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未分類  作者: 藍原センシ
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「ハルモニア」⑤


          *   *   *


 日没と同時に、母から電話で呼び出された。新潟スラムで行方を晦ました憑魔──否、フォヴォーラが、宿っていた肉体を捨てて新たな人間を襲撃→憑依、健全な魔力を得て再び肥大化(ブロード)したという事だった。

『最初に憑魔化していた人は、遺体で見つかったそうよ。現地の人から通報があったわ。……残念だったわね』

 母の言葉には、憑魔と化した人間を救う事は出来ないのだ、と、否が応でも律に認めさせようとするかのような重みがあった。新潟スラムでの戦いで、分かっていながらも人間とフォヴォーラの融合した憑魔に”(とど)め”を刺す事を躊躇った娘への、ささやかながら鋭い追及。

 フォヴォーラは、魔力によってあの恐ろしい魔神の姿となる。憑依した人間の魔力を使い果たせば、次の新鮮な補給源へと”乗り換え(トランスファー)”を行う。無論、トランスファーされた二人目の人間も、その瞬間戸籍の上では死亡する。

 律が、救えるはずのない人命を憂えた為に、今度は失われるはずのなかった二つ目の人命も失われた。母は、暗にそう仄めかしている。憑魔にされた人間を、どの瞬間を以て死んだと見做すのかの違いにより、律と母では価値観が異なる。それでも、律は母の明言されない糾弾に、胸がずきずきと疼くようだった。

 フランチャイズは作戦の(かなめ)となる為、僅かにでも情報の伝達ミスや誤解があってはならない、という事で、律は再びセレスタル・ピラーへと直接出向いた。安威一佐は、夜間であるし自分も同行しようか、と申し出てきたが、母からは一人で来るようにと言われていた。軍人は、作戦がまとまり、発動され次第機動的な対応が出来るように兵営で待機、という事らしい。

 エレベーターの中で、セーラー服姿の少女と一緒になった。彼女は律が召集された事を知っていたのかいないのか、ちらりと一瞥をくれてきただけで特に反応を示さなかった。

 半袖の制服から覗く包帯に、律はぴんときた。

「あの……もしかして、フェガトのフランチャイズ……ですか?」

 話し掛けると、彼女はちらりと目だけを動かす。おさげにした嫋やかな黒髪に縁取られた顔は、目鼻立ちが通り、なかなか整っていると言えるものなのだろうが、その目は険しく──というより、何の感情も持ち合わせていないようで、律に対してもそこまで興味を持ってはいないようだった。

「……そう」

 聞こえなかっただろうか、と不安になってくる程の長い沈黙の後、彼女は短くそう答えた。涼やかな、隙間風のようなか細い声だった。

「そ、そうなんですね。初めまして……私、本多律っていいます」

「……浅葱(アサギ)樹璃」

 また、(しば)しの沈黙を挟んで彼女は言う。

 こちらの本多という名字を聞いても、顔色一つ変える様子はない。

「宜しくお願いします……」

 律が恐る恐る挨拶すると、注意して見なければ分からない程に微かな角度で、樹璃と名乗った少女は頭を傾けた。

 一階分につき一秒、約二分掛けて「研究室」まで辿り着くと、母を始めフェガトの職員たちが天井から下げたスクリーンに地図を映し出し、顔を突き合わせるようにして待機していた。母はちらりとこちらを見ると、

「それじゃあ始めるわよ」

 と言い、指示棒を取った。

「スラムを出た憑魔、ヨグ=ゾフトは、南下して秩父山中に入ったわ。時速百キロで移動中、あと三十分以内に富士山、駿河湾に到着して、ここ真都心に姿を現すでしょうね。しかも、ヨグ=ゾフトの形態を考えて、恐らく奴は水中での活動に適性があるはずよ。半島に進出して陸路を進まず、駿河湾に入って海岸線沿いに海路を来たらもっと早くここに到達するでしょう」

「憑魔が、真都心に? どうして……」

 律が呟くと、茶色いパーマの男性が答えた。

「大厄災の後になって、フェガトが本多司令……勇者きららによって設立された、今度こそ自分たちを絶滅させる組織だって事が知られたのかもね。そう考えると、ここ十六年封印されたとばかり思っていた連中が、実は僕たちのデータを密かに収集していたみたいで怖いんだけど」

「とにかく、憑魔の進路はここに向いている。それは確かよ」

 母の口調は、生産性のない疑問にこれ以上答えている余裕はない、というかのようだった。「続けるわよ」と言われ、律は口を閉ざす。

「連中も、怪物とはいえ知能を持った存在。こちらがフランチャイズを二人擁している事は初戦で分かって、警戒していると思う。山に入ってから、夜の暗さもあるだろうけど、防衛通信衛星『ウアジェト』で大きな動きが確認されなくなった。遮蔽物の多く、木に擬態出来る山で、太平洋側に進む前の力を補給するつもりのようね。叩くなら今のタイミングしかないわ」

「ヨグ=ゾフトが山を出て、スラムに現れたらこっちの負けだ。そこで、伊豆ヶ岳から奥多摩にかけての山中で確実に目標を殲滅する為、次の作戦を行う」

 母の後を引き継いだ、オールバックの男性職員が説明を始める。

「まずF - 15(イーグル)、F - 2などの航空機部隊が上空から山に接近、広域に渡って空対地ミサイルを用い、爆撃を行う。同時に第一フラン、浅葱准尉が部隊に同行し、契約術(テスタメント)にて対象のターゲットを取る。

 これは、ヨグ=ゾフトがフランチャイズに対し、最大限の警戒を払っている事が大前提だ。ただ、浅葱准尉には屈辱的な事かもしれないが、敵はまず『テスタメントを使用する方のフランチャイズには勝てる』と学習したと思う。警戒はするだろうが、攻撃を控え、山に隠れ続ける程慎重にはならないだろう。奴の究極目標がフェガトを陥落させる事なら、いずれ戦わねばならない相手だとも認識したはずだ。それを、こちらは囮に使う」

「律、その隙にあなたは単独で、キャンプ場跡から地上ルートで山に入るのよ」再び母が言った。「樹璃と航空機部隊が囮を務めている間に、あなたは山の中に居る本体を叩く。敵は地対空攻撃の手段を持っているけれど、懐に入ってしまえばあのビームも届かないわ」

「私が……」

 律は睫毛を伏せ、スカートの裾を弄る。母から「その癖を直しなさい」と言われ、職員たちが失笑したので慌てて背筋を伸ばすと、ふうっと息を吐いた。刹那の躊躇を経、意を決して発言する。

「航空機部隊の方々や浅葱さんには……被害は、出ないんでしょうか?」

「当然、出るでしょうね」間髪を入れず、母は言う。「犠牲者も確実に」

「一応フォローは出来るようになっているよ。作戦に投入する機体には強化魔法を掛けるし、防御魔法持ちを全機に投入する。ビームを相殺する為、AAM - 4(空対空誘導弾)も使用するし、駿河湾からはペトリオットを搭載したイージス艦が対空射撃可能だ」

 パーマの職員が付け加えるが、律の気分は晴れなかった。

 ──それでも、完璧には守りきれない。

 フェガトの作戦は畢竟、相手の性質上仕方のない事なのかもしれないが、犠牲者が出る事を前提とした上でそれをどれだけ抑えらえれるか、という点に全てを賭けているのだ。

 人命が関わると、律は常に「誰かが犠牲になる」という要素を含んだ作戦に引っ掛かりを覚えてしまう。だが、ではどうすれば良いのか、という代案を求められれば何も思いつく事が出来ない。シミュレーション上の作戦を幾つも母から教わり、それに人死にを指摘する度に叱責された。綺麗事だけで、フォヴォーラに打ち勝つ事は出来ないのだ、と。

 納得せざるを得ない、という振りをしていると、母が樹璃の方を向いた。

「律のアルマヘッドとあなたのテスタメントを比較して、より高威力で、より遮蔽物の多い地形に向いていて、更により応用が利くのはアルマヘッドよ。だから、今回フォヴォーラに直接攻撃を仕掛けるのは律の方。あなたには不満があるかもしれないけれど、いいわね?」

「……構いません」

 樹璃が、律に対してのそれと変わらない声で答えた。

「憑魔が倒せるなら、何でも」

「律」母は、今度は自分の方を向いてくる。「今度無意味な、いえ、有害な感情を起こしたら、承知しないわよ」

「……はい」

 律は、現実は運命のように変えられないのだ、と思いながら返事をした。

「もう同じ過ちは繰り返しません」

「それでこそ、私の娘」

 母の淡々とした口調は、式辞を読み上げる先生のようだった。

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