そちらの王子様ならご自由にお持ちください ~悪役令嬢に転生した私はサブキャラの義弟をハイスペ王子に育てることにしました~
「ねえさんだいじょうぶ……?」
ひどく遠くから聞こえるような、か細い声だった。
視界がぐわんぐわんと歪んでいる。 肺の奥が焼けるように熱い。水を吸ったドレスが身体に纏わりつく。私は喉からせり上がってくる池の水を吐き出し、芝生を小さな両手で強く掴んだ。
「セレスティーヌねえさん……」
耳元で聞こえた義弟、ルシアンの声が震えている。
(……そうだ、私、ルシアンを突き飛ばそうとして、自分で足を滑らせて池に落ちたんだっけ)
そこまで思い出した瞬間。 脳内に膨大な情報の濁流が押し寄せてきた。
揺れる満員電車、締め切りに追われながらまとめる資料、上司の嫌味、そして休日の癒やしだった乙女ゲーム『四季と聖冠のパーティカル』。病室に並べた推しキャラの第二王子ギルシュ様のアクスタ。
前世の記憶とロシュフェール公爵家の長女セレスティーヌとしての八年間が、強引に繋ぎ合わされて気づく。
自分が前世で最後にプレイしていたゲームの世界に、その悪役として転生していたことに。
「……っ、ゴホッ! ゲホッ……!」
鼻と喉に残る水の不快な味と匂いを吹き飛ばそうと何度も咳き込んで。
ようやく顔を上げると、そこには膝を震えさせて立ち尽くす少年がいた。
ルシアン。 父の親友の子。両親が事故で亡くなって数ヶ月前に引き取られたばかりの私の義弟。 黒髪の間から覗く瞳は、恐怖と卑屈さに濁っている。彼は今、『また僕のせいで姉さんが怒る』『きっとまた、ひどい言葉で罵られるんだ』と、全身をこわばらせていた。
「これは事案ですわ」
家族を亡くして不安感でいっぱいの幼い子供を虐めるとか。
さすが悪役令嬢セレスティーヌ。
そりゃ将来、婚約者の第二王子とヒロインに断罪婚約破棄を喰らわされて実家追放没落エンドになりますわ。
いや前世を思い出す前の記憶を振り返ってみれば、しょうがないってのは分かるんだけど。
将来は公爵夫人だと周囲の期待と重圧に晒されながら、それでも両親の喜ぶ顔を見たくてお稽古ごとを頑張ってた八歳の幼女が、突然『お前の弟だよ』って明らかに自分より親に気遣われてる子が現れたら、そりゃ荒れちゃうよね。
完全にキャパオーバー。子供に要求していい許容量越えたマネジメント違反ですわ。お父様、お母様。
「ひっ……ご、ごめんなさい、ねえさん……!」
いつの間にか私がその腕を掴んでいたルシアンが怯えた表情で目を伏せた。
濡れた髪から雫を滴らせ、水草のついた細い肩を上下させるその姿は、雨の中に捨てられた子犬を思わせる愛らしさ。
顔立ちが整っているのはこの子の両親が元々は貴族の末席だったのもあるんだろう。二人は駆け落ち状態で結ばれたので、事故で命を落とした後も実家を頼れずに親友だった私の父が引き取ることになったわけだ。
ゲームでは第二王子ルートに入ったときだけ登場するサブキャラ。義姉に虐げられて育ったせいですっかり陰キャラになって学園では座学も剣も魔法でも目立つことなくひっそりと過ごしていた設定。
ヒロインだけがその秘めた力量に気づき、義姉の呪縛から逃れるように説得。それによって勇気を振り絞って姉の悪行を内部告発。彼の提供してくれた証拠によってヒロインに対する数々の犯罪行為で断罪婚約破棄が可能になったというストーリー。
私は第二王子狙いでプレイしてたんで、彼のアシストに感謝すると共にちょい役の割にキャラデザと声優さんが力入ってるなとは思ってたんだけど。実際ファンの間でも何でこの子が攻略キャラじゃないんだって声は高かったのを覚えてる。思い出した。
ただ私も社会人やってたわけですから、何となく事情は分かるんだけど。メーカーの株価や業績からすると決算前にリリースしなきゃいけなかったから、ルシアンルートまで作り込めなかったんだろうなって。
本来だったらメインキャラに昇格できるポテンシャルは持ってると思うのだ。
まあそんなのは大人の事情。
いま私がすべきことは決まっている。
「ありがとう、私を池から引っ張り上げてくれたんですのね」
私はルシアンをぎゅっと抱きしめた。
この子の様子を見れば池から引き上げてくれたのが分かる。ゲームの私はそれにも気づかず。あるいは気づいてますます意固地になったのか態度を改めることなく、この子の貴重な十年間を台無しにしてしまったのだ。
「ごめんなさい。あなたにいっぱい意地悪した私を助けようとするなんて、ルシアンはとても立派な子ですね」
「う……うん」
姉の今までと真逆の反応に、戸惑いながらもはにかむような笑みを見せてくれたルシアン。
やはり子供は笑顔でいるべきよね。まだぎこちないけど、この子が心からの笑顔を取り戻せるよう、今からでもこの家を彼の安らげる場所に変えていきましょう。
私はそう決意しながらルシアンの服についた水草を取り払った。
そうしたらルシアンもおずおずと私に付いた汚れを払ってくれる。
互いに見つめ合って、自然と笑みがこぼれた。
そうしてしばらく。私はルシアンに尋ねる。
「ねえルシアン。あなた将来なりたいものってあるのかしら」
ゲームではあまり深堀りされなかったけど、ヒロインによって悪役令嬢の呪縛から解き放たれた彼がこれからは自分の夢を追うんだって感じのセリフがあったのだ。
「僕、騎士になりたい。父さんが昔、騎士だったって聞いたから」
ルシアンの実の父親の話。この世界の貴族は当主クラスでも若いときは騎士団に入って修行をするのが定番で、私のお父様とルシアンの父親もそこで縁ができたって聞いてる。
男の子の夢として憧れだけじゃなく、堅実さが混ざった確かな目標といえる。
うん、それなら私が力になれそう。
これでもだてに公務員試験を突破していないのだ。
「よし、では私があなたが立派な騎士になれるようにサポートしてあげます。そう、誰もが憧れる理想のハイスペ王子に育ててあげるから」
「ハイ……スペ? えっ……あの、ありがとうございます、セレスティーヌ姉さん」
「違うでしょルシアン」
「えっと……?」
「私たちは姉弟なんだから。ありがとう姉さん、くらいの気軽な感じでいいのよ」
「はい……ねえさん」
今後の良好な姉弟関係を予感させるルシアンのどこか照れくさそうで、それでいて春の陽だまりのような温かい笑顔を引き出して。
私は姿勢を正し、真剣な顔でルシアンに向けて言う。
「ではまずこれからのあなたの人生で一番大切なことを教えておきます」
「は……い」
ルシアンも真面目な顔で息をのんで私の言葉を待つ。
そして私はおごそかに伝えた。
「ちょろっと女に優しくされたからってすぐに尻尾を振るんじゃありません」
「ええっ!?」
****
それから生まれ変わった私とルシアンの修行が始まった。
「はい、ルシアン。それじゃあ剣を例にするね。あそこに飾ってあるお父様の剣が金貨三十枚で買ったものだけど、これの内訳を計算してみて」
「えっと、さっきの式を入れると原価が金貨五枚…………鍛冶師の技術料が金貨八枚で、武器屋の取り分が金貨十枚だから……あれ、姉さんまた計算が違っちゃった」
「それは貴族の見栄張り代が入ってるのね。およそ二割は上乗せされるものと思って。さらに言えばお母様には金貨三十枚って言ってるけど、ほんとはこれに鞘の値段が別になってて、こっちにも余分に家紋とか入れちゃってるからさらに金貨十枚を足して…………」
その後、お父様に余計なことを教えるなとめちゃくちゃ怒られた。
「さあルシアン。体力づくりにはやはりランニングが一番ですわ。最大酸素摂取量を引き上げつつ、カロリー収支を適切に制御して中程度の負荷で少しずつ心肺機能を追い込む――――これであなたも理想的なシェイプアップボディが手に入るってわけよ。いいルシアン。ここでの頑張りが十年、二十年後のあなたを救う究極の投資なんですのよ。若いうちから代謝のベースを底上げし、血行を促進して肌のターンオーバーを正常化させておけば、シミもシワも回避して二十代でも十代の美貌を維持できるんだから。さあ行きますわよ、ついてきなさいルシアン!」
「しゅくじょがズボンで全力ダッシュはダメなんじゃないかなあ」
その後、お母様にせめて外ではやめろとめちゃくちゃ怒られた。
「ルシアン、栄養摂取は強い騎士になるための基礎中の基礎ですわ。さあ、このニンジンも食べて」
「うえぇ、僕ニンジンきらい」
「はい、そこで今日のデザートのケーキにニンジンを混ぜ込んでおきました」
「ひどいよ、そんなのケーキへの冒涜だよ!」
「大丈夫。ニンジンはペーストにしてチーズとレモン果汁で味を整えたの。ちゃんと美味しいんだから」
「えっ!? 姉さんが作ったの?…………じゃあ食べてみる…………おいしっ!」
前世の母の直伝よ。
「いいことルシアン。騎士たるもの、身の回りのことは自分でできるようにならないといけません」
「うん、家ならメイドさんがいても、騎士団の遠征とかには連れてけないってことだね」
「そういうこと。電……伝書鳩を受け取るような雑用は女の仕事とかナチュラルに思いこむような前近代……中世? のようなメンタルはこの姉が許しません。ということでさっそく家事から覚えてきましょう」
「えっ!? ――――姉さん、自分の部屋の掃除はちゃんと僕がやるから、あっ、そこは!」
その後、男の部屋を無闇に暴くなってメイド長にめちゃくちゃ怒られた。
もちろん情操教育も疎かにはしない。
「私はキミのことわかるよって言う女は他の男にも同じこと言ってます。はい、復唱!」
「私はキミのことわかるよって言う女は他の男にも同じこと言ってます!」
そうして十年が経ち、私より一年遅れで原作ゲームの舞台であった学園に入学したルシアンは――――
原作の俯きがちな陰キャラなど微塵も感じさせないキラキラぶり。凛とした立ち姿からは自信に裏打ちされた陽のオーラを振りまき。
成績は入学以来トップクラスでAクラスから一度も脱落することなく。
おまけにすでに王都の騎士団に見習いとして所属し、魔獣退治にも出向いて功績をあげているという文武両道ぶり。
まさにハイスペ王子へと成長したのだ。
これはゲームならメインキャラどころか単独スピンオフ作品が制作されてもおかしくないと自負しているのだ。
当然そんな義弟は婚約の申し込みは引きも切らず、学園では廊下を歩けば令嬢たちが鈴なりになり、黄色い悲鳴が絶えないアイドル状態。
もっとも当のルシアンは積み上がった令嬢の釣り書きにも令嬢たちの秋波にもまったく見向きもしてないんだけど。
まあ私が遊びで付き合うとか許さないって教育してきたからね。これはちょっと厳しすぎたかなと反省してる。女友達の一人もいないんじゃ姉としては逆に心配よ。
一番心配していたのはヒロインに見初められたらどうしようって点だったから、そこだけは避けてくれればね。
そう、ゲームの主人公、平民でありながら聖女の神託を受けたヒロイン、リサベルもこの学園に入学してきていたのだ。
幸い彼女がターゲットにしたのは私の婚約者である第二王子のギルシュ様。
もう二年の中頃からは二人だけで廊下を歩くところを何度も見かけたから『木の上の猫ちゃん救出イベント(Ver.ギルシュ王子)』から『校舎裏の噴水の突然の暴走事故』まで順調にスチール回収してるんじゃないかな。
うん、私はとくにヒロインの妨害はしていないのだ。
いやたしかに前世では攻略してグッズまでいろいろ買ってたギルシュ様だけど…………ほら、あの、彼って自分が世界の中心だって思ってるわけじゃない?
公式サイトのキャラ紹介PVなんて傲慢不敵な笑顔で『お前の体も心も、指一本に至るまで全て俺が支配してやる』とかよ?
でもね、俺様系王子が輝いて見えるのは二次元だけ。
令和(聖リムレス歴)の時代にリアルにモラハラ男とかないわあ。画面越しなら素敵!って感じてたけど実際に目の前にすると数々の俺様ムーブは普通に前世のクソ上司を思い起こさせてダメだった。
でも恵まれた貴族生活を送ってきた身としては政略結婚を否定しきれず。
そんなわけで王子がこのままリサベルに籠絡されて、できれば穏便に相手方有責で婚約破棄されないかなあ、なんて思ってたのだ。
そしたら王家からそれなりの補償はもらえるだろうし、かといって身分的に嫁がせられる独身男性なんて他に見当たらないし、婚約破棄は醜聞には違いないからそれを理由に独身貫いて公爵領のすみっこで前世知識で事業やって生きていきたいな、なんて目論んでいたり。
いつからかすれ違うたびに見下したような表情を見せるリサベルには内心で思っていたのだ。
そちらの王子様ならご自由にお持ちくださいって。
「セレスティーヌ! 貴様との婚約を破棄する!」
…………なんて思っていたら。
学園の卒業パーティーの会場。その中心でギルシュ王子が叫ぶ。横にはリサベルが寄り添っている。
「なぜなら貴様はリサベルに対し権力を笠に数々の嫌がらせを行い、あまつさえその命すら狙ったからだ! すでに証拠も証人も揃っている。言い逃れはできんぞ!」
「はえっ!? 嫌がらせ? 命を狙った? はあああ!?」
眼前で繰り広げられているのは悪役令嬢セレスティーヌの断罪婚約破棄シーン。
見覚えある光景だけど、なんで断罪?
私、そんなことしてないのに。たしかに内心では婚約破棄されればいいのになと思ってたけど、なんでわざわざ自分から有責ポイント積み重ねる真似すんのよ。
だけど王子陣営からは自信満々で持ち出される証拠と証人。
曰く、セレスティーヌは高い木の枝に猫を置いて助けようとしたリサベルの落下死を狙った。
曰く、セレスティーヌは噴水に細工をして近づいたリサベルに破片が当たるように目論んだ。
それぞれ命じられた相手も指示書も残っているという。
何それ? 誰それ? な状態。
何でわざわざ後に残る指示書を書かなきゃいけないの? 明らかな偽装でしょ。それで通ると思ってるの? まさか王子の権力でゴリ押す気? そう思った私に近づいてくる足音。
「ルシアン!」
振り返れば頼れる義弟、ルシアンの姿。
姉の非常事態に対し、まったく動ずることなくキリリとした表情で私の隣に立つ。
さあ、すっかり饒舌になったその弁舌でガンと反論してやって!
だけどもルシアンは言った。
「往生際が悪いですよ義姉さん」
「えっ!?」
そしてルシアンは王子とヒロインに向けて頭を下げた。
ゲームのハイライト、姉である悪役令嬢セレスティーヌの悪行を告発したときのシーンのままに。
「申し訳ございません、ギルシュ王子。ロシュフェール公爵家の一員としてその婚約破棄を謹んでお受けいたします。セレスティーヌ姉さんは実家からも追放し、格下の貧乏男爵家にでも嫁がせることに致しましょう。このルシアンが責任を持って先方に送り届けます。二度と姉があなたの前に姿をみせずにすむことをお約束いたします」
「え……? ル、ルシアン……?」
「うむ、頼んだぞルシアン」
「ルシアン様、ありがとうございます」
王子とヒロインが揃って満足げにうなづく。
これで全ては解決したのだといわんばかりに。
「さあ、姉さんこっちへ」
ルシアンは呆然とする私を強引に引っ張り、しかし手際よく公爵家の馬車へと連行した。
扉が閉まり、御者が馬を走らせる。
学園の喧騒が遠ざかり、室内に二人きりの沈黙が流れた。私は信じられない思いで隣に座る義弟を見つめていた。
「……ルシアン、どうして。あんなデタラメな証拠、あなたならすぐに見破れたはずでしょう? なんで受け入れちゃってるの!」
「うん、あれで通ると思ってるのがすごいよね。あれでも僕が捏造した証拠を差し入れてそれなりの形になったんだよ」
「はえっ!? 捏造って……あのサインした指示書ってルシアンが書いたの!?」
嘘でしょ。今まで私が悪い女に騙されないようにって必死に守り育ててきた純真な義弟が、まさかの冤罪の主犯?
そんな。やはり悪役令嬢はゲームの呪縛から逃れられないというの?
「そうだよ。今まで姉さんが作ってくれた僕のための教材は全部残してあるから、ちょっと真似れば簡単だったよ。まあ筆圧は僕のままだから、調べればすぐ冤罪だって分かるから安心して」
「すぐ冤罪が晴れるからって、何が安心なの!」
「えっ? 姉さんはギルシュ王子と結婚したくなかったんでしょ」
とルシアンは驚いたような顔で言った。
「あっ……えっ、知ってたの……?」
「そりゃ見てれば気づくよ。僕に向ける笑顔と王子に向ける顔とは全然違ってるもの。それに王子と会った日のおやつはいつもより三割増しで食べてるから、これって嫌なことを耐えたときのご褒美ってことでしょ」
気づくポイント、そこ? って感じだけど、親にもお付きのメイドさん達にも漏らせなかった気持ちを察していたことに、やはりルシアンは女心に寄り添えるだけの共感性をもつほどに成長したのだと誇らしくなったり。
だけど今は、そんな感慨に浸っている場合じゃない。
「それは……でも、何も冤罪で婚約破棄を受け入れるなんて! 罰を受けるのは私なのよ?」
「だって、見かけだけでもこっちの責任にしとかないと、家格や派閥の絡みですぐに別の所から婚約の申し込みがくるよ。たとえば―――――」
そこでルシアンが名前をあげたのは学園の書記や外国の留学生や新任教師の名前。
みんなゲームの攻略対象だ。
そういえばヒロインの攻略対象だったからと無意識に省いてたけど、普通に婚約破棄されたときの公爵家令嬢との釣り合いを考えると、充分ありえる話なんだよね。
ギルシュ王子に悪役令嬢の婚約者がいたのが例外で、他のみんなはヒロインに選ばれたときのために不自然に婚約者がいない状態だったし。
「姉さん、あの人たちに微塵も興味はないよね。だから間違ってもそういう話がこないようにしたってわけ」
まあ正直あの人たちは原作では王子と一緒になって私に断罪かましてきたから(Ver.ギルシュ王子エンドB)距離おいてたのは事実だけど。
「って、いやいやそういう話じゃなくって。わざわざ冤罪まで負わせる必要があるの? ってことよ。そもそも貧乏男爵家に嫁がせるとか言ってたけど、何勝手に決めてくれてんの!」
「僕さ、こないだの騎士団の遠征で、王領の森に出た赤熊を討伐したわけだけどさ」
私が抗議すると唐突にルシアンが話を変えた。
それはたしかに新人としては騎士団始まって以来の快挙だと王都中が沸いたお手柄で、私も一緒にお祝いしたばかりのニュース。
「実はその功績で国王陛下から男爵位を賜ることが内定してるんだ。領地はロシュフェール公爵領のお隣。あの避暑地の湖の反対側のところ」
「ああ、あそこ。結構いいところよね」
すでに騎士になるという夢は半分以上叶えたルシアンだけど、そのキャリアの先にあるものとして爵位を得るというのは中々のものだ。
ロシュフェール公爵家は私の上の兄様が継ぐわけで、義弟であるルシアンはその家臣にという話は出ていたけど、暖簾分けみたいな感じで隣接する領地で貴族家を起こすというのはたしかに悪くない。
もちろん私だって全力で応援する。私の持つささやかな知識チートだってプレゼントしましょう。
そう、こんなときでなければ。
いったい私の弟はこの非常時に何を言っているの?
私が困惑と焦りでその顔を見つめると、ルシアンは、はあとため息をついた。
「姉さんは人に教えるのは得意だけど…………いや、だいぶどうかなってのも多かったけど……自分のことだと飲み込みが…………もう答えを言っちゃうと――――――僕が姉さんへの罰で嫁がされる格下の貧乏男爵ってこと」
「うん…………えあっ!? 私が!? 罰ゲームの貧乏男爵が!? ルシアン!!」
「よくできました」
ルシアンがパチパチと手を叩く。かつて私が幾度もそうしてあげたように。
「いやいや、私たち姉弟でしょ!?」
「義理の、ね」
生徒の間違いをそっと訂正する教師のように言うルシアン。
「そんなのお父様が許すはずがないでしょ!」
「もう許可は取ってるよ。あいつは妙な知恵はあるが、根がシンプルすぎて狡猾な上流社会でやっていけると思えないからちょうどいい、ってさ。」
いや、それは覚えあるし、だからやらかす前にギルシュ王子から逃げようと思ってはいたのだけど。
「お母様は……?」
「あの子の思いつきと暴走に付き合えるのはあなただけよ、ってお願いされたよ」
お母様!?
待って、そもそもの話よ。
「いや、あの、いつから私を……」
だって、それってまず第一にルシアンが私のことを、ってことでしょ。
「セレスティーヌ姉さんが僕を育て始めたときから。言ったよね、姉さん。僕を理想のハイスペ王子に育てるって」
いや、そりゃ言ったけど。あれはまだ見ぬ義妹のために理想のハイスペ王子をお届けしようっていう一種の推し活みたいなものでは?
「僕、姉さんの言いつけ通りに毎日走り込んで体幹を鍛えたし、24時間以内の復習も守って成績もトップだし。あと、この髪型。兜に絡んでうっとおしいから切りたいんだけど姉さんの好みだっていうから我慢してるんだよ。これでもまだ足りない?」
ルシアンが自分のミディアムボブの緑髪をさらりとすく。
騎士なんて荒々しいことしてるのに綺麗な肌に枝毛まで完璧に処理された髪がなびく。
ああ、保湿なんて面倒なことをちゃんと守れてるんだよね、この子。それでいて手だけは誤魔化しようがなく固くなって剣ダコや薄っすらとした傷跡がいくつも残っている。
私がそう教えたからってだけじゃない。彼がこの十年間ちゃんと自分で努力を続けてきたことの証。
ルシアンが身を乗り出して私に顔を寄せてくる。
壁で逃げ場のない私に、熱を帯びて爛々と輝いた美しさの中に歪な執着を宿したルシアンの瞳が迫る。
「だからさ、姉さん。かわいい弟を自分の色に染めたんだからさ、責任とって一緒に来てよね」
やばい。
執着系王子とかそんなの二次元の産物でしょ。
だけど…………
ここまでお膳立てして、逃げ場を潰されて。
それをやってのけたルシアンの有能さに、私は自分の王子教育が大成功してしまったことに恐れおののいて。
もう、か細い声で言うしかなった。
「…………どうぞご自由にお持ちください」
最後までお読み頂きありがとうございました。
作者は普段コメディばかり書いてるので、初の王道の恋愛ものが読者に違和感与えていないようにと願うばかりです。
一応、他にも悪役令嬢ものがあります。ページ下部のリンクからどうぞ。
『無実の断罪婚約破棄からの追放ルートにのった私は最高の修道院を用意しました』
『乙女ゲーの主人公になりました/ていうか押しつけられました』
また本作は元々、
『自作無双チーレム小説の主人公に転生 with姉ちゃん #幼児期スキップしたらステータスが最初のまま!? #現実はゲームじゃないんですよ女神様!』
という異世界転生小説の中で、主人公の従姉妹の姉が執筆した悪役令嬢ものとしてタイトルが挙げられていました。
弟への愛情の現れとして執筆したという設定でしたが、今回気まぐれで形にしてみました。よろしければこちらの姉弟もどうぞ。




