。


彼の顔には、初めて戸惑いが浮かんでいた。


こんな場所で。


こんな状況で。


娘と妻は、まるでいつもの食卓で口喧嘩をしているかのように言い合っている。


父は、家族というものを理解していたつもりだった。


だが、彼が理解していたのは、家族を自分の計画の中に配置する方法だったのかもしれない。


彼は黄金の銃を見下ろした。


金色の表面に、血が一滴ついていた。


それは、彼が思い描いていた王の姿とは、ずいぶん違っていた。


*


先頭の男が、再び姿を現した。


彼の顔から、余裕は消えていた。


「銃を捨てろ!」


誰に向けた命令なのか、もはや分からなかった。


父が黄金の銃を上げた。


母も上げた。


セリナは銀花を構えた。


三人が、同じ方向を見ていた。


それは、家族として初めてのことだった。


父が娘を見た。


母が娘を見た。


セリナは二人を見返した。


彼女は、父を許したわけではない。


母の過去を受け入れたわけでもない。


ただ、今この瞬間、三人は同じ場所に立っていた。


それだけで十分だった。


男が叫んだ。


「最後の警告だ!」


母が小さく笑った。


「ねえ、あなた」


「何だ」


「さっきの質問、覚えてる?」


「どの質問だ」


「どっちが王に相応しいか、ってやつ」


父は答えなかった。


母は黄金の銃を見た。


「私、もうどうでもよくなっちゃった」


彼女はセリナに視線を向けた。


「王様なんて、面倒くさいもの」


セリナは、わずかに口元を緩めた。


「最初からそう言えばよかったのよ」


「あら。あなた、王様になりたいの?」


「まさか」


「じゃあ、何になりたいの?」


セリナは銀花を見下ろした。


「……知らないわ」


それから、顔を上げた。


「でも、誰かに決めてもらうつもりはない」


父が、ゆっくりと息を吐いた。


そして、黄金の銃を握り直した。


「そうか」


その声は、いつもの命令する声ではなかった。


「それでいい」


男が動いた。


銃声が、再び広間を満たした。


白い鳩が、一斉に舞い上がった。


四挺のブローニング・ハイパワーが、煙の中で光った。


銀花。


金花。


王のための銃。


王を殺すための銃。


そして、ただ美しいから愛された銃。


誰が生き残るのか。


誰が倒れるのか。


その答えを、銃は知らない。


知っているのは、引き金を引く人間だけだった。


*


最後の銃声が消えた。


雨音が戻ってきた。


広間には、もう誰も叫んでいなかった。


白い鳩が一羽、壊れた窓枠にとまった。


セリナは、ゆっくりと顔を上げた。


銀花を握る手が、ひどく重かった。


彼女は周囲を見回した。


倒れた人々。


砕けた家具。


散らばった薬莢。


そして、床に並んだ四挺の銃。


銀色の二挺。


黄金の二挺。


そのうちの一挺は、血に濡れていた。


セリナは歩き出した。


一歩。


もう一歩。


誰の名前も呼ばなかった。


まだ、呼ぶことができなかった。


やがて彼女は立ち止まり、床に落ちた黄金の銃を見た。


その銃身に、窓から差し込む朝の光が当たっていた。


美しかった。


悔しいほどに。


セリナは目を閉じた。


そして、静かに言った。


「……もう、終わりにしましょう」


誰に向けた言葉なのか。


誰がそれを聞いたのか。


彼女には分からなかった。


ただ、白い鳩がもう一度、羽ばたいた。


その羽音だけが、広間に残った。

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