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第49話【刻限迫る救済】

月光邸へと辿り着いた車が屋敷前に停車する。壱月は運転席から降り立つと、後部座席のドアを開けてくれた。すると只ならぬ雰囲気を察したのか、邸の中から複数名の使用人達が慌ただしく駆け寄ってきた。


「羽闇お嬢様!藤鷹様!これは…!」


一番最初に駆け寄ったのは、経験のある老執事だった。彼の顔には深い心配の色が浮かんでいる。


「壱月様!一体何が…!」


続いて、駆けつけた若いメイド達も私の肩に凭れる意識のない華弦の姿を見て、青ざめた表情で声を上げた。


「皆さん、すみません!今は一刻を争います!早く華弦を…!」


心配そうな彼らの顔を見る余裕もなく、必死に助けを求めた。そして、壱月は冷静かつ迅速に指示を飛ばし始めた。


「手の空いている者は、すぐに藤鷹様を医務室へ!医者と薬剤師を至急、医務室へ呼んで下さい!メイド達は治療の準備と必要な器具の用意を!急ぎなさい!」


「畏まりました、壱月様!」


壱月の淀みない的確な指示が飛び交う中、屈強な体格の男性の使用人が素早く私から華弦を受け取った。鍛えられた腕は意識のない華弦を容易く抱き上げ、安定した足取りで邸の中へと進んでいく。

使用人達は気がかりな色を浮かべながらも壱月の指示に従い、迅速にそれぞれの持ち場へ散っていった。華弦が運び込まれるのを見届けた壱月は、案じる様に息を切らせる私に優しい眼差しを向けた。


「羽闇様はご自身の着替えを済ませて一旦休んでいて下さい。藤鷹様の事でもしかしたら貴方様のお力が必要になるかもしれません。恐れ入りますが、お部屋でお待ち頂けますでしょうか。 …ダリア、羽闇様を頼みます。」


壱月に促され、そばに控えていたメイドのダリアが、心配そうに私の肩に手を添えた。


「はい、壱月様。…お嬢様、お部屋に参りましょう。お顔も酷い事になっていますよ?お召し替えが済みましたら、温かいお茶でもお飲みになって落ち着きましょう?」


ダリアの優しい言葉に私はわずかに頷いた。今は一刻も早く華弦の元へ駆けつけたい気持ちでいっぱいだったが、自分の身なりを整える事もまた彼の負担を少しでも減らす事に繋がるかもしれないと考えたからだ。押し潰されそうな懸念を抱え、ダリアに導かれるまま自室へと向かった。廊下の隅々まで磨き上げられた床が私の足音を小さく反響させる。

自室に戻ると、ダリアは慣れた手つきで私の背中のホックを外し始めた。華弦に贈って貰ったドレスは今の私には重苦しく感じられる。


「こんな素敵なドレスが血で汚れてしまって…本当に酷い目に遭いましたね、羽闇様。」


ダリアはとても悲しそうに言いながら、用意してくれた薄手で滑らかな生地の部屋着を広げた。

装飾は少ないながらも最高級の素材である事が一目でわかる高貴な光沢が、張り詰めていた私の心を僅かに落ち着かせた。


「ありがとう、ダリア…。貴方の優しさが染みるわ。」


私は掠れた声でお礼を言い、彼女に手伝って貰いながら素早く着替えた。肌を優しく包む薄手な生地が心地よく、ようやく少しだけ現実に引き戻された気がした。

着替えが終わると、私はテーブルの上に落ち着きなく置かれていた小さいクラッチバッグを手に取った。中にはいつも肌身離さず持っている月のペンダントが入っている。ペンダントを取り出し、ひんやりとした感触を手のひらに感じながら私はしっかりとそれを強く握りしめた。このペンダントには私の力の源である月の光が宿っている。華弦を助けられるのは、もしかしたらこの力だけかもしれない。そう思うと、胸の奥から熱い希望が湧き上がってくる。

ペンダントを握りしめたその手をじっと見つめていたその時、部屋の扉から静かにノックの音が響いた。


「…羽闇様、壱月です。入っても宜しいでしょうか?」


扉の向こうから壱月の声が聞こえると、私は顔を上げて返事をした。


「壱月、どうぞ…!」


ドアが開き、いつもの冷静な表情の壱月が部屋に入ってきた。だが、彼の瞳には隠された落ち着かないの色が宿っている様に見える。


「失礼致します。」


「壱月…!華弦は…華弦の容態はどうなの?」


部屋に入ってきた壱月に私はすぐに問い掛けた。

私の声は今でも自然と震えており、 心臓は落ち着きなく跳ね続けている。華弦の無事を祈る気持ちと、最悪の事態への不安が胸の中で渦巻いていた。壱月は私の不安な表情を静かに見つめると、ゆっくりと口を開いた。


「…藤鷹様の容態ですが、今のところ変化は見られません。むしろ…僅かではありますが、悪化している兆候が見られます。」


彼の落ち着いた口調とは裏腹に、その言葉は私の胸に冷たい石の様に重く伸し掛かった。


「そんな…!何か、手は…!お医者さんは?薬剤師さんは何か言ってないの!?」


私は焦燥感を抑えきれず、立て続けに質問を投げかける。


「…はい。邸に保管されている様々な解毒剤を注意深く調べた結果…残念ながら、藤鷹様が受けた毒に直接的に効果のあるものは発見されませんでした。」


壱月の言葉に、私の希望は見事に打ち砕かれた。希望の光が目の前でゆっくりと消えていくのを感じる。しかし、壱月はそこで言葉を切ると、僅かに表情を和らげた。


「ですが、羽闇様。最悪の事態ばかりでは御座いませんよ。幸いな事に、専門の分析家のおかげで藤鷹様の体内に侵入した毒の主要な成分を特定する事が出来ました。」


「本当!?じゃあ、その解毒剤は…!」


成分が特定出来たのなら、きっと解毒剤も作れる筈だ。私は嬉しさのあまり前のめりになって、彼の次の言葉を待った。


「はい。只今、月光家専属の薬剤師がその特定された成分に基づき、至急解毒剤を調合しております。彼の腕は確かですので、最良の結果が出る事を期待しております。」


私は彼の言葉を聞いて、再び僅かな希望を掴んだ。でも…()()という事は、まだ時間が掛かるという事だ。だとすると、それまで華弦の身体は持つのだろうか?胸騒ぎが私の心をざわつかせた。


第49話お読み頂きありがとう御座います!

華弦を救うべく皆が力を合わせる、緊迫感のある展開でした。羽闇の不安とそれでも諦めない強い気持ちを印象に残して頂けたら嬉しいです。

刻一刻と迫るタイムリミットの中、華弦の命運は果たしてどうなるのか!?

次回もお楽しみに!

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