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未分類  作者: 藍原センシ
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「投稿詩人の一年」

 二〇二五年もあと半月程で終わろうとしているが、今年、私の創作活動に於いて何よりも大きな出来事は、自らの作品が商業誌に載った、という事だろう。正確には小説ではなく、詩の方である。

 詩に関して、賞を獲る事に特に興味がないのは依然変わらない。詩は読む人によって受け取られ方が全く異なるし、最終的に優秀賞かそれに相応しくないかを決めるのは、審査員の好悪である。その為私は、あまりコンクールなどには興味を持てなかったのだが、昨年までは各詩誌への投稿に関しても同じような気持ちを抱いていた。その感心が変化したきっかけは、昨年の十二月に「じぇいけぇ組」で参加した文学フリマ東京39である。

 私はそれまで詩は(もっぱ)らSNS上の創作界隈で日々投稿されているものだけを読んでおり、書店で買って読む詩も島崎藤村や中原中也などばかりでコンテンポラリーな作品には全く触れてこなかった。しかし、文フリに参加した際、じぇいけぇ組次女のエキノコックスの人脈でライトバース出版の代表である黒崎晴臣氏やコールサック社の代表鈴木比佐雄氏や高細玄一氏といった詩人の方々と直接お会いし、様々な出版物のご恵贈を受けた事をきっかけに、やはり現代詩を書くには現代詩を知らねばならないと思うようになった。

 私が編集し、じぇいけぇ組で出版したアンソロジー『うい! ─10代だけの創作集─』を世に出した時、その制作目的は「ネット上で創作を行う多くの人々(=ポエマー)とプロの詩人によって形成される詩壇との懸け橋となる事」だった。この創作集は「詩と思想」十月号の詩誌評で柊月めぐみ氏も取り上げて下さったのだが、その後の私といえばXの創作界隈からは逃亡し(アカウントにも鍵が掛けてある)、文フリの時点では完全に行方不明になっていた。これではいけないと思い、もっと沢山の人に詩を読んで頂き、自分も同時代の方々の作品にもっと触れる為にはどうすればいいか、と考えた時、各詩誌の公募に作品を出してみるという事への決心が自分の中で固まった。

 小説の方もnoteから「小説家になろう」に引っ越して来、昨年十二月の文フリ直後に公開を開始したので、私は自身の創作をこの辺りから「第三期」と定める事にした(第二期は二〇二二年の十一月頃から開始)。

 実際に投稿詩人の方々が、初心者の投稿先として多く勧めるのが、あきは詩書工房の「月刊ココア共和国」(編集:秋亜綺羅、佐々木貴子。選者は上記二人に加え、秋吉久美子、斎藤貢、いがらしみきお。敬称略)という詩誌である。印刷版と電子版が販売されており、前者には「傑作集」に選ばれた作品が、後者にはそれに加えて「佳作集」に選ばれた作品が掲載される。投稿した作品はYS賞、秋吉久美子賞、いがらしみきお賞という三賞に自動的に応募される(YS賞のみ、その年の一月一日時点で二十歳未満だった投稿者限定)。

 傑作集、佳作集合わせて百を超える作品が掲載される為、応募者も多い。毎月一日に今月号が発売され、その一週間前に掲載作品の一覧が公開される。その為、当時からXの創作界隈では毎月二十四、二十五日辺りになると、結果報告のポストでタイムラインが埋め尽くされる。私もこれにより、かなり前から「ココア共和国」の存在は知っていたのだが、それまで実際に購入した事はなく、投稿してみようか、という事を考え始めて調べている間に凄い事を発見した。

 何と、編集を行っているあきは詩書工房が私の身近にあったのである。仙台市青葉区木町通(きまちどおり)、その近くの愛宕(あたご)上杉(かみすぎ)通から国分町の辺りまでは、私がしばしば足を運ぶ場所だ。

 地元で発行している詩誌という事で、仙台駅前のAER内にある丸善──私の行きつけの書店──でも販売している為、私はネットで注文せずとも買える。数は僅少ながらバックナンバーも置いてあるのでうっかり買い損ねたとしてもいつでも遡って買う事が出来る。

 いわば創作第三期最初の詩作品として、私は昨年の十二月、「鏡像異性体に恋文を投げつけて」という詩を初めて「ココア共和国」(以下ココア)に投稿した。その月の〆切分が翌々月号に掲載されるが、これが見事に二〇二五年の二月号の傑作集に載った為、私は初めて商業誌上で自分の作品が活字になっている、という喜びを味わう事になった。嬉しかった為、「ラブレター・トゥ・キラル」という題名でノベライズしたものを「小説家になろう」に投稿した。

 以降、三月、四月、八月号の佳作集、五月、六月、七月、十一月の傑作集に作品が掲載された(毎月一編のみ投稿可)。

 またココアには「招待エッセイ《詩論・試論・私論》」というエッセイのコーナーもあるのだが、七月号では佐々木貴子氏から招待を頂き、「感動」という題名のエッセイを寄稿させて頂いた。私にとっては、自らが原稿を書いて原稿料を頂くという初めての経験だった。

 それからもう一つ投稿を行っている雑誌が思潮社の発行している「現代詩手帖」である。こちらは現代の詩誌といえばこれ、という程に代表的なものであり、現代に於いて賞を獲ってプロの詩人になる為にはほぼこの雑誌しかないと言っても過言ではない。投稿詩は現代詩手帖賞の公募という扱いになり、この賞を受賞し、詩集を出版して中原中也賞を受賞する事がプロ詩人となる最も一般的な流れらしい。三角みづ紀氏や最果タヒ氏はこの流れでデビューしている。

 今年の選考委員(現代詩手帖賞の選考委員を兼ねる)は、川口晴美氏と杉本徹氏だった。毎月の投稿者が非常に多いので、賞を獲って現在プロとして活躍している方々でも最初の一年程は全く誌上に載らなかった、という事も珍しくないという。私自身も、今年一年間毎月二編ずつ(何編でも投稿可能)投稿を続けてみたが、一編も選外佳作にすらならなかった。とはいえ、毎月途切れずに投稿を続けている人の中から選ばれるという話を耳にしたので、来年度も引き続き投稿するかどうかは現在迷っている最中である。

 ココアがネットからの投稿のみであるのに対し、「現代詩手帖」(以下手帖)は紙での投稿のみである。四百字詰め原稿用紙で作品ごとに右肩をホチキスで綴じ、封筒の表に「投稿」と朱筆して毎月二十日必着で投函する。このスタイルはこの先も変わりそうにない。ワープロやWord原稿でもいいが、その場合は二十字×二十字に組まなければいけないので手間が掛かる。私はWordの原稿用紙設定を利用して四百字詰め原稿用紙を作り、書いているが、まさかこの機能が役に立つ日が来るとは思わなかった。今までは、ルビ欄が飾り同然であり、ファイルサイズだけが大きくなるこの機能を誰が利用するのだろうか、と思っていた。

 こちらは詩誌ではないが、日本現代詩人会のウェブサイト内で行われている詩の投稿にも毎月投稿を行った。これは会が公募を行っているH氏賞の受賞者や会員の方々が選考を行うもので、投稿規定では「詩の上達を目指す新人のための詩の投稿欄」と謳われている。その為、新人賞の受賞者は応募出来ない。

 三ヶ月ごとに、一年間で四期に分けて選考が行われ、投稿から次の期間中にサイト内で作品が公開される。今年は第三十六期から第三十九期までで、選者は伊武トーマ氏、橘麻巳子氏、根本紫苑氏。一期につき三編まで投稿可能なので、私は一ヶ月に一編ずつ書いてからまとめて投稿している。

 結論から言うと、こちらも結局一編も掲載されなかった。「入選」(掲載)と「佳作」が選者一人につき五編ずつ選ばれるので、五×二×三で合計三十編が選ばれる訳だが、先月発表された第三十八期(七月~九月分)の投稿数は六八三編、投稿者は三五四人だったというのでかなり多い。が、これでも手帖よりは遥かに低倍率なのだから恐ろしい。手帖の場合、一ヶ月につき八百編以上が投稿されて数人しか誌上に掲載されない。

 毎月のこういった投稿の他に、今年は「望星」(昨年十一月よりウェブに移行)で募集されたものにも作品の投稿を行った。連載コーナー「投稿の広場」(筆者:マーサ・ナカムラ氏)の十月分内で入選作の紹介が行われたが、私はこれに一人につき応募出来る数である二編を送り、そのうちの一編「セレンディピティ」が選外佳作として紹介された。選外佳作なのでネットで作品を読む事は出来ないが、いつかまた創作集などを出版する機会があればその中に含めるつもりである。

 マーサ・ナカムラ氏の評で「『()く』や『心像』といった言葉遊びが面白い。あえて甘い言葉を捨てて、『適所』や『労う』といった言葉を置く感性に、この書き手の個性を感じた」という言葉を頂いたが、それから改めて自作品を読み返すと、なるほど本質的な部分は以前から変わっていないな、と感じた。詩でも小説でもそうなのだが、界隈の方々や友人に客観的な意見を聞いても私の文章に於ける語彙の使い方には独特のものがあるらしい。因みに「雨く」という言葉を知ったのは、Orangestar氏のボカロ曲「雨き声残響」だった。

 ここまでは公募に送って選者の方が選んで、という形式の投稿の話だが、私が今年詩誌に寄稿し、詩作品が活字になったものにライトバース出版の「幻代詩アンソロジー」がある。これは「〈幻視〉を言葉で表現せよ」と謳われたアンソロジーで、三千円の参加費を支払って同人となる。

 昨年の東京文フリの際、じぇいけぇ組のブースを訪れて下さった黒崎晴臣氏、水華氏夫妻から「Vol.3」をご恵贈頂き、読んでみたところ小笠原鳥類氏や椿美砂子氏といった方々も参加されていてなかなか面白かった為、参加しようかどうかと迷っていると、気付けば「Vol.4」の〆切が迫っていたので滑り込むように近所のコンビニで参加費を入金した。

 これには今後も参加を続けていくつもりだが、今年は「Vol.4」と「Vol.5」に、それぞれ「スケアクロウ」と「コスモグラフィア・ファンタスティカ」という二編を投稿した。後者の題名は、澁澤龍彦の六〇年代を代表するエッセイ集『夢の宇宙誌』に彼自身がつけた英題だが、中身は全く関係がない。

『うい! ─10代だけの創作集─』を制作した際、私は主催者側だったが、こちらでは参加者の一人として出来上がったゲラに目を通すなどの事を行い、同人誌の制作中の楽しみを味わった。これが紙媒体になるのか、完成が楽しみだ、というような感覚だ。「Vol.4」ではゲラの確認のメールが届いたが、何故か「Vol.5」ではメールが届かず、気付けば発売予定の月になり、完成した本が届いた。その後、一斉送信された「寄稿ありがとうございました」というメールが迷惑メール扱いになってしまっていたので、もしかすると私が確認のメールを気付かないうちにガン無視してしまった可能性がある。幸い完成した本に「思っていたのと違う」という点はなかったので良かったが、こちらからメールを送ったはずの相手であってもブロックされる場合があるという事に驚いた。次からは絶対にブロックされないよう、ライトバースのドメインは絶対に通すよう設定し直した。

 こうして見ると、今年一年の間に私は随分と様々なところに自分の作品を送っていた事が分かる。新人作品の投稿を受け付けている雑誌には他に「詩と思想」や「ユリイカ」などもあるが、あまり一気にやりすぎるとキャパオーバーになるので、今年はこれくらいが丁度いいのだろう。

 公募企画の結果などに目を通すと「この人何処にでも居るな!?」という方にはしばしば出会うものだが、私もそういった形で界隈に認知されるようになれたらとは思っている。

 ネット上で詩作を行う方々がよく読んでは感想を書いているリルケの『若き詩人への手紙』の中に、「あなたは雑誌に詩をお送りになる。ほかの詩と比べてごらんになる、そしてどこかの編集部があなたの御試作を返してきたかたといって、自信をぐらつかせられる。では(私に忠告をお許し下さったわけですから)私がお願いしましょう。そんなことは一切おやめなさい」(高安国世訳)という箇所がある。更に「審美学的・批判的な物はできるだけ読まないようになさって下さい、──それは生命の枯渇した冷酷さのなかで化石したような、無感覚な党派的見解か、さもなければきょうはこの意見、あすはその反対の意見が勝ちを占めるといった調子の、器用な言葉の遊戯にすぎません」とも。

 リルケの主張は、詩は本人の「書かずにはいられない根拠」を深く探る事が重要であり、「必然」から生まれるという「起源のあり方」にこそ芸術作品に対する判断はあるのだ、というものだ。また、石川啄木は「(くら)うべき詩」の中で「すべて詩のために詩を書く種類の詩人は極力排斥すべきである」と述べているが、私はこれを「詩を書く為には感情的な裏づけが必要だからわざと病的に振舞わなくては」というような考えを起こす者は排すべき、という意味に解釈している。実際にネット上のみで即興詩を量産している人々の中には、こういった傾向の人が居る事は否めない。そう考えると、啄木の言葉はリルケの見解に通ずるものがある事が分かる。本人が本当に書きたい詩とは、本人が「詩人」である以前に「人間」として、それを書かずにはいられない作品であるという事だ。

 友人のエキノコックスは『うい!』のあとがきで「それは喜怒哀楽をぶつけることだから、誰かを傷つけることと紙一重だ。私の詩は誰かを傷つけるかもしれないし、既に誰かが私の詩で傷ついたかもしれない」と述べていたが、だからこそ詩の受け取り方は人それぞれであるし、選考する人の主観が評価に介入する事は仕方のない事なのだ。

 リルケ程強く、「投稿はやめろ」とまでは私は思っていない。それで自作に対する客観的な意見を取り入れる事が出来るのは、むしろ大きな価値のある事だと思う。問題なのは、それを唯一解であると捉えてしまう事だ。それは、書き手である自身の中で、自分の詩が何故自分にとって書かれなければならないものだったのかが分かっていないという事だ。私は手帖にも現代詩人会にも今年送った作品が取り上げられなかったものの、だからといってそれらが不出来なものだったとは思っていない。自分の世界観を持った上で、参考までに客観的な受け止め方も知る、この為に、投稿詩人の活動はあるのだと私は考える。

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