「私の推し文豪・泉鏡花」
私の”推し”文豪を一人挙げろと言われれば、まず迷いなく泉鏡花の名前を出すだろう。私は以前から怪談が好きだったが、単なる「怪談」から「怪奇幻想」へと嗜好を具体化してくれたのは鏡花の作品であった。また私の古からの日本語の美しさへの慕情も、彼の優艶な文章は叶えてくれる。
文学が分かる人に対して私が鏡花が好きだという事を話すと、多くの場合は驚かれる。何故かといえば、彼の文章は若者には難しすぎるという印象が大人の方々にはあるらしい。
中島敦は「鏡花氏の文章」という随筆の中で、「日本人に生れながら、あるいは日本語を解しながら、鏡花の作品を読まないのは、折角の日本人たる特権を抛棄しているようなものだ」と述べており、私はこれに甚く共感した。
日本の古い言葉は、季節や天候、色の表現、自然界や心情などの細かなニュアンスの差異に一つ一つ名前を付けたように多種多様である。外国語で、ここまで語彙を細かく分割したような言語があるだろうか、と疑問に思う程だ。鏡花はそれを見事に拾い上げ、文章のあるべき場所に嵌め込んでいく。中島敦の「言葉の魔術師」という評し方はまさに核心を突いているといえよう。
同時に、「若者には難しいのではないか」と思われる理由もここにある。鏡花の作品には怪奇幻想ものと江戸っ子めいた人情ものと大きく分けて二種類の作風が存在するが、前者の場合は日常からごく自然に人智を超えた世界に入り込んで行くので、その変わり目を見誤ると何が起こっているのか分からなくなる。その見定めを困難にしているのが、膨大な和語だろう。私がすっと鏡花作品の世界に入り込めたのは、和語が以前から好きだった為にこの時点で振り落とされなかったのが大きな要因だったと思われる。
一方、後者の人情ものに於いては、常識を超えたような不思議な事は起こらないとはいえ「そのような事が実際にあるのか」というような筋の読み解きにくさから同じく「何が起こっているのか分からない」という事が起こる。私はこの例として「義血侠血」「三尺角」を挙げる。
前者は戯曲や映画として著名な「滝の白糸」の原作となった物語で、女芸人・白糸から学費を貢がれた馭者・村越欣弥が後に検事となり、恩人である白糸が殺人を犯した際に彼女を起訴、その後自殺するという筋である。後の「外科室」の偶然──といっては身も蓋もないので運命の巡り合わせという言い方をするが、現代の小説やドラマではまずこのような事柄を「意外性」として採用したりはしないだろう。他方「三尺角」は、小舟の中で生活する与平・与吉父子の場面と豆腐屋のお柳の場面がそれぞれ独立しながら交互に語られ、最後にほんの微かにそれぞれの物語が交錯する。その交錯の仕方というのも、お柳が恋い慕う男から「そこらの材木に枝葉がさかえるようなことがあったら、夫婦に成って遣る」という突き放すような手紙を受け取り、そこで偶然にも彼女の耳に与吉が「大変だ、大変だ、材木が化けたんだぜ、小屋の材木に葉が茂った、大変だ、枝が出来た。」と錯乱して叫びながら走り去る声が届く、というものである。その上、彼の錯乱の理由とは魚嫌いの父について、その理由は自分と同じ命を持った魚の死骸がそのままの姿で饗される為だろうという考えに至り、その気持ちを想像するうちに木々の中に「食切ると痛む」命を見てしまった為だ。私自身も、何度か読むまで理解出来なかった。
どうしようもない事を言うようだが、鏡花の世界を味わう為のコツはひとえに「慣れ」である。また、慣れるまで放り出さない為には読む順番も大切になる。分かりやすい妖怪が登場しながら、それで怪奇色が減じる訳ではない戯曲「夜叉ケ池」「天守物語」を最初に読んだ私はそこで”幻想”という新境地を開拓するに至った。
観念小説と呼ばれる「外科室」「夜行巡査」などの奇想天外さ、運命的な不思議さにも、鏡花の”幻想”は通ずるものがある。作風は異なれど、根っこの部分が同じであるともいえよう。鏡花作品はつまり、入りやすい切り口から取り掛かり、ゆっくり咀嚼しながら徐々に個性の強い専門編に踏み込んでいく、学校教育のプロセスに近い手順で読むのがセオリーだろう。そして上手く入り込めれば、そこから先はひたすらに甘美さを味わうだけだ。私は事実、鏡花程に麻薬的な作用のある文章を読んだ事がない。
そしてやはり、その魅力を十分に味わえるのは怪奇幻想に限る、と思う。
鏡花の人情ものを読むと、私は登場人物の口調の多くが江戸っ子のそれに近しいものに感じる。例えば『婦系図』の冒頭、(め組)の渾名を持つ魚屋と、お源、お蔦の会話。全てを引用すると長い上に意図が伝わりづらくなる為台詞だけを抜粋して書けば次の通りである。
「相かわらず大な尻だぜ、台所充満だ。串戯じゃねえ。目量にしたら、凡そどのくれえ掛るだろう。」
「お前さんの圧くらい掛ります。」
「ああ云う口だ。はははは、奥さんのお仕込みだろう。」
「めの字、」
「ええ、」
「二階にお客さまが居るじゃないか、奥様はおよしと言うのにね。」
「おっと、そうか、何だって、日蔭ものにして置くだろう、こんな実のある、気前の可い……」
「値切らない、」
「真個によ、所帯持ちの可い姉さんを。分らない旦じゃねえか。」
「可いよ。私が承知して居るんだから、」
「何があるの。」
「へ、野暮な事を聞くもんだ。相変らず旨えものを食して遣るのよ。黙って入物を出しねえな。」(新潮文庫『婦系図』ルビ原著)
同じく『湯島詣』、源次郎と頭の会話。
「源ぢやねえか、おい、源坊。」
「誰だい、」
「俺だ。」
「や、」
「待ちねえ。」
「頭。」
「おい、何だ、それは、」
「えゝ、」
「下駄ぢやあねえか、下駄ぢやあねえか、串戯ぢやあねえ、何を面啖つたか知らねえが、其奴を懐に入れるだけの隙が有りや、敵の向脛をかツぱらつて遁げるゆとりはありさうなもんだぜ。何だい、出曾したなあ、犬か。人間か。」
「喧嘩ぢやあないんです。」
「辻斬か。」
「冗談をいつちやあ可けません。」
「ぢやあ、何うしたんだ。」(岩波文庫『湯島詣 他一篇』ルビ原著)
一方、同作品でも地の文による情景描写になると、怪奇幻想ものと同様の端然とした筆致になる。適当にページを捲って目についたところを写すと、
額堂の軒、宮の廂、鳥居の下、御手洗の屋根に留まつた鳩が、あちら此方にしば〱鳴いて、二三羽、二人が間をはら〱と飛交はした。納豆々々の聲遙に、人はあたりになかつたのである。──此間二年餘相たち申候。歌枕の今夜の逢曳。
梓は思はず面を背けた。火鉢の火は消えかゝつて籠洋燈の光も暗い、唯見ると痩せた薄と、悄れた女郎花と、桔梗とが咲亂れて、黒雲空に、月は傾いて照らさむとも見えず、あはれに描いた秋草の二枚折の屏風が立つて居るのが、薄暗い灯で、幻のやうで、もの寂しい。
三島由紀夫と澁澤龍彦が、鏡花の魅力について語らった対談があり、そちらでは当人たちにより、彼の文章について敦よりも踏み込んだ分析がされる。
三島は鏡花ファンに多く見られる「いやらしさ」に「お互いにしか通じない言葉で喋り合う都会人だとか、いやに粋がっている人間だとか」を挙げた上で、「鏡花自身が田舎者で、金沢から出て来て東京にかぶれて、江戸っ子よりももっと江戸っ子らしくということを考えた」と考察している。私は鏡花作品は怪奇幻想から立ち入ったのだが、人情ものに先程引用した箇所のような二極的な味わいを見た時、鏡花の元来持っている文学的言語は後者のような優美なもので、わざと無頼を気取っているようなところがある、と思った。即ち、逆に言い換えれば鏡花の使う美しい日本語にはわざとそう見せようとしたような衒いがなく、古来から日本人が本来持っていたのであろう雅さが直接的に伝わってくるのだ。全く鼻につかない。
同時に、そうした言語で書かれた鏡花の幻想文学は、凄絶に不気味でありながら妙に優しいのだ。女怪が多く登場する事も相俟って、それは自分が愛した女のような優しさ、更に踏み込めば母や姉のような、女系家庭的な温もりへの憧憬を感じさせるものとなっている。
先程と同じ対談の中で、澁澤は鏡花の描く女性は「芸者などの女主人公が必ず凛としている」「もう一つは、必ず男が頼れる男の庇護者」と述べ、三島はそれを受けて鏡花の描く男の中で弱々しい方に後者の女が惚れ、庇護すると言う。三島はまた、フロイトはそういうものを母的なものと呼び、自身はそれを更に布衍して「女性的なもの」「鏡花が特別なんじゃなくて、女ってそういうものかもしれない」と語っているが、私は人情ものを含まない女怪幻想に限っては「女系家庭的な温もりへの憧憬」で解釈は間違っていないと思う。
私が読んできた中で最も解釈しやすいのが、「化鳥」という短編だった。
その中に、例えば語り手が川に落ち、誰かに助けられた記憶の場面がある。「一体助けて呉れたのは誰です」と尋ねた語り手に、母親は「廉や、それはね、大きな五色の翼があって天井に遊んで居るうつくしい姉さんだよ」と答える。また、その「姉さん」を探して梅林に出掛けた語り手は夕暮れの帰り道、途方もない恐怖を味わう。幻視の中、自分が鳥になってしまったかのように見え、「思わずキャッと叫んだ」語り手を背後からしっかり抱き止めたのは母親だった。その時語り手は、「翼の生えたうつくしい人は何うも母様であるらしい」と気付く。
結びの一節が、一切を演繹する。
雨も晴れたり、ちょうど石原も辷るだろう。母様はああおっしゃるけど、故とあの猿にぶつかって、また川へ落ちて見ようか不知。そうすりゃまた引き上げて下さるだろう。見たいな! 羽の生えたうつくしい姉さん。だけれども、まあ、可い。母様が在らっしゃるから、母様が在らっしゃったから。
母と姉、どちらも家庭の女性だ。また「龍潭譚」という作品は「高野聖」の原型となったといわれるが、これは魔界に迷い込んだ男児が母を思わせる美しい女に庇護され人の世に帰る物語であり、「高野聖」で僧が出会う、交わった男を獣に変えてしまう美女が共に暮らしていたのは白痴の弟である。
信憑性の程は不明だが、こういった女系家庭への憧れは、心根の弱さや意気地のなさを全面的に押し出した男よりも、むしろ逆境の中で、自らを軽視されないようにとわざと粋がって見せる暴力少年に多いらしい。三島が鏡花の無頼的な面について田舎者のコンプレックスとも言い換えられるような理由を指摘したり、私自身が鏡花はわざと繊細な素顔をそういう面で押し隠しているようだという印象を受けたりした事にも、そうした身寄りのない少年のような野性の気性、その裏に隠された家庭的な愛情への飢えがあったのかもしれない。
鏡花の母は、彼が九歳の時に次女出産に伴う産褥熱で亡くなった。彼が尾崎紅葉に弟子入りする為上京したのはこの八年後だったが、恐らく幼くして母親を亡くした事は彼の童心に強く刻み込まれ、「江戸っ子よりももっと江戸っ子らしく」振舞わねばと思う程に故郷という環境への劣等感を育んだ都市での不安の中、彼が心の支えとしたのは亡き母の思い出だったのではないか。潔癖症を始め、鏡花の神経質な性格を示す逸話は数多くある。
文才自体は、鏡花には元々備わっていたのだろう。しかし、そこに彼自身のモチーフ=動機ともいえる精神が介入した結果、化学変化が起こった。主題が浮泛なものになる事なく、そのまま作品の厚みになった。死と隣り合わせに生きている人が文芸に進み、その主題に生死を扱った作品が多くなる事があるように、鏡花の場合は分かりやすすぎる程の筋が一貫して作品世界を通っている。日本語での文章力がそれに先立ち、また日本語本来の優美さが鏡花の文章力に迎合した事は奇跡としか表白しようがない。
恐らく、鏡花と同じ境遇、同じ主題と文章力を持つ作家が居たとして、その彼または彼女が外国人であったとしたら、この奇跡は起こらなかったのではないか、と私は思う。だからこそ冒頭に立ち返って、中島敦の「日本人でありながら鏡花の作品を読まないのは特権の放棄だ」という感想が生きてくる。
鏡花と同じ国語力を持たなければ、彼の作品を本当の意味で楽しむ事が出来ないという訳では決してないし、今の若者が彼の魅力を恐らく理解出来ないだろう、という事もない。触れさえすれば虜になる、まさに彼の紡ぎ出す女怪たちのような魅力を鏡花の文章は持っている。理解出来て初めて面白味が分かるのではない。私はこの文章の前半で「味わう」為には慣れが必要だと書いたが、その慣れまでの期間は受験勉強の如き辛抱を強いられる期間を意味しない。楽しむ事が出来たのなら、理解力は後から幾らでも着いて来るのである。
鏡花の世界は、妖しい。
ただ怖いというのでも、風景の如く美しいのでもない。読めば読む程ぞっとするのに、同時に取り憑かれたように魅せられる。魔境に迷い込んで帰れなくなりそうであるのにも拘わらず、それでもいいかと思ってしまう。その時点で、相手が化け物であればとうに手遅れになっている。
「怪しい」は不快感を伴った不気味さのニュアンスを含んでいるが、「妖しい」はそういった危うい心地良さを持つ。ので、私は鏡花の作品世界を常にこちらの漢字表記で表現している。




