「兵隊」①
昨日の昼休み中に送った、日本に住んでいる新たな友達へのダイレクトメッセージに返信が来たのは夜明け前だった。
『おはようございます! 体調はいい感じです。こちらは昨日と一昨日は寒さも少し和らいできましたが、まだベッドから出る時は辛いですね』
シリアと日本の間では、六時間の時差がある。向こうでは現在、ほぼ正午頃だ。彼は高校生だと言っていたので、今頃は丁度昼休みの時間だろう。
米陸軍二等軍曹──給与等級E - 6──マット・ロジャースは、マサミという名前のその日本人の友人と直接会った事はない。というのは、彼とはTwitterを通じて知り合ったからだ。
マットたちがシリア、アレッポに派遣されて来たのが昨年二〇二二年の四月だったので、もう九ヶ月間ここに滞在している事になる。マットはそれまで、SNSは職務上必要な時以外は殆ど使ってこなかったが、戦地に赴いてからは本国の友人たちとも直接顔を合わせて話す事も出来ず、無聊を慰める為、それから待機中の時間を潰す為にプライベートのTwitterを始めた。
最初の頃にこちらからフォローした幾つかのアカウントからは殆どフォローバックされたが、ダイレクトメッセージに返信をくれる人はなかなか居なかった。ステータスメッセージで「気軽に話が出来る人と繋がりたい」と謳ったので、ややもするとスパムと間違われたのかもしれない。
そのような中で、
『フォローしてくれてありがとう。今日の気分はどうですか?』
自分の送ったDMに唯一返信をくれたのが誠実だった。
マサミのアカウント名は、恐らくフランス語だろう、アクサンの付いたアルファベットで登録されていたが、ステータスメッセージと呟きは日本語で書かれていた。その為、マットはメッセージもGoogle翻訳で日本語に直してから送信し、彼から送られてきた返信も英語に翻訳して目を通している。
顔の見えない彼とやり取りするようになってから、マットは毎日が以前よりも楽しく感じられている。マットは十二年間軍で働いているが、入隊当初からの戦友であるダニエルズからは
「お前、最近活き活きしてるよな」
と言われた。
マサミの事は彼にも話し、最初の方に交わしたやり取りを見せた。
「『マサミ』っていうのは翻訳ミスじゃないか? 彼、最初はアカウント名の通りに名乗ったんだと思うよ。一箇所だけアルファベットになってるし。お前が翻訳に掛けた時にそこまで日本語に直されたんだろう」
「けど、『誠実』って検索したら、本当に日本の人名として出てきたぞ? 彼の方からも特に突っ込まれないし」
本名がどうなのかは分からないが、ともあれ彼は十七歳で、あと二ヶ月程で高校を卒業し、大学に通うようになるという事だった。住んでいる場所は、東北地方の仙台だという。
マットは、日本を訪れた事がある。というのも、母親が日系二世であり、祖母が移住者で北海道の出身なのだ。幼い頃マットは祖母から日本の話を色々と聞いていたので、両親の生前──少年時代──は日本へ移り住む事を夢見ていた。
米国内で結婚し、娘が生まれた事や、軍への入隊により、二十代の半ば程まで夢見続けていた日本への移住計画は遠ざかった。とはいえ、リーマンショック後はそういう機会も巡って来なくなったものの、渡日した事は成人前に二度あり、その際は祖母の故郷である北海道を訪れた。食事が美味しかった事をよく覚えているので、いつか娘も連れて行きたいと思っている。
軍の仕事の為、なかなか渡日の計画は実現しなかった。本当は家族で日本を訪れたかったが、妻は四年前に急病でこの世を去っていた。男手一つで、当時十歳だった娘を育てる事になったマットだったが、現在娘はドイツに留学し、寄宿学校で生活している。
娘のシンシアは元から留学への希望はあったが、マットが彼女のドイツ行きについて背中を押したのは、妻が亡くなった後に彼女が転校先の学校で受けた扱いの事があった為だった。
軍務の為に家に帰れない夜が続くような時期は、まさか小学生の娘をずっと一人で留守番させる訳にも行かない。それまでアパートメントでの生活だった──マイホームの購入は夫婦で長年計画し続け、ローンを組んでいた──事もあり、シンシアの意向を聞いた上で、引っ越し、同意を得て彼女を全寮制の別の学校へと転校させる決断をしたのはその時だ。無論全寮制とはいえ、週末や長期休みの間は、彼らは各々の自宅に帰る。あくまでも集団生活や、身の回りの掃除や洗濯を自らの手で行える能力を身に着けさせる、というのが学校側の意図だ。
しかし、転校生のシンシアは、同級生たちとなかなか折り合いをつける事が出来なかった。十代前後の子供は、分別がついていないが故に残酷なところがある。母親が居ないという事で、彼女は腫れ物に触るような態度で同級生から接され、それを苦痛に感じるとマットに訴えた。
七学年になり、ミドルスクールに上がる頃、彼女のかねてよりの希望だった留学について、マットはゴーサインを出す決意をした。現在、彼女とはビデオ通話をする事もあるが、そちらでは上手くやっているという事なのでマットはひとまず安心している。
こういった話を、マットはマサミとやり取りする中で彼に語った。マサミは親身になって話を聞いてくれ、時差があるが故にお互いの都合上時間は掛かるものの、いつも丁寧な返信をしてくれた。
マットは、日本の経済状況について彼に尋ねた。彼はマットがシリアに居ると聞いて驚いていたが、日本の状況は平和だと言った上で、経済状況はやや停滞していると語った。
『バブル崩壊からデフレは続いていたのですが、最近では物価が上がっているんですよ。インフレに転じてきてはいますが、全国的に給料が上がらないので生活は楽とはいえませんね……』
マットは、新型コロナウイルスの感染拡大の影響だな、と思った。日本ではワクチン接種が進み、二〇二三年に入ってからは感染者数は大分減少してきているという事だが、経済には爪痕が残ったままなのだろう。
マットたちが現地に到着した頃、シリア国内で発表された感染者数は、中東の他の国々と比較してそこまで多くはなかったが、検査数がそもそも少ない事や、行われた検査の質も疑問視されており、実際には発表された数よりも多かっただろうと思われている。
シリアに来てから、長引く駐屯で、マットの気分は決していいものであるとは言えなかった。それだけに、マサミとDMで交わすやり取りは、数少ない日常での癒しになってくれていたのだが。
マットはシリアでの任務が終わり、帰国を許されたら、そこで退職する事を考えていた。妻を亡くした事は悲痛な出来事だったが、マットはそれをきっかけに、昔から考えていた日本への移住計画が心の中で再び頭を擡げていた。この間話した時、シンシアは父親の夢を応援すると言ってくれたが、もし彼女にその気があるなら、一緒に日本へ移り住むという選択肢もある。
渡日後は、ショッピングモールへの投資と不動産業の起業を考えていた。だからこそ、マットにとっては現在の日本の経済状況を知る事が大切だった。
しれっと短編小説を公開します。数日間に渡って投稿する予定です。作中の時期は二〇二三年の一月下旬から二月上旬にかけてなので、まだXが社名変更されておらず「Twitter」となっています。私の小説にはX(旧Twitter)がそのままの名前で登場するものと、「Y(旧Murmurer)」という名前で登場するものがありますが、SFなど可能世界的なオリジナル条件のある場合は名称変更されています。
本作の内容は、嘘のような話ですが半分くらい実話です。この出来事があってから三年程温めていたアイデアだったのですが、つくづく「事実は小説より奇なり」という言葉を実感しました。題名は「兵隊」ですが、そこまで重苦しい話でもないのでお気軽にお読み下さい。




