お茶会への誘い(2)
ルーキス・アダマス家の別荘へ向かうため、一旦王都の屋敷へ戻り、そこから家令を連れてアウロラは馬車に乗り込んだ。
しばらく馬車に揺られながら車窓に流れる景色を楽しむ。郊外へ出ると針葉樹の長い並木道を抜けてルーキス・アダマス家の私有地へ。
繊細な鉄細工の城門が開かれると、季節の花々が咲き乱れる庭園と城館がアウロラの目に飛び込んで来た。
元はルーキス・アダマント王家の離宮であっとされる『オルテンシア城』。
玄関ポーチで馬車は足を止め、家令の手を借りてアウロラは降り立った。
正面玄関から見える白亜の城館は、ドーム型の屋根を中央に配置し、上品で華やか。小ぶりながら贅が凝らされ王侯の別荘らしい造りだ。
臣籍降下したとはいえ、ルーキス・アダマス家は王家につながる血族であることを見る者にまざまざと伝える趣き。
まるきりおとぎ話の世界だわ。王都のアダマス邸も大きくて立派なお屋敷だったけど、別荘はまた違う絢爛さね。
惚けたように口を開けて城館を見上げているアウロラを見かねてローレンスが小さく咳払いした。
間抜け顔を晒していてよ、プリンセス。
……と、その眼差しは語る。
「……あ」
いけない。
アウロラは慌てて口をおさえる。
彼女の到着に合わせて玄関からクラリスの護衛騎士であるノックス・ヘリオドールが現れる。
「お待ちしておりました。ルベウス様」
「ごきげんよう、ノックス。出迎え感謝します」
「クラリス様がお待ちです。ご案内いたします」
ノックスに先導されアウロラは城館へと足を踏み入れた。応接間に通されると室内で待っていたクラリスがぱっと笑顔を浮かべ歩み寄る。
「オルテンシア城へようこそ、アウロラ」
「本日はお茶会へのお招きありがとうございます、クラリス様」
アウロラは丁寧に礼をする。
クラリスの希望で魔法学校では対等な友人同士として接しているが、一歩外に出れば互いの関係は対等ではなくなる。アマダント国内における魔術師家系として両家は同列であっても、当然のように世間には社会階級というものが存在する。
血筋、家格は超えることができない壁としてふたりを隔てる。
その証拠に、彼女自身がアウロラを玄関まで出迎えることは許されず、ルベウスの魔女に対して使用人たちの視線は冷ややかだ。
代々王佐をつとめるとはいえ、貴族社会においてルベウス、サフィルス両コランダム家は卑しい家系と見なされている。
クラリスはこれを快くは思っていないが、思慮深いアウロラを尊重して涼しい顔を装い続ける。
「急にお誘いしてしまってごめんなさい。ご無理を言ったかしら?」
「お気遣いありがとうございます、クラリス様。お誘いいただけて嬉しかったですわ。わたくしも丁度時間を持て余していたところなのです」
「よかった!ご迷惑だったらどうしようかと思っていましたの」
ほっとクラリスの表情が緩む。
クラリスは淡いピンクのドレス姿で、生花で襟や髪を飾っている。ヒロインらしい愛らしさにアウロラの頬も緩む。
「クラリス様のドレス、とても素敵ですね。よくお似合いです」
「まあ!アウロラのドレスもとっても涼やかで素敵」
「ありがとうございます」
アウロラはメイドたちや家令の意見を参考に爽やかな水色と白色のストライプ柄のドレスを選んだ。
重苦しい色彩はお茶会に相応しくないと考えたからだ。
ノヴァの息抜き、または趣味と化しているドレス発注のおかげで、ドレスの選択肢は広い。急な誘いに対応できるという意味では大変ありがたいが、これは彼の前で口に出さない方がいいだろう。肯定的になってしまっても困る。
「ご令嬢の皆様にもご挨拶したいのですがどちらに?」
応接間にはクラリスとメイドたちだけで、貴族令嬢たちの姿はない。早く到着しすぎてしまったのだろうか。
するとクラリスは頼りなげに眉を寄せる。
「……ごめんなさい、アウロラ」
「?」
「あ、あの…実は…、急なお誘いだったので…他のご令嬢は皆様都合がつかなくて……その……アウロラだけなの」
クラリスは気まずげにアウロラを見返してくる。
「……え…」
アウロラは固まった。
これは、やらかしてしまっただろうか。
貴族感覚からして、格上の家柄であるクラリスの誘いを断るなど不敬だがどうしても外せない事情というものはある。たまたま呼ばれた令嬢全員がそうだったとしても、責められないがこれは……気まずい結果だ。
アウロラ一人がのこのことやってきてしまったがために、クラリスはいらぬ恥をかくことになってしまったのではないか?
とはいえ、最後のひとりであったアウロラが誘いを断ればクラリスの面目は丸つぶれになった可能性もある。
「あの…その、ごめんなさいアウロラ。あなたが来てくださるのに中止にはできなくて……あの……」
赤面し、しどろもどろになるクラリスが哀れで、アウロラは唇を歪めた。
ここは……クラリスの顔を立ててわたしが空気が読めなかった不粋者になるしかないわね。
「…クラリス様…申し訳ございません。わたくし誘われるまま嬉々としてお邪魔してしまい…。お詫びにもなりませんがこのお菓子、家中の皆様でお分けください」
ローレンスに指示し、貴族令嬢たちに配るつもりで持参した菓子折りを彼女のメイドに受け渡す。
「あ、ありがとうアウロラ。いただいたお菓子もお茶会で用意させていただくわね。……ええっと、お庭にお茶会のテーブルをセットしてあるの。そちらに移動しましょうか」
クラリスはアウロラの手を引き、いそいそと応接間を出る。その際、ローレンスは従者の部屋へと移動する。
クラリスは目配せしメイドを下がらせるが、護衛騎士のノックスだけは彼女たちの会話が聞こえない程度に距離を置いて追随する。
「ごめんなさいアウロラ。気を遣わせてしまったわ」
「いいえ…わたしの方こそ何も考えず呑気にお邪魔してしまって…」
ふたりになったので口調を崩す。
「いいえいいえ!あなたが来てくれてよかったわ!アウロラが来てくれなくては困るの!」
身を乗り出して主張するクラリスに気圧される。
「…え、ええ?困るの…?」
「あ、えっと……今日来られなかったご令嬢たちと確執があるわけではないから心配しないでね。本当に急なお誘いだったから難しかったみたい…!本当にそれだけだから…!」
言いながら挙動不審にクラリスの目が泳ぐ。一体どうしたというのか。
アウロラの戸惑いを感じ取って、クラリスは歩きながら別の話題を振る。
「そ、そういえば…!…あなた家令を採用したのね。見目の麗しさにメイドたちが少しそわそわしていたわ」
クラリスはふふと笑う。
ローレンスの華やかな美形ぶりは執事服でより引き立つものになっているかもしれない。
「ええ、そうなの。ノヴァがお仕事で留守にすることも多くなるからって、伯父様の提案で」
「……そういえば、ノヴァは外商に出かけているのよね。アウロラはお休みをどのようにお過ごしなの?」
「……ええっと……」
剣術の稽古に励むつもりで一切の予定を入れていなかった、とは言いづらくアウロラは返答に困る。
「…実は、暇を持て余していて…今のところあなたのお誘いが唯一の外出よ」
同性の友人は少なく、異性の友人は皆無。
客観的に捉えるとローレンスが呆れていたように、惨めさが漂う休暇である。
アウロラの返答にクラリスは眉を寄せる。
「あなたほど美しく出来た人を誘おうとしない殿方は一体どこに目をつけているのかしら。わたしが殿方なら毎日でもお誘いするのに」
「…まあ、クラリスったら積極的なのね」
アウロラは彼女の優しさに微笑む。
「…それで。あなたはどうなの、クラリス。あなたほど可愛らしい姫君を殿方たちが放っておくわけはないわ。引く手数多でお誘いがきているのでしょう?」
アウロラの問いかけに、クラリスはむうとしかめっ面になる。…どうしたというのか。
「アウロラ、わたしにそんな方がいらっしゃると思う?」
「…え。ええ、もちろん」
アウロラは疑いなく頷くと、クラリスは小さく息を漏らす。
「ああ、あなたはわたしをいつも否定せずに優しいわ。……お誘いはあるのよ。お茶会に夜会、オペラ鑑賞……毎日のように方々からお手紙や招待状が届くわ」
休暇でなくてもそれは変わらないのだが。
「……クラリス?」
不思議そうに見返してくるアウロラに、誠実な彼女になら本心を語ってもいいかもしれないと口を開く。
「でも、どの殿方やご令嬢からも下心がありありと見えるの。殿方からは野心や出世欲、ご令嬢たちはお兄様に近づくための情報源や足がかり。……表面上だけ甘い顔をして、懐柔しようとして…うんざりしてしまうのよね」
彼らの下心を利用する分には駆け引き材料にはなるが、クラリスは王妹の娘とはいえもはや身分は一介の魔女。政治とは無関係の立場である。腹黒い彼らの浅ましさが煩わしいのだ。
クラリスは嘆息する。
「皆様、わたしではなくて、わたしの…元王族のクラリス姫にしか価値を見出していないの。わたしはお人形ではないのに。わがままなのかもしれないけれど、許されるのなら、性別に関係なくわたし自身を見てくださる方とお付き合いしたいわ。あなたのように」
ふわふわとしたお姫様だと思っていたクラリスの本音に、アウロラは瞬きを繰り返す。
そう、彼女もひとりの人間。乙女ゲームのヒロインというフィルターを取り払えば、彼女は意思を持つ生きた少女なのだ。
「……クラリス…」
アウロラは恥じ入る。
反省ね。わたし、少し彼女を侮っていたようだわ。周囲の思惑に流されることもなく、しっかりと自分を持っている。敵同士だったかもしれないわたしを信頼してくれてもいる。いい加減に向き合っていたつもりはないけれど、遠慮がなかったといえば嘘になる。もう少し彼女と積極的に関わるべきなのかもしれない。
「だから、魔法学校は楽しいの。皆様からお姫様って目で見られてるのはわかるけど、あなたやステラ、クラスの皆さんはわたしと普通に接してくださるのだもの。学校に行けば運命の恋人と出会えるかも……なんて入学前は淡い期待を抱いていたけれど、こればかりは難しいわね。気長にお待ちするしかないわ」
最後にクラリスは苦笑いを浮かべた。
「……う、運命の恋人…」
アウロラはびくりと肩を震わせた。
「あー!アウロラったらわたしが夢見がちだと思っているのでしょう?!……否定はしないけど、わたしだって恋い慕う殿方の存在に憧れというものが…」
ぶつぶつと独りごちている彼女が夢見がちだとは思わない。ただ単に、申し訳ない気持ちでいっぱいになるだけだ。
「…ご、ごめんなさいクラリス」
「?…どうしてあなたがあやまるの?」
「…その…わたしの所為であなたが恋のお相手と出会えていないのではないかと思って…」
そうだ。本来のアウロラはあの手この手でクラリスの行く手を阻み、陥れようとする。その中で攻略キャラクターたちとの出会い、葛藤などを経て、恋人へと立場を昇華させる。
ところが今のクラリスの日常はアウロラが意地悪をしないので平和そのもの。
これではクラリスはいつまでたっても輝かず、きっかけを逸して魔法学校や彼女の周囲にいる美丈夫たちとの恋を得られそうにない。
わたしがアンチヒロインとして恋愛面で仕事をしていないから、クラリスに恋のフラグが立たないのだとしたら……土下座ものよ。
青ざめるアウロラを眺めて、クラリスは小さく吹き出す。
「まぁ、そんなわけはないでしょう?きっとわたしの魅力の問題で。……あぁ、でもわたし気づいてしまったのだわ」
「?何を?」
首をかしげるアウロラにクラリスは苦笑いを浮かべ、複雑そうに告げる。
「わたしとアウロラは、休暇を一緒に過ごす恋人もいない寂しいもの同士だってことを」
「……うっ……」
アウロラは口元を引きつらせた。
ゲームの正ヒロインであるクラリスと、アンチヒロインであるアウロラ。互いにその可憐さと麗しい顔を付き合わせ、にわかに無言になる。
『アルス・マグナ』は乙女ゲームであるはずなのに、恋愛のレの字も絡まない、この虚しさは一体……。
相対する概念であるはずのふたりに見出された、まさかの共通点『恋人不在』。
ともかくこれは由々しき問題よ。兎にも角にもクラリスに申し訳ないわ。
わたしはいいの、わたしは。
アンチヒロインに恋人がいないことなんて、別段おかしな話ではないのだから。でもクラリスはダメでしょう?仮にも世界に愛されしヒロインなのよ?浮いた噂の一つもないだなんてこと、許してしまってもいいの?
いや、よくない。
やっぱり、わたしが原因だと思うわ。演技でも、もっとクラリスに意地悪をしておくべきだったのかしら。悪役は悪役として、彼女の恋のエッセンスとなるべく密かに動いておくべきだった…?
ああ、でも下手を打って対立フラグが立ってしまっては意味がないし……ジレンマね……。
今後クラリスに恋の兆しが見えたら、わたしは全力で応援とバックアップに回るわ。絶対よ。
眉間に険しいシワを刻ませ、如何ともしがたい気持ちになりながら、アウロラはクラリスに連れられ庭園へと向かうのだった。
月1回更新を目指しております。文章量を抑えて1話が長くなりすぎないように心がけています(2章みたく1万字とかにならないように)。
というわけで、クラリス嬢登場。元王族の姫ですが、かなり親しみやすい風情や口調なのは幼少期は郊外の屋敷で生活し、根っこから貴族社会で育っていないからという面があります。もちろん、姫君として振る舞うこともできますが、疲れるので普段はアウロラと接しているときのような口調なのだと。
このエピードはなるべく次回で終わりたい気持ちです。グロリア様と新キャラ?登場です。
そのあとはノヴァさんの側に場面が移ります。




