魔法銃カルブンクルス(6)
魔法銃カルブンクルスの核(動力)を手にいれるため、アウロラは『エニシダの墓所』へ向かうことになった。
カントリーハウスを囲む森よりさらに西にある、歴代のルベウスの魔女たちが眠る墓地である。
支度を整え、家族や使用人たちに見送られて同行を申し出たノヴァ、彼の家令フランツと共に旅立った。
魔法獣のルシファーが先導し、道案内をしてくれる。
「ノヴァ、一緒に来てくれてありがとう」
「何が起こるかわからないのに、さすがに一人では行かせられないだろ」
「フランツも」
「礼には及びません。いかなる場所であろうとも、お嬢様に快適にお過ごし頂くのも私めの務めでございます」
最悪野営することになるかもしれない、という配慮からフランツは大荷物を背負っている。が、重量をまるで感じさせない姿勢で涼しい顔を貫いている。
「……その『快適』の頭数に俺は入ってないっぽいな」
家令にぽつりとノヴァは吹きかけたが、彼は薄い微笑で受け流す。
日常的な主従のやりとりにアウロラは小さく吹き出しながら告げる。
「ふたりがいてくれるから、とっても心強いわ」
本心だ。
先祖といえども、墓は墓。どうしてもマイナスイメージが付きまとい、アウロラを不安にさせた。ひとりで行くことに抵抗感を抱いている時、ノヴァが先に声をかけてくれたのだった。「水臭い」と呆れながら。
そのノヴァは、家族会議後ウィスタリアにブラッドストーンのことを追及され、説明し、納得してもらうまで小一時間かかった。「僕ですらもらっていないのに」などと世迷言を口にしていたが、彼は伯父であって弟ではない。
早朝、ウィスタリアは屋敷を出て、その足でホテル・サフィレットへ向かった。おそらく、水面下でゼノへの対策の算段をつけるためだ。フランツにはすでに説明済みである。
「昨晩はちゃんと眠れたか?」
「少し寝つきは悪かったわ。…いろいろ、怖い想像をしてしまって」
「怖い想像?……まさか、魔女なのに幽霊が怖いとか…そんなこと言いださないよな?」
「え?!…ノヴァは、怖くないの?!」
ぎょっとするアウロラに、ノヴァは瞳を細めた。
「……俺は生きてる人間の方が怖いよ」
真理である。
「それに、アウロラと一緒にいる方が、よほどか奇々怪々に遭遇してる気がするしな…」
「……うっ…」
否定できない…!
またも真理を突かれ、アウロラは口ごもる。
確かにノヴァの言葉通り、日常からすでに怪異(のようなもの)に遭遇している身であるし、幽霊を恐れる必要性はない気がした。
さらに魔女として、魔法を用いれば容易く撃退できるのでは…?
「……幽霊って、燃えるのかしら…?」
燃えるものはなんでも燃やしてして消してしまおう、というルベウスらしい大雑把な思考に至る彼女をノヴァは珍しく肯定する。
「アウロラなら燃やせそうだな。……肉体より魂を燃やす業火召喚を使えば…」
シアナスが使用した、『姉』が得意だと言っていた魔法。彼は『姉』ほどは使用できない様子だったので、本来はどのような魔法なのか不明ではあるが。……おそらく、アウロラも使えるはずだ。
「業火召喚、知ってるわ。魔法の鍛錬を始めた頃にお母様が呉れたルベウス秘密の大魔法ノートに書いてあったもの。さすがノヴァだわ、詳しいのね」
「……秘密の大魔法ノート?…なんだそれ…」
ノヴァは怪訝に問いかける。
「あら、知らなかった?代々のルベウスの魔女が考案した魔法が記されてるノートで、忘れそうになったらこれをチラ見して使うための虎の巻よ」
「……チラ見…」
人間や魔術師を震え上がらせる、その手の大魔法を忘れないでもらいたいのだが。…どこまで大雑把なのだ、ルベウスの魔女たち。
「……正直、俺はまだゼノの侵攻についてピンと来てないんだ」
ゼノという存在があまりに大きく、漠然としすぎていて、ノヴァは想像が追いついていない。
どこから手をつければいいのか、どう自分を鍛えればいいのか……当惑している。
溢れ出る異界の魔物、それを率いる竜の存在など、400年前には確かにあったはずのおぞましい出来事も、今の世の中ではおとぎ話に近い。
それがまさか、自分が生きている間に再現されることになるとは。
さらに言えば、ノヴァもアウロラのフラテルである以上、当事者となる。
過去のことはシアナスに尋ねるのが一番早いかもしれないが、あのいい加減な魔術師が素直に答えてくれるかどうか…。
「…気持ちはわかるわ。わたしも、そんなことになるなんて思いもしなかったから…」
アウロラが厄災の魔女にさえならなければ、世界の均衡は保たれるのだと思っていたし、そこがゴールだと信じていた。だが、アウロラ自身が世界を滅ぼす未来を回避したところで、別の厄災がこの世界にふりかかろうとする。
火には火を持って対抗せよ、といわれるようにゼノという厄災に対抗するため、アリザは『作られた』と言っていた。
『作られた』だなんて、不穏な響きだわ。
「いずれ、学校の連中にも説明をして、協力を頼んだ方がいいのかもな」
「そうね…でも、今はまだ時期尚早だと思うの。得体の知れないモノへの不安は病のように人々に伝染し、国を越えて伝播するから。その不安や恐怖が狂気に変わったとき、悪意や憎悪が膨れ上がって、きっと犯人探しの『魔女狩り』が始まるわ。そして真っ先に断頭台に立たされるのは、間違いなく……わたし」
ルベウスに悪意を持っている人間たちや、アダマントへ不満を抱いている者が国家や大衆を扇動することによって、世界のパワーバランスは崩れ、国境は侵され、首都は戦火に染まり、ゼノの侵攻を待つまでもなく世界は混沌とした暗黒時代へと向かうだろう。異界の魔物よりずっと残酷な獣となって。
悲しいかな、その場面を容易く想像できる。この場合でも、発端を作り出すのはアウロラ。どうあがいてもアウロラは厄災の魔女なのだ。
「まったく笑えないな」
「本当に。だから慎重にしていないと。できるだけポジティブな考え方でいたいけど、人間の心はとても弱い…。力のない人は、力のある人をとても怖れるものだから…」
「………」
わずかに沈黙したノヴァは小さく嘆息する。
「……なんだか湿っぽくなったな」
「ええ。せっかくのハイキングでもあるのに、楽しいお話をしたいわ」
目的地は墓地でも。
「とりあえず、大魔法は使わずに幽霊を燃やす方法を一緒に考えてちょうだい」
それは楽しい話なのか?
疑問を抱きつつ、律儀に答える。
「それなんだが、アウロラ。その幽霊はルベウスの魔女たちかもしれないわけだろ?……燃やしていいものなのか?」
簡単に燃えてくれそうにないが。
「……あっ…」
ルベウスの墓所なのだから、漂っている霊魂もルベウスである可能性をすっかり失念していたアウロラだった。
ルシファーの先導の下、教えられた通りにひたすら西を目指し、鬱蒼とした薄暗い森を抜けると突如視界がひらけ、異彩を放つ一帯にたどり着く。
簡易的な石造りの門が等間隔に建ち、脇にはエニシダが道を作るように植えられ、黄色い花をたわわに咲かせていた。
「…エニシダがある…ということは、ここが『エニシダの墓所』か」
呟くノヴァはルシファーの頭を撫でると、アウロラの手を引き石の門をくぐっていく。
「どうしてエニシダの墓所って名前なのかしら?」
「それは、太古の魔女がエニシダの枝をまとめて箒を作っていたところから来てるんだろう」
ルベウスも太古から続く魔女の一族。その名残をここに残しているに違いない。
だがアウロラが示した関心はそこではなかった。
「箒?!…もしかして、飛べるの?!」
魔女といえば、箒。そして、箒は空を飛ぶための道具。
一気にロマンが溢れる。
「?…どうしたら箒で飛ぶって発想になるんだ。箒は人嫌いの魔女が使役するために使ってたんだよ」
もはや箒を使役していたのは過去の話。現代の魔女であるアウロラは知識もなかったらしい。
いや、これも天才故の発想なのか?
「……飛べないの…?…えー…残念…」
がっくりとうなだれる。
実際に魔法が使える世界だというのに、箒で飛ぶという概念は存在していないらしい…。
アウロラは魔法のステッキに続き、またも夢破れるのだった。
エニシダに囲まれた道を抜けたその先に、自然の岩山をそのまま利用した遺跡が目に入る。竜の石塔が導くように並び、彼らを歓迎する。遺跡の入り口と思しき巨石の扉は、ルベウスの紋章にもなっている炎を吐く竜が彫り出されていた。
想像していた墓所とは異なる趣に、アウロラは肩透かしを食らった気分になる。魔術的トラップの気配もない。
「……昔の遺跡みたい。お花も咲いてて、静かで綺麗なところだわ」
「……?…どんな想像をしてたんだ」
「だから、もうっとこう…おどろおどろしくて、どよーんとした霧が漂ってて、罠に満ちて湿りっけがすごいところよ」
「…沼地ってことか?……言いたいことがよくわからないな」
語彙不足でノヴァには伝わらない。
荷物を降ろしてフランツが問いかけてくる。
「目的地には到達いたしましたが、お嬢様、これからいかがいたしましょう」
「少し休憩してから、中に入る方法を探してみるわ」
「かしこまりました。では、すぐにお茶の用意をいたします」
墓所の脇の空き地を陣取ると、家令は無駄な動きひとつなく、火を起こし、湯を沸かし始める。
敷布を広げ、手早くブランチの支度を済ませ、アウロラとノヴァに用意した。
ふたりが腰を落ち着けて小腹を満たすと、頃合いを見計らってお茶が差し出される。
「ありがとう。フランツって、便利ね」
「恐れ入ります」
便利、は褒め言葉なのだろうか。
しかしまんざらでもなさそうなフランツにノヴァはジト目を送りながら、墓所の内部について考えた。
岩山を利用しているのならば、内部は思っていた以上に広いかもしれない。入ってすぐ、件の核が封印された石室があるとは考えにくい。
ここはルベウスの結界外なのだが、表面上、墓荒らしにあったような形跡もない。…いや、ルベウスの墓を暴こうなどという強者がいるとも思えないが(いないとも言い切れない)。
「……洞窟探索をするつもりでいた方がいいな。ガスが発生してなければいいが…。場合によっては中に入れても、今日は偵察だけになるかもしれない」
「洞窟!…すごい、ダンジョンみたい!」
「……?ああ、ダンジョンみたいなものかもな」
アウロラはテレビゲームの話をしているのだが、ノヴァは現実の地下牢や土牢を想像した。
幽霊と遭遇する恐怖心より、ダンジョンという響きにときめきを覚える。
お茶を済ませると立ち上がり、アウロラは固く閉ざされた石の扉の前に立つ。
まずは触れてみるも、この状態ではアウロラの能力をもってしても構造を読み取ることはできない。
「…これ、押して開くものなのかしら?…魔法で閉じられてる雰囲気でもないし…。お母様は特に何も言っていなかったけど呪文が必要とか…?ねぇノヴァ、」
どう思う?
と、意見を求めようと背後のノヴァを振り返った。そこでアウロラが目撃したものは、目を見開くノヴァの姿。だが、その焦点はアウロラに向かってはいなかった。
「……アウロラ!!」
「?!」
瞬きするほどの早さで音もなく内側から開かれた扉。
暗闇から無数の白い腕が伸びてきて、アウロラの肩を、腕を、身体を、足を掴み、彼女に抵抗する間を与えず内部へと引き摺り込む。
ノヴァが慌てて追い縋ろうとするも虚しく、扉は再び固い沈黙だけを残した。
お嬢様に便利と言われて喜ぶ家令(苦笑)。
物語外で箒についてはこっそり試してみてる彼女がいるかもしれません(笑)。




