魔法銃カルブンクルス(7)
無数の腕はアウロラを墓所の内部へ引き摺り込むと拘束をほどき、ゆるゆると闇の中へと消えていく。
解放されたアウロラは閉ざされた扉を叩き、屋外へ呼びかける。
「ノヴァ…!…ノヴァ、そこにいるの…?!ノヴァ?!」
何度か繰り返してみるものの、ノヴァからの反応は返ってこない。アウロラの声が届いていないのだ。
ぐっと力を入れて扉を押してみるが、びくともしない。これは単純に、腕力だけの問題ではないだろう。
「……このままじゃ出られないみたい」
小さく息をつく。
彼女を掴んでいたあの無数の腕の感触は本物だった。つまり、内部は無人というわけではなさそうだ。しかも場所柄、生者の可能性は低い。
「…やっぱり…あれは幽霊…ってこと?」
小さく身を震わせながら、肩越しに恐る恐る振り返る。
暗闇で視界の自由がきかない。まさに一寸先は闇。
魔法で火を灯そうかと考えたが、ガスが充満している可能性をノヴァが示唆していたことを思い出し、躊躇う。
「…さすがにガス爆発は避けたいわ」
ガスが発生している場合、アウロラの肉体がガスを中和してくれなければ、このまま意識を失うだけだ。命だけならばアイギスが守ってくれるだろうが、救助は期待できない。…詰みだ。
「…だけど、戻れないなら進むしかないわ。だ、大丈夫よ…ここはルベウスの墓所なのだから、お、怯える必要なんてないはずよ」
全てはカルブンクルスのため。
自分に強く言い聞かせて扉を背に前を向く。
軽く片足で地面を踏み鳴らし、墓所の構造を探った。
音波探知の要領で内部から跳ね返ってきた情報をアウロラは受け取る。
墓所は地中深くへとつながっており、いくつかの部屋に別れているようだ。想像していたよりその規模は広大だった。入り口からの探知では全てを把握しきれない。
「…表の岩山はただの飾りだったわけね。…いえ、内部への探知を妨害する役目と言えばいいかしら」
外側からはつかめなかった構造が、内部では比較的簡単に探知できた。
「ノヴァもフランツもいないし…ミディはノヴァに預けてしまったし…正直、装備が心もとないけど…行くしかないわね」
サファイアのペンダントをぎゅっと握り「よし」と気合をいれて闇へ一歩を踏み出すと、壁に掲げられていた松明が手前から順に奥へと勢いよく灯された。
「ひっ…」
思わぬことに驚き、情けない声を上げてしまう。
見えていなかったが、松明が等間隔に配されていたのだ。
地下へとつながる階段を松明が照らし出す。
だ、誰が灯してくれたのかしら…?!タイミングよすぎるわ!どういう仕組み?わざとわたしを驚かせようとしてない?!
先ほどの気合はどこへいったのか、この妙な親切さが逆に恐怖心を煽り、アウロラを挙動不審にさせる。
ダンジョンという響きへのときめきはすでに遠い過去。
地中深くへとアウロラを誘う炎は道行を照らしきれていない。あざ笑うかのように暗闇は炎を塗りつぶす。
そして、姿なき闇色の何かが囁くのだ。
ここから先は、生者なき世界。ようこそ、不浄腐敗漂う死者の国へ。……と。
怖い、怖すぎる。
「…このゲーム、一体いつからダークホラーファンタジーになったのよ…!」
珍しくアウロラは悪態をついた。半泣きで。
「火が灯ってるってことは、魔法を使っても大丈夫ってことよね。いいわ、こうなったら幽霊だろうがなんだろうが、燃やせるものは全部燃やしてあげるんですからね?!!滅してあげるんですからね!か、覚悟なさい?!!」
断じて行えば鬼神も之を避く。
鼓舞するように気勢をあげると、手前の松明を壁から抜き取り、死者の世界へと下って行った。
※
追いすがるために伸ばした手はアウロラに届かず、ノヴァの目の前で墓所の扉は固く閉ざされた。
「…アウロラ!アウロラ大丈夫か…?!!」
アウロラがそうしたように、ノヴァも扉を叩いて呼びかけるも内部から応答はなかった。
扉一枚の隔たりが、ひどく遠い。
「…くそ…!中へ入る手立てを探さないと…!」
内部の構造はもちろん、危険度も未知数だ。彼女をひとりにするわけにはいかない。
焦りを見せるノヴァにルシファーが近づき、見上げる。瞳はいつもの狼のそれではなかった。
「落ち着けノヴァ。他の奴に見られたら侮れらるぞ」
シアナスだ。諌めるようにノヴァに声をかけた。
「うるさい、今ここには無関係なやつは居ないだろ、あんたは黙ってろよ」
「ここはルベウスの墓所だ。小さき姫が危険に晒されるわけがないだろ」
「…だが…!」
「心配なのはわかるが、ムキになるなよ」
狼から青年姿へと変容する。
「懐かしいな。…ここへ来たってことはカルブンクルス絡みなんだろ?だったら、小さき姫ひとりでなんとかしないとな。まあどうせ、この墓所は墓の主人が招き入れないと誰も入れない仕組みになってるんだよ。お前は慌てず騒がず、小さき姫が戻ってくるのをここで大人しく待つしかない」
「…っ…」
シアナスに諭され、ノヴァは複雑な心境になりながら押し黙った。
そのノヴァと唐突に現れたシアナスを交互に見やり、家令が困惑気味に問いかける。
「……若様。ルシファーはいつから人語を介し、人型に進化したのです?」
あまり表情を変えないフランツが珍しく戸惑いを見せている。
咄嗟に家令の存在を失念していたノヴァは、シアナスを見られてしまったことに(あまつさえ家令の前で言い合いをしたことに)青ざめる。
「…あ、あんた何フランツの前で姿晒してんだよ!」
「お前の家令相手ならもういいだろうさ」
慌てるノヴァを尻目に、シアナスはフランツを流し見る。
「初めまして、ノヴァの家令殿。俺の名はシアナス。大昔の魔術師だ。一応ノヴァと小さき姫…アウロラ嬢を守護してる。俺の根っこはノヴァの中にあるが、ルシファーと契約し、発現する際は体を借りてる。ノヴァの精神には干渉してはいないので安心してくれ」
ほとんど意味不明な自己紹介だが、フランツは小さく頷く。
「……シアナス、様ですか。つまり、あなたは魔法獣のルシファーとは別人格であると」
「その通り」
「俺のことは大いに怪しいだろうがお前たちの敵ではない。もちろん、ルベウスの敵でもない。なりえない。サフィルスは……そうだな。いずれ使えない手足共は俺が粛清してやろうと思っている」
「………」
どこまで本気かわからないシアナスの言葉に、ノヴァもフランツも口を閉ざす。
「…若様、ウィスタリア様はシアナス様のことをご存知なのですか」
「…いや、誰にも伝えてない」
アウロラにも。
厄介なこの男を表に出してはいけないと思っていたから。
「いつからこの状態なのです」
「……三年くらい前、かな」
ノヴァは気まずく視線をそらす。
「……。なるほど」
時々、ノヴァが部屋で誰かと話しているような気配はあったが、その相手をフランツが捉えたことはなかった。少し、腑に落ちる。
突然のことに驚きながらも、フランツは理解しようと努める表情を見せた。
「この件は私も、黙っていた方がよいのでしょうね」
「賢明だな。だから、俺はそろそろお前に姿を晒してもいいかと思った。お前は元々主人に厳しい上、先のフューシャとの一件で、ノヴァが倒れた原因をウィスタリアに漏らさなかった。ノヴァが小さき姫に魔力を限界まで分け与えたことを、知らぬ存ぜぬで押し通しただろ?ノヴァの家令として信用に足る男だと判断した。小さき姫も、今しがたお前を『便利』だと評していたことだしな」
「………。恐れ入ります」
ひどく上から目線で評価されていることに戸惑いを覚えつつ、フランツは頭を下げた。
そもそもこの方は、一体何者なのか。肉体を有する生者ではないようだが。
サフィルスの一族の中で、このような魔術師が憑いていた話も聞いたことがない。
疑問は山のようにあるが、フランツは彼の素性を尋ねることが憚れた。この男の眼差しに、言葉にならない畏怖を覚えるからだ。
ルベウスの敵にはなり得ないと言い切り、使えないサフィルスを粛清すると躊躇いなく口にした。さらに、墓所の詳細やカルブンクルスについても知識があるとなれば…彼はルベウスの縁者だと考えるのが妥当だ。
サフィルスを粛清する権利を持つ者はルベウスとサフィルス・コランダムの当主のみ。
しかし。それより何より今気になることは、主人の状態だった。
「…若様。なぜ先ほどからひとりで赤面していらっしゃるのです?」
シアナスの横で耳や首まで真っ赤になって俯いているノヴァを不審に思って問いかける。
「…俺だってなりたくてなってるわけじゃ…。っていうか、あの時のことをシアナスが思い出させるからだろ!せっかく、うまいこと忘れかけてたのに…!」
シアナスの言葉をきっかけにして、ノヴァはアウロラに口移しで何度も魔力を注いだ事実を思い出し、さらには彼女の唇の感触までも蘇りそうになって思考を停止させていたのだが、顔色だけは偽ることができなかったのだった。
「まったく。意識のない小さき姫に口づけしまくったことを思い出したくらいで動揺するとは……お前は本当に純情だなぁ、ノヴァ」
「く、くち……?!…ち、違う!…あれは、そんなんじゃない…!」
半笑いで冷やかすシアナスにノヴァが赤面したまま食ってかかると、フランツが涼しい顔で告げる。
「若様、そんなに狼狽えていては否定材料になりません」
「…な?!…だ、第一フランツ、お前が俺を唆したんじゃないか!」
「はい。私はあの時申し上げました。お嬢様と若様であれば可能であろうと。おふたりの関係性を加味してのことです」
「っ!…ほ、他にも方法があったはずだろ?!」
「あの場、状況下において、あれほど効果的な方法はございませんでした。では若様は、他の者がお嬢様に致した方がよかったと?」
「…!!…いいわけないだろ!」
アウロラに不埒な真似をする男は、断じて許さない。下心があろうがなかろうが(前提条件としてどちらも論外)、無意識のアウロラの唇を奪うなど、以ての外(意識があっても彼女の意思がそこになければ絶対に許さない)。
「でしたら、若様は己が羞恥に耐える他ありません」
したり顔で頷いた。
まあ、お嬢様は事実をお知りになっても、若様をお責めになるとは思えませんが。
この件に関してはアウロラの方がよほどか大人の対応をしていた。
ノヴァの動揺ぶりに何かを察して、あれ以降、けして彼に『件の方法』を尋ねることをしなかったのである。
羞恥心に悶えるノヴァを横目に、シアナスは肩をすくめた。
「お前はさっさと成長して、小さき姫に熟れないとな」
「アウロラに熟れるってなんだよ」
言いたい放題のふたりに腹が立って来たノヴァは、険しい表情で怪しい魔術師と家令を見据える。
「アウロラの状況がわからないのに、呑気にこんなこと話してる場合じゃないだろ…っ?!緊張感を持て、緊張感を!」
うら若き少年が赤面しながら凄んだところで、大人たちにはあまり効果はなかったのだが。
1話の文章量を減らしたので、わたしの負担も減りました。更新頻度は上がっておりませんが…(汗)。




