「新感覚」②
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メンバーの顔を出さない一枚画でのリリックビデオを作り、ネット上に上げてみたところ、これが思いの外良い評価を得られた。無論、無名の学生バンドである自分たちが数多ある同様のチャンネルの中で取り分け目立つという事もなかったし、一ヶ月程経ってようやく視聴回数が千を超えたくらいだったが、それでも茂樹たちは自分たちの音楽がアウトプットされた事を喜んだ。
英吾はやはり、自分の声を聞くのは恥ずかしかったし、とても胸を張って人に聞かせられる声でもない、という思いは抜けなかったが、その反面何処か誇らしさを感じてもいた。
茂樹たちからは間もなく二曲目を書いてくれと頼まれ、音声合成用ソフトで歌わせたものを聴かせると、また歌ってくれと依頼された。そのうち英吾は、彼らと打ち合わせを行う為に再び学校に行くようになった。
大学に入学して間もなく、駅前で路上演奏を行った。現在では地下ホールやライブハウスなどを借り、小規模な公演を行う事もある。
僅かにではあるが金が入るようになって、初めて英吾は「自分はこれを職業にするつもりなのだろうか」と自問した。
茂樹たちとこれからの事を話し合う中で、物は試しだから一度レコード会社のオーディションを受けてみようか、という事になった。が、この結果は惨憺たるもので、やはり現実は甘くない、と皆で話した。
「まあ、インディーズで知名度上げて有名どころから声掛けられたってバンドも結構あるみたいだし」
亮河がぼそりと言い、皆沈黙した。
自分たちが圧倒的に実績不足である事は、まず紛れもない事実だった。
そのまま大学生活も二年目に入ったが、ただ時間を積もらせればそれが実績を育むという事になる訳でない事は英吾がいちばん良く分かっていた。
オーディションで撃沈したのを境に、英吾は自分の作り、また歌う曲がマンネリ化してはいないか、という事が気に掛かるようになった。バンドに個性がある以上、節回しというものは存在するし、ある種の偏向がその者たちのオリジナリティとして見られる事もあるが、英吾が懸念するのはそれとは少し違った。
自分の場合は──自分たちの、ではない──、個性がそもそも薄れてきてはいないか、という不安があった。失恋ソングにせよ応援歌にせよ、筋立てだけに注目すれば同じような曲は腐る程ある。自分たちもその中に──ヒットする曲とその他諸々のうち、その他諸々の方に含まれているのではないか、という懸念だ。「無数にあるインディーズバンドAもしくはB」になってはいないか、と。
英吾は五線譜を使った事がない。DTMソフトで楽器ごとのトラックを重ねて曲を作り、茂樹たち三人に見せて個々に練習、合わせて演奏する、を繰り返しており、通しでの練習の際には全て暗記で演奏される。
故に、四年経った今でも英吾は楽譜を読めない。否、読める事には読めるが、初めて楽譜を手渡された曲のメロディを口遊めと言われても出来ないし、ギターどころか鍵盤楽器も弾けない。
それがどうした、と他の三人からは励まされたし、自分でもそう思っている。
この間音楽界隈のSNSを眺めている時、シンガーソングライターとしてメジャーデビューを目指している、という奮闘記のような事柄を呟いているとあるアカウントのユーザーが行った書き込みに目が留まった。
『この頃は楽器がなくてもできる電子音楽も増えてきていますが、やっぱり実際に手で楽器を弾きながら作られた曲と比べると、どうにも全体の厚みに欠けるように私は感じます』
茂樹が見れば、「俺たちだって結局は実物の楽器で合わせるっつーの」と文句を言いそうなコメントではあった。本人が苦労して一曲一曲作っているにしても、それ以外の過程をすぐにバレる手抜きのような言い方をするのはどうなのか、と。英吾も同意見ではあるが、この呟きを見た際、自分に限っては一笑に付す事は出来ない──というより、そのような資格はないなと感じた。
作曲をしている時、有識者が音楽理論などと呼ぶ正体不明のものを解さない英吾は完全に「聞いて直感的にどう思うか」でフレーズを作っている。それ故にボーカルパートの音符の運びなどは音感を基にした配列で、後から五線譜に書き起こしたり、ドレミで歌ったりする事が出来ない。
当然、ワンフレーズ作るのにかなりの時間が掛かる。頭の中にあるメロディを形にする作業は微調整の繰り返しだ。そして、作っているうちにそのメロディが過去に作った曲の一部である事に気付いて愕然とする事もしばしばある。
最初のうちは、それも自分たちの”個性”になると思って敢えてそのまま進めてきたが、やがてそのような事を幾度もするのは、アマチュアが行うと稚拙さが拭えなくなる事に気付いた。
気付く前に曲を作りすぎたな、と後悔した。
茂樹たちは、英吾の作ったものに対しては「捻りがない」など英吾自身が気にしているような意見を殊更に言う事はなかった。彼らが本当にこのままの方針で進めても構わないのか英吾は何度も聞きたいと思ったが、それで彼らが納得しているのならば自分の態度は喧嘩腰と捉えられても文句は言えない。それ以前に、実際に歌うのは自分という事でこちらがやりやすいように彼らも配慮してくれているのだ、作っている本人が納得出来ないなら納得行くまでやれ、と彼らは言う外ないだろうと思う。
悩んだ末、茂樹に
「次の曲、どんな感じのやつがいいかリクエストある?」
遠回しな言い方で尋ねてみた。
彼は急に言われても、という素振りで頭を捻り、やや暫し唸っていたが、その末に答えた。
「世界観のある曲を作ってくれ」と。