彼女
だからね、私は彼女を殺した。
当時の私は泣いて嫌がったけど。
彼女がそれを望んでいたから。
私は自分の心を殺して、我慢して。
彼女を殺した。
彼女の部屋にはね、本当にいろんな準備がしてあった。
食料や資材、資料だけじゃなく、色んな武器が揃ってた。
今、持ってる銃もそう。
これで、彼女の頭を撃ち抜いたんだけどね。
あれから、もう何年も過ぎたけど、ずっと整備して使い続けてる。
まあ、もう弾は9発しか残ってないけど。
はい、あの人に関する話はこれでおしまい。
それから私は、彼女の部屋に揃ってた資料を読みふけって準備を整えたの。
彼女が言っていた事だから、当然身体も鍛えたわ。
食料や水は揃っていたから、十分時間はあったの。
三年か四年、いや、もっとかしら。
兎に角、物資が無くなったと同時に、私は彼女の家を出た。
町は酷い有様だったわね。
色んな物が壊れて、色んな物が燃えカスになってて。
そんな中、連中が私の前に姿を現した。
先頭に居たのはね、笑える事にママだったわ。
ママはあの時の服装のままだった。
だから顔が無惨な有様でも、一目でわかった。
ママが来る。
ママが歩いてくる。
きっと長い間家に帰らなかった私を。
叱りに。
殴りに。
喰らいに。
その時になっても、私はまだママが怖かった。
トラウマが蘇る。
何も考えられない。
何も。
だから、私は、何時も通りにした。
我慢して。
何も考えずに。
何時も通りに。
『おね■■いき■……』
あの人の声が聞こえた気がした。
私が話し終えると同時に、幼馴染が目を覚ました。
その口からは奇妙な唸り声が吐き出される。
もう何度も見た光景だ。
特にショックはない。
「あ、やっと起きた、うん、私も丁度、話し終わった所だったし、大丈夫だよ、準備はちゃんと終わってるから」
「けど残念だね、偶然逃げ込んだ酒場で折角再開出来たって言うのに、噛まれてるなんてさ、何処でドジったの?」
幼馴染はテーブルを押しのけると、こちらに向けて歩いてきた。
その有様は、正しく「起き上がる死体」だ。
「はいはい、そんなガッつかないで、ちゃんと終わらせてあげるから」
私は幼馴染の頭へと銃の照準を合わせ、最後の言葉を残した。
それは幼稚園の頃、転校してしまう彼女に向けて言ったのと、同じ言葉だった。
「それじゃあね、バイバイ」
BAN
幼馴染が床に倒れる。
彼女が持っていた鉈は、一応頂いていくことにする。
彼女がこの武器しかもっていなかったのが残念だった。
「はぁ、また1人か、寂しいなあ、不安だなぁ、怖いなぁ」
そんな弱音が自然と出てきてしまう。
弾丸はすでにあと8発しかない。
この先も補充できるかどうかわからない。
いや、それを言うと食糧だって。
「はぁ、死んじゃったほうが、楽だよね、死んじゃった方が……」
『おねが■い■て……』
「……まあ、そんな訳にはいかないか、約束、だもんね」
ドンドンドンと酒場の扉が叩かれる。
きっと、さっきの銃声を聞きつけて、連中が集まってきたんだろう。
ざっと見た限りで、十数人の人影が見える。
怖い。
怖い。
怖い。
そう思うたびに、私は何も考えなくなる。
何も考えず、我慢して。
彼女の最後の言葉を思い出す。
『おねがい、いきて』
彼女は死ぬ前にそう言った。
私に対してそう願った。
私に対してそう呪いをかけた。
だから、私は死ぬわけにはいかない。
どんなに怖くても、どんなに不安でも、誰を犠牲にしてでも。
我慢して。
酒場の扉が破壊され、連中がなだれ込んでくる。
私は何も考えず、半ば自動的に照準を合わせて。
BAN、BAN、BAN
頭を撃ち抜く。
それでも連中の波は止まない、次から次へ入り込んでくる。
「ああ、もう、キリが無い」
「……」
「けど、我慢しないとね」
「我慢して、精々あがいて」
再び照準を合わせる。
残った弾丸は5発。
「死ぬ瞬間まで、生き延びてやる」
BAN、BAN、BAN、BAN
酒場の外に、町に、銃声が響く。
その銃声を聞き、連中は続々と集まってくる。
そして。
BAN
最後の銃声が、響いた。
完




