魔法銃カルブンクルス(8)
これ以上ノヴァをからかうと本気で怒り出しそうだったので、シアナスは話題を変えることにした。
「小さき姫が戻ってくるまでまだ少し時間がかかるだろうし、お前が聞きたいことに答えてやるよノヴァ。ゼノのこととかな」
「いいのか?」
火照った頬を鎮めるように手のひらで抑えながら、ノヴァは実態なき魔術師の青年を見る。
「あぁ。…お前のことだから、どうぜ尋ねたところで俺はいい加減な受け答えをして期待できないと思ってたんだろうが」
「思ってた」
素直に頷くノヴァにシアナスは苦笑いする。
「お前が俺をどう見てるのかよくわかったよ。…何でもは答えられないが、必要なことは教えてやれる」
「……わかった。じゃあ、シアナスの視点でゼノについて教えてくれ」
昨晩アレクシアから説明があったゼノと、シアナスの中でのゼノには差異があるはずだ。口伝されてきた内容はどこかで少しずつ欠けていくものだが、彼の場合はもっと鮮明なはず。
「俺の視点で…か。つまり大枠の説明を受けたわけだな。一部被る面もあるだろうが許せよ。ゼノは異界とその魔物の総称だ。ゼノとはじめに呼んだのはスカーレットの母で、元は単なる仮称だった。あとは皆がそれに倣うようになって後年、お前たちの時代まで続いている」
「ゼノは、なぜ界を渡って別の世界を滅ぼそうとするんだ?」
「それがやつらの本能であり、創造主から与えられた使命だからだ。ゼノには名を持つ原種の竜が13柱いるんだが、こいつらは創造主が直に作り、あらゆる界を渡ることを赦された存在だとされている」
「創造主…神のようなものか?」
なんとも気の遠くなるような話だ。
「神といえば神なのかもしれないが、人間の思考…虚無から創造した都合のいい存在ではない。そいつがどこからきてどのような姿をしているのか、単体なのか複数なのか誰も知らない。ただ、遥かなる高みから世界の創造と破壊を繰り返すクソ野郎であることは確かだな。そして竜は破壊の尖兵さ。新しい世界を誕生させては、古い世界を終わらせる。そうやって、創造主は世界の数をなだらかにする仕組みを作り、実行した。創造主からすれば人間や動物など塵芥。どうなろうと知ったことじゃないんだよ」
「……な…」
曖昧さを回避し、より踏み込んだ内容にノヴァは絶句する。
「ノゼに飲み込まれたら、この世界も『ゼノ』になり、次の界へ渡るための足がかりとなる。一度ゼノに飲み込まれば、大気は瘴気に変わる。昼も夜もなく、赤い空と真っ黒な太陽があがる絶望の世界だ。ほとんどの人間は生存できないだろうな。400年前スカーレットがやつらを押し戻したから、今もこの世界はなんとか存続している。それだけのことだ」
シアナスは淡々と話す。その横顔を見つめ、ノヴァは問いかける。
「そのゼノがなだれ込んできた当時は大惨事だったはずだ。それなのに、なぜ詳細な記録が残っていないんだ」
「記録をつけようにも、異界とつながる門になった岩山周辺はとても人間が近づけるような状態じゃなかった。瘴気は毒の塊だ。肉体が腐るか精神が崩壊するか、まあまともな状態ではなくなる。となれば人間はほとんど戦力にならない。魔術師や魔女もな。後方支援が精々だ。故に、瘴気の影響を受けない個体が必要だった。だから、スカーレット……アリザは作られたんだ」
作られたとは、剣呑な響きだ。
「まるで、見てきたかのような言い方だが…あんたは、どうしてそんなに詳しいんだ?」
実態なき魔術師の視線がノヴァに流される。
「事実、その場にいたからさ」
短く答えてシアナスは続ける。
「ゼノは一度アリザに敗北した。奴らにとって、初めての敗北だったといってもいい。しかも大将である漆黒の竜、ニグルムは傷まで負った。ゼノの大半の魔物や魔獣は知能を持たないが、竜は違う。それまでは圧倒的な数と力で飲み込むだけでいい簡単な仕事だったが、この世界は異なっていた。なら、次はどうする」
「何が言いたい?」
「手痛い敗北を喫した相手に、奴らがまた同じ手法をとると思うか?…俺は思わないね」
皮肉な笑みを浮かべるシアナスに、ノヴァは戸惑う。
「…今度は、同じ手を使わないと?」
「いや、やつらの本領は数の暴力だ。最後は必ず雲霞のごとく押し寄せてくるだろうが、それ以前に『何か』を仕掛けてくる懸念は昔から抱いてたよ」
「………何かって、なんだ」
「それについてはわからん。…お前、俺が一体何年休眠状態にあったと思ってるんだ。目覚めて3年、しかもほとんど自由のきかない状態で、何を思案しろって言うんだよ」
「………」
肩をすくめるシアナスにノヴァは閉口した。
ノヴァとシアナスの問答をフランツは黙って見守っている。
対処法はまた別の機会に尋ねるとしても、やはりあまりシアナスをあてにしすぎない方がいい。
「…何にしてもまずは、鍛錬を怠らない方がいいってことだな」
「あぁ、ついでに政治も学べ。小さき姫のためだ」
「………。わかった」
腹の探り合いで胃もたれするような政治は苦手だが、アウロラの助けになるのならば身につけるしかない。
今までシアナスの正体については、あえて触れないようにしてきたが、そろそろはっきりさせるべきか。その時は、アウロラにも紹介しなければならないのだろうか…。
それはそれで頭が痛い。
小さく息をつくと、沈黙し続ける墓所の扉を振り返り、中を彷徨っているであろうアウロラの身を案じ、無事を願った。
この後の展開が長くなるかも……と思いまして短いですがあえてここで切りました。前回の分でここまで載せておくべきでしね。半端になってしまって申し訳ありません(反省)。
というわけで、次回は彼女の方の展開になります。
それから。お気づきの方もあると思いますが、副タイトルを変更しました。これからもよろしくお願いいたします。




