マオカツ
今日も今日とて教会に赤髪の魔王様が現れた。
赤い敷物の上をまっすぐこちらに向かってくる。
「本日はどのようなご用件ですか?」
教壇の上から訊くと、魔族の尻尾をピンと立ててステラはこちら顔を指さした。
「世界は平和になったけど、あたしは自分らしくあるためにマオカツ中なのよ!」
「マオカツ……というのはなんでしょうか」
こちらに先端を向けていた人差し指を立てて、少女はリズミカルに左右にさせる。
「魔王的な活動の略称よ。セイクリッド知らなかったの?」
「初耳ですね。ではさっそくお帰りください」
「ちょっ! 話くらい訊いてくれてもいいじゃない!」
「貴女の場合、行動に移すから問題なんですよ」
少女は腕組みをして平らな双丘を張った。
「フン! だったら勝手に話すから。えっとね、まずマオカツというのは魔王が魔王らしさを忘れないために、実に魔王的な行為を継続的に頑張っていこう! みたいなことなわけ」
「教会としては黙認しかねますね。せめてこちらの目の届かないところで、密やかにやってはいただけないでしょうか?」
「それじゃあ活動する意味がないじゃない!」
今度は腰に手を当てて少女はじっとこちらを見上げて告げた。
「人間にあたしが魔王だと知らしめる示威的行動をしてこそのマオカツだもの」
「つまり暇だから構って欲しいのですね魔王様」
みるまに少女の顔が真っ赤になった。
「ち、ちちち違うからそういうのじゃないから! ああもう怒ったわよ! 今からあたしの恐ろしいマオカツの成果を見せてあげるわ」
「ああ、恐ろしい恐ろしい」
「身じろぎくらいしなさいよ棒読み神官!」
言いつつも少女は口元を緩ませる。
「まあ、余裕でいられるのも今のうち。あたしのマオカツが生み出したこの人間を恐怖のどん底にたたき落とす力を知れば、セイクリッドも戦慄するはずだから」
どうやら本当に自信があるらしく、少女の赤い瞳はキラキラと輝いていた。
「わかりました。私も本気でお相手しましょう」
教壇を降りて光の撲殺剣を抜く。ブォン! と空気を振動させるような光剣特有の音が響くと、魔王様が後ずさった。
「あっ! ちょっとそういうのじゃないから! 今回のマオカツは直接対決的なのじゃなくて、策謀や陰謀的な搦め手から攻めるタイプなのよ! ね、だから落ち着いてその物騒なモノをしまってちょうだい」
「これから陰謀を仕掛けますと本人に通達するのはどうなんでしょうか」
とりあえず戦意はないようなので、撲殺剣をぱっと手中から消すと、少女はホッとため息をつく。
「武装解除しちゃうなんて、あなたも甘いわねセイクリッド」
「魔王様が涙目になってまでお願いしてきたのですが……」
「そういう細かいことはいいのよ!」
少女はそっぽを向いて口笛を吹き始めた。
「最近、ごまかし方や逃げ方がアコさんのようですね」
「べ、べべべ別に影響とか受けてないです~よりにもよってアコは勇者じゃない? マオカツ中の魔王であるあたしが影響なんて受けませーん」
仲良くなると染まるタイプ。それが魔王ステラなのだった。
「それで、どのような策謀なのでしょうか?」
「ふっふーん♪ 知りたい? 訊きたい? 体感してみたい?」
「いえ、全然」
「そこはもう少し興味もってよね! 仮にも魔王を監視するために最前線に配属されてるんでしょ?」
少女の顔が再び涙目だ。こんな顔をされるとこちらも……弱い。
「わかりました。では単刀直入に……魔王様さえよろしければ、その企みを私にお教えいただけないでしょうか?」
「んもーセイクリッドってば聖職者なのに魔王に取り入るのが上手いんだから」
ステラがそうさせたのだが、それを言えばまた涙目だ。黙って耐え忍ぼう。
意気揚々と彼女は続ける。
「じゃじゃーん! 実は最近、また新しい呪いの研究を始めたのよ。今回はそのお披露目ね」
「性懲りも無くまたですか?」
「ふふふ♪ 本当は怖いんじゃない? 数々の苦難を乗り越えてレベルアップした今のあたしなら、セイクリッドに呪いをかけることもできるかもしれないでしょ?」
「すでに私は貴女の呪いにかけられています。愛という呪いに」
瞬間――
少女の顔が耳の先まで真っ赤になった。
「いきなりなに言い出すのよおおおおおおお! セイクリッドには羞恥心がないの?」
「正直に申し上げたまでですが……」
「ううぅ……じゃあ、せっかくマオカツして生み出した新しい呪いは必要ないじゃない」
少女の尻尾がしゅんっと下を向く。
「ちなみにどのような呪いだったのでしょう?」
「え、えっとね……人間をドクズにする呪いよ。これのすごいところは対象が人間だから、仮にセイクリッドにかけて呪いが反射しても、あたしには効かないのよ」
「なるほど。それはすごい呪いですね」
「うー……せっかく編み出したけど……も、もうセイクリッドの顔をじっと見てられないじゃないのバカぁ」
結果的にマオカツの成果は発揮されることもなく、今日も魔王場前の最後の教会は平和……。
「たっだいまーセイクリッド! とりあえずボクとカノンの分の蘇生魔法二つで!」
「とりあえず麦酒的な感覚でお願いするなんて、蘇生後が怖いでありますな」
「まあまあ、カノンだって怖い物見たさがあるでしょ?」
大神樹の芽にさまよえる魂が二つ……勇者アコと神官カノンのそれである。
「最近、神官に昇格したのに全滅するとは情けないですねカノンさん」
「不覚にも魔法力切れを起こしてしまったのであります」
「カノンばっかり責めないでよセイクリッド! 一番の戦犯はボクだからね! それに全滅じゃないよ? ちゃんとお財布はキルシュが持って離脱してるんだ。おかげでボクらは多少の無理できるんだよね」
魂のまま勇者アコは胸を張る。この状態で蘇生させてみれば、胸を張って堂々と復活するのが目に見えていた。
「蘇生魔法(以下略)」
魔法力が二つの人影を形作り、大神樹の芽の御前に、勇者と神官は復活した。
やはりというか、アコは大ぶりな胸をぐっと張ってドヤ顔である。
一方、おかっぱ眼鏡の神官はというと……。
「こ、これは……せっかく二人きりのところを、お邪魔してしまったであります」
こちらとステラの顔を交互に見比べて、カノンは申し訳なさそうだ。
魔王ステラの尻尾がピンと立つ。
「ご、誤解しないでちょうだい! 今日はマオカツでセイクリッドに挑むためにきたんだから」
するとカノンがハッと目を丸くした。
「なんと、ステラ殿はマオカツを始められたのでありますか!」
「そ、そうよ! セイクリッドってばマオカツも知らなくて、説明するのに苦労したんだから」
おかっぱ眼鏡の少女が頬を膨らませる。
「それはいけないでありますよセイクリッド殿。いかに大神官といえど……むしろ、魔王様にもっとも近しい大神官であればこそ、マオカツも知らないなんてよくないであります」
「カノンさん。マオカツというのは有名な言葉なのですか?」
「今、王都の女の子の間では常識でありますから」
だれだそんな訳のわからない言葉を流行させたのは……。
と、内心思いつつも咳払いを挟んで「それは失礼いたしました」と軽く受け流した。
アコがステラの元へと駆け寄る。
「ねえねえステラさんどんなマオカツしてるの?」
「え、えっと……知りたい?」
「知りたい知りたい! なんならボクで試してみてよ!」
どうやらアコもマオカツを知っているらしく、ステラが要求する前に自分から火中に飛び込もうとしていた。
呪いなら解くこともできるだろうし、そっと見守ろう。
ステラが両手を軽く開くと、右腕を上げ、左腕を下げてから腕をぐるんと回すようにした。当て身投げの動作のようだ。
「いいわよ。勇者アコ……あたしの……いいえ我が呪いを受けるがいいわ!」
「わあぁ! ステラさんその構えとか、まるで本物の魔王様みたいだね!」
「本物の魔王だから! さあ、覚悟して食らいなさい……大神官すら戦慄したという、このダラクーズの呪いを!」
魔王の手より発せられた怪しげな波動が勇者アコに降りかかった。
「う、うわあああああああああ? あれ? ボク呪われたの?」
「ええ、間違いないわよ。あたしがマオカツで生み出したダラクーズの呪いにかかった人間は、堕落してクズになってしまうの。恐ろしいでしょ?」
アコはいまいち実感がわいていないらしい。
一つ質問してみよう。
「呪われし勇者アコさん。今、一番やりたいことはなんですか?」
「スロットかな」
「解呪魔法。はい、解呪しました。改めて勇者アコさん。今、一番やりたいことはなんですか?」
「スロットかな」
呪われるまでもなく勇者アコは最初からこうなのだ。毒をもった魔物が自分の毒で死なないように、アコをクズにする呪いはアコには通じないのである。
途端に魔王ステラが膝から崩れ落ちそうになった。
が……耐える。これまで幾多の困難を乗り越えてきた魔王ステラは踏みとどまった。
「あ、アコに効かないのはある意味想定内よ! 我が呪いを受けなさいカノン! ううん受けてちょうだいお願いします!」
丁寧な物腰の魔王の呪いが神官少女に炸裂した。
「あ、ああああああ!」
今度はちゃんと効いたらしく、カノンは苦悶の表情を浮かべると「もう我慢できないであります!」と、教会の外に飛び出していった。
もはやここが魔王城前だとバレているので、外に出ることを禁じたりはしないのだが……うっかり魔王城の城門に光弾魔法をブチこんで門番の怒りをかえば、せっかく良好な関係を築いてきた教会と魔王軍の和を乱しかねない。
「お待ちなさいカノンさん!」
慌てて外に出ると、カノンは……
教会の脇の枯れた大地にしゃがみ込んでいた。
薄曇りの空の下――
彼女は眼鏡を外すとそのレンズに太陽光を集めて、アリの巣に焦点を合わせていた。
「アリさんがパチッと弾けるのがたまらないのであります」
「ステラさん成功です! クズになる呪いは成功してますから解呪してもよろしいですね!」
追ってきた魔王が赤髪を振り乱して吠えた。
「早くカノンを止めてあげて!」
アリが凝集した太陽光に熱せられて爆ぜる前に解呪に成功し、事なきを得た結果――
今回マオカツによって開発されたダラクーズの呪いは、結構エグい効き方をするということが判明し、魔王軍幹部会議(参加;魔王及び大神官)によって封印することが決定したのだった。
「ねえセイクリッド。封印する前にセイクリッドで試していい? ほら、ちょ、ちょっとだけ。先っぽだけちょんってする感じで」
「暴走した私を止めてくれますか?」
「あっ……うん。無理。封印しましょ! 誰よこんな迷惑な呪いを考案したのは!」
「貴女ですよ魔王様」




