エコーは響くよ聖堂に
本日はコミカライズ版の更新予定日……でしたが予定は変わるもの!
こちらのweb版の更新を読みつつまったりお待ちください~!
――ある日のこと。
魔王城の前にある小さな僻地の教会で、今日も今日とて世界の平和を祈っていると、大神樹の芽が淡い光に包まれた。
志半ばに倒れた冒険者の魂が舞い戻り、再び使命を果たすため立ち上がる……こともあるのだが、今回はいつものやかましい勇者や神官ら少女たちの声は聞こえなかった。
となると占い師のルルーナだろうか? いや、いかに大人しい(が図々しさは双子の姉譲り)彼女といえど、じっとしていれば魂が溶けて大神樹に還ってしまう状況で、何も言わないわけがない。
「おや……おやおやおや?」
送られてきたのは冒険者の魂ではなかった。
物質転送機能である。ゴーレムのぴーちゃんや案山子のマーク2ではなさそうだ。
大神樹の芽から投写された光がメッセージとなって壁に映し出された。
『行方不明になってしまった主任から、試作品を送るならこちらと伺っております。詳細なリポートなどいつも助かっております。今回もテストをお願いいたします。大神樹管理局設備開発部一同より』
光が凝縮し、片手で持てるくらいの直方体の箱になった。
主任研究員――無数の平行世界を移動、観測し滅びるまでの時間を競っていたかのような、あの男はすでに存在しない。
が、彼の意思はこうして引き継がれてしまったようだ。
協力する義理はないのだが、箱を開けずに返送するのも悪い気がする。
いや、正直に語ろう。
あとで「なんで協力してあげなかったのよん♪」と教皇に小言をもらうのが嫌なのだ。
聖職者といえど、世俗的な付き合いもしていかなければならない。
ひとまず、誰かを巻き込まないためにも周囲を確認した。一度、教会の入り口まで行って外を一瞬だけチェックする。
ベリアルはいつも通り、牛モードでのんびりと魔王城前の門番を務めていた。
ステラとニーナの気配もない。
本来であれば、施錠しておきたいところだが、当教会のポリシーとして閉ざす門を持たないというものがあるので、他の誰も来ないことを神に祈るくらいしかできないセキュリティーである。
聖堂に戻り、講壇の上に置いた箱と対峙する。
重さはずっしりとしていた。箱そのものの材質はオーク材か何かだろう。
鍵などはない。念のため、罠の類いがないか危険察知の魔法で鑑定する。
箱は青く光った。
「危険はないと見てよさそうですね」
なにぶん、あの男が残した罠の可能性もあるのだから警戒してしまったものの問題はなさそうだ。
覚悟を決めて箱を開ける。
と、中に入っていたのは片手で持てる棒状の道具(?)だった。
長さにして15㎝ほどか。先端部に金属製の網を球形にしたものがつけられており、なんというか……手にしたそれを口元にもっていきたくなるような、絶妙なフォルムだった。
「なんでしょうかこれはこれはこれはこれはこれは~」
まるで賛美歌が大聖堂に響き渡るがごとく、声が反響して広がっていった。
自分の声が神の声にでもなったかのような響きだ。
実際、大神樹に語りかけられた時も、このような響く声だった。
「これはどうやら拡声器のようですね」
と、独り言を呟いても声が反響して心地よい。
こういったものは以前にも、教皇聖下の説法で会場中に声が届くよう作られてはきたのだが、新型拡声器は小型で自由に持ち運びができるらしい。しかも本体に声を響かせるための発声機関が内蔵されている。
自立防御型記録水晶などと比べればささやかなものかもしれないのだが、危険性も少なく設備開発部にしては至極まともな試作品だ。
「などと言えば言えば言えば言えば~ぴーちゃんさんが怒り出しそうですねですねですねですね~」
ただの独り言も響けばまるで歌のようだ。
「なぜだか歌ってみたくなりましたましたましたましたました~」
と、そのとき――
手元の小型拡声器の柄が七色の光を放った。
王都で人気の遊戯用○○の類いのようである。きらびやかな光は次第に一定のリズムやテンポで明滅し、無数の色に変化しながら自分が立つ講壇を中心に、教会の聖堂は様々な光の帯や光点で照らした。
そして、目の前の壁に文字が浮かび上がり、手元の拡声器から聞き慣れた曲が流れ始める。
「まさか……歌詞付きの自動演奏ですか!? ですか!? ですか!? ですか!?」
緑溢れる光の庭に~♪
高ぶる信仰空を舞う~♪
大神樹の加護の元~♪
道を照らして導く魂~♪
我らが理想を胸に抱き~♪
今日も励めよ若人よ~♪
エノク エノク エノク~♪
エノク神学校~♪
つい乗せられて一曲歌ってしまったのだが……。
「おにーちゃお歌がおじょうずなのです!」
いつの間にかやってきていた幼女が、教会の入り口付近でパチパチパチと手を叩いた。
もはや「知ってた」といういつもの状況だった。
こちらがどれほど事前に警戒しても、ぴったりのタイミングで魔王姉妹のどちらか、もしくは両方、及び門番などなどがやってきてしまう。
ちなみに今日は魔王姉妹だけだった。
ニーナの隣で魔王ステラが不機嫌そうに口を尖らせていた。
「なによ……一人で楽しもうなんてズルいじゃない!」
「今日はどのようなご用件でしょうか魔王様魔王様魔王様魔王様~」
「さっきベリアルから『セイクリッドが魔王城の方をチラ見していた。これは絶対何かやましいことがあるに違いないです魔王様』って報告が来たから様子を見に来てあげたのよ!」
仕事の出来る牛……もとい上級魔族である。
「ご心配をおかけしました。こちらは大丈夫ですのでおかまいなくなくなくなく~」
「ああんもう! その語尾が反響するやつ……あたしもやりたいんだけど!」
「ニーナも挑戦してみたいのです! じんせいは挑戦ですから!」
魔王姉妹に見つかってしまった以上、もはや勇者アコたちにもこのアイテムの存在が露呈するのは時間の問題だろう。
しかし……まさか一本で音を出し声を響かせ光を放ち歌詞まで表示するとは……。
それぞれは別の魔導器としてそういった機能を持ったものはこれまでに存在したのだが、それを一つにまとめるとは。
魔王様がつかつかと赤い敷物の上を早足でやってきて、講壇に上がるなり俺の手から拡声器を奪い取った。
「で、どうやって使うのこれこれこれこれ~」
「説明書の類いは入っていませんでしたが……あの、魔王様はそれを使ってなにをなさるおつもりですか?」
少女は控えめな胸をぐいっと張った。出会ってからしばらく経つが成長期はまだである。
「と、とーぜん魔王として威厳のある感じを演出するのにぴったりでしょ? アコたちとの最終決戦では、あたしの声が魔王城の決戦の間に響き渡るの」
「大神樹管理局設備開発部のアイテムを使って魔王の威厳を出されるのですか?」
途端にステラが涙目になった。
あとからゆっくりやってきたニーナが背伸びをして、ステラの頭を「いいこいいこ。おねーちゃすなおになーれ!」と魔法をかける。
姉特攻の一撃に魔王は瞬時に屈した。
「ほ、ほんとは違うの! さっきは音楽が流れて光もピカピカしてきれいだったじゃない! あたしもそういう感じのがいいの!」
「よくできました。ニーナもぴかぴかなおねーちゃがみたいなぁ」
秒で姉を倒す妹の末恐ろしさ。もはやニーナは魔王を統べる真の王となってしまったようだ。
「わかりました。では、私とニーナさんは下に降りますので、講壇の中心にお立ちください」
先ほど、自分が一曲歌い上げた状態と同じ状況を再現することにした。
魔王ステラが大神樹の芽を背負い、拡声器を片手に擬音にするなら「キラッ☆」的なポーズを決める。
が、何も起こらない。
「ど、どどどどうして音も光も出ないのよ~のよ~のよ~!」
「お、おねーちゃがんばれ~!」
ニーナの声援もむなしく響くばかりだ。
管理局設備開発部へは「くれぐれも説明書を同梱するように」とクレーム……もとい、改善案を提示しておこう。
「これ使えないわよ故障してるんじゃないじゃないじゃないじゃない?」
魔王様は不機嫌そうに口を尖らせる。
「きちんと声は響いておりますよ?」
「じゃ、じゃあどうすればいいのよ!」
先ほど、自分に起こった事を思い出す。
「もしや……ええと、ステラさん。今のお気持ちは?」
「セイクリッドばっかりずるいわ! ずるいわ! ずるいわ! ずるいわ!」
「そう連呼されると少々心に来るものがありますね」
「やったーやったーやったーやったー!」
喜ばないで魔王様。曲は流れないものの、拡声器を手にした魔王ステラの煽り力はMAX状態だ。
「一度ニーナさんと代わられてみてはいかがでしょう?」
「えっ……も、ももももちろんいいわよ~いいわよ~いいわよ~いいわよ~」
偉いぞお姉ちゃん魔王様。
ということで、講壇の上にはニーナが上がり、魔王ステラは客席側に回った。
壇上でニーナがにっこり太陽のような笑みを浮かべる。
「えーと、ニーナは歌いまーす! まーす! まーす! まーす!」
瞬間――
ニーナの手元から七色の光が溢れだし、曲が流れ始めた。
王都で子供たちが歌う童謡だ。
おっきなおっきな大神樹~♪
おとうさんよりおっきいな~♪
大神樹はおとなかな~?
けどねきっとね小さなころも~♪
あったとおもうよ大神樹~♪
みんなさいしょはちいさくて~♪
ゆっくりおっきくなるんだね~♪
愛らしい歌声に心が震えてあらゆる汚れが洗い流された……気がする。
一曲歌い終えたところで、ニーナはぺこりとお辞儀をした。
ステラが拍手しながらも鼻声になる。
「ねえこの音楽と歌詞と光の演出なんだけど、魔族はサービス適応外なの?」
「どうなのでしょう……あ、ちょうど良いところにベリアルさんがいらっしゃいましたね」
教会の外から牛魔族がチラ見していた。よく観察してみればニーナの歌声に涙で頬をぬらしている。
「ち、違う! こ、これは誤解だ! 私はステラ様とニーナ様を心配して……」
門番の持ち場を離れてこっそり教会の様子を偵察していたベリアルを、ステラがビシッと指さした。
「本当はもうセイクリッドの事、信用しきってて心配なんてしてないんでしょ!」
「そ、そのようなことはございません魔王様! こ、この男は油断ならぬのです!」
「じゃあなんでチクってあたしとニーナを教会に送り込んだのよ? もうセイクリッドがあたしを倒したりしないってわかってるからでしょ? むしろ一緒に来ればよかったじゃない?」
ベリアルが牛の姿のまま縮み始めた。
「そ、それはその……私には門番としての仕事がありますから……」
「その門を守るのは、あたしとニーナを守るためでしょ?」
「うっ……で、ですがステラ様!」
「だいたい、今だって持ち場から離れてこっそり見に来てるし」
「うご、うごおおおおおお!」
牛モードから美女の姿に転じると、ベリアルは教会に押し入ってステラではなく、こちらに詰め寄った。
「貴様が全部悪いのだ! どうしてくれる!?」
「どうしましょうか。あ、そうだ。せっかくですから新しい魔導器の試験にご協力ください。ずっと見ていたのでわかるかと思いますが、この拡声器を手にして講壇の真ん中に立っていただくだけで結構ですので」
ステラが腕組みをしてベリアルを見据える。
「それができたら今回の件は不問にしてあげるわ」
「わ、わかり……ました」
大神官のお願いはスルーできても、魔王の命令には従わざるを得ない。それが門番の務めにして運命である。
かくして、ベリアルが講壇の真ん中に立った。
両手で包むようにして拡声器を手にしたまま、うつむいてしまう。
「ううっ……なんたる辱めだ辱めだ辱めだ」
普段よりも三倍くらい辱められている模様。
ステラの悪魔的な尻尾がしなしなと地面についた。
「やっぱり声は響くけど魔族じゃ無理なのかも」
ニーナも少し残念そうに「ステラおねーちゃとベリアルおねーちゃは、お歌できませんか」と眉尻を下げた。
幼女を悲しませた管理局設備開発部には、相応の報いを……と、本気スイッチが入りかけたのだが、ぐっとこらえて私室に戻り、特別な日のために温存しておいた、とっておきの蒸留酒をあける。
「ベリアルさんはきっと喉が渇いていたのです。これを呑んでリラックスすれば上手くいくかもしれません」
「うおおおおおおおおお! こうなれば自棄だ! 自棄だ! 自棄だ!」
グラスも用意したのに手に取らず、ベリアルは瓶から直接喉に酒を流し込んだ。
「んほおおおおおあああああ! 歌いたくなってきたぞ! この心の叫びをきけええええ!」
拡声器から光の帯が以下略、ただ今回の曲調は校歌や童謡などよりも激しい、時には歪んだような弦楽器の音色まで混ざる迫力のあるものだった。
ただ……。
酒が強すぎたのか、あっという間にベリアルのろれつは回らなくなり、死霊が死者の国から生者を呪い殺すようなおぞましい声……というよりもうなり声が聖堂内に響き渡った。
モ”オオオゴゴオオオオゴゴヴォオオオオオ!
オヴォルベラバアガゴガギイイイイイグ!
ゴベリヴァゴガギイイイブルウウウウアアア!
エガデビルフギルウウウウウウ!
イアイアハスター!
来たれ破滅よセイクリッドの元にいいいいい!
最後だけ正気を取り戻してお呪いするのやめて。
すべてを出し切ったベリアルはその場にビターンと倒れ伏した。
「ちょ、ちょっとセイクリッド! 何を呑ませたのよ!? まさか聖水じゃないでしょうね!?」
「先頃開発された高性能蒸留器によって作られたお酒です。度数はええと……95%だそうです」
「そ、それってすごいのかしら?」
「私も呑んだことはありませんが、火をつけると燃えるお酒だそうです」
良い子はまねしないでね。ベリアルは専門家から特別な指導を受けた上級魔族です。
安らかなる眠りについたベリアルを担いで長椅子に寝かせると、ますますステラは落ち込んでしまった。
ニーナが膝枕を貸して介抱しているのだが、おそらくベリアルにはその記憶も残らないだろう。
「魔族がダメなんじゃなくて、あたしがダメみたいじゃないの」
「ダメな方にはダメなのでしょうか?」
「い、今、ナチュラルに魔王のあたしをディスったわね!」
「おっと……そのようなことはありません。ステラさんは立派な魔王様ですから」
ダメな人が試せば検証がはかどるなと思ったところへ――
「やっほー! また死んでみたよ!」
「今回もぎりぎり救えなかったであります!」
お財布保持当番がいるためか、気軽に死んでくるダメ勇者とダメ神官の魂が、大神樹の芽に降りてきた。
せっかく昇格した神官の方は、次の定例会で見習いに降格するよう提言しても良いかもしれない。
「蘇生魔法×2」
雑に復活させると、さっそくアコが「ねえねえ何してるの? 今日もボクらに秘密でおもしろいことしてたんでしょ! ボクの本能が囁くんだ……死ねって。死んで教会に戻るなら今だ……って」と、得意げに大きな胸を大きく張った。
おかっぱ眼鏡の神官に問う。
「なぜ貴女まで死んでしまうのですか?」
「ええと……その、ついクセで……アコ殿のお供をしてしまうのであります!」
ビシッと敬礼して報告するようなことではない。
とはいえ、渡りに船ならぬダメ人間が欲しい時に勇者アコである。
さっそく事情を説明し、アコに拡声器を持たせて講壇に立たせると――
「いえーい! それじゃあ早速一曲目! いってみよー! みよー! みよー! みょー!」
弾けるようにリズミカルな音楽が拡声器から溢れ出て、光は花火のようにパチパチと空間に弾けた。
アコは拡声器を手に踊りながら歌う。
歌詞は勇者を賛美し、鼓舞するようなものだったのだが、それを自分で歌える胆力だけは一流だ。
あまりに恥ずかしげもなく、見ているこちらが赤面してしまうくらいであった。
歌詞は割愛しよう。
歌い終えるとアコはカノンを壇上に引っ張り上げる。
「じゃ、次はカノンの番だね! だね! だね! だね!」
「え、ええ!? 自分も歌うのでありますか!? う、歌なんて知らないでありますよ」
「いいからいいから、ほらこれって検証なんだし、いろんな人がやってみた方がいいと思うんだよね」
拡声器を押しつけられカノンは壇上に取り残された。
「こ、困るでありますありますありますあります」
声は響くが曲は一向に流れ始めない。
するとステラの表情が……明るくなった。
「な、仲間がいたわ!」
どういうわけか、カノンには反応せずそれが嬉しい魔王様である。
アコがぶっ倒れたベリアルを見てから「もしかしておっぱ……」と口走りそうになったので、彼女の背後に回り込み頸動脈を軽く「トン」して処理した。
思ったにしても、軽々しく口に出していいわけではない。
が、この一言に控えめさんチームの二人は激高した。
「今すぐ管理局設備開発部に殴り込みであります!」
「魔王の恐ろしさとくと味わわせてあげるわ!」
魔王様と神官がタッグを組んで殴り込んではいけない(戒め)。
「お待ちくださいお二人とも。その仮説では私はどうなるのでしょう?」
カノンの眼鏡がキラリと光る。
「それはつまりセイクリッド殿がご立派な持ち物を所持しておられるという証明でありますから!」
はい降格。そういうことをうっかり言ってしまうカノンは神官見習いに降格です。
ステラは両手で顔を押さえてわなわな震えて腰砕けになりそうだ。
いやその……やめてください。そういうリアクションをされるとこちらとしても今後どう接していいのか悩みますから。
今度はアコを看護し始めたニーナに、ふと気づく。
「ニーナさんはどうなるのでしょう?」
「ちょ、ちょっとセイクリッド! ニーナをそんな風に見ていただなんて」
「魔王様誤解も甚だしすぎるとお仕置きが必要になりますよ」
光の撲殺剣を半分ほど抜いたところで、ステラの隣にいた神官(見習い降格待ったなし)が「やっぱりセイクリッド殿のは大きいでありますな」と、余計な一言を付け加えた。
もうやだこの後輩。最近少しセンシティブな方向で攻めることを覚えてしまったらしい。本当に教育が必要なのは魔王様ではなく、おかっぱ眼鏡さんの方かもしれない。
と、ふと思った。
「ああ、そうだカノンさん。歌を知らないとは仰いますが、エノク神学校の校歌くらいは歌えるのではありませんか?」
「と、当然であります! 暗唱しているのであります!」
「では、歌ってみてください」
「せ、僭越ながら、歌うであります!」
カノンの手にした拡声器から光と音楽が以下略した。
命を散らす戦場に~♪
高ぶる信仰天を衝く~♪
大神樹の加護の元~♪
灰になるまで燃やせよ魂~♪
我らは痛みを胸に抱き~♪
明日も戦え若人よ~♪
エノク エノク エノク~♪
エノク神学校~♪
いつ歌詞改訂があったのか、これがわからない。
が、カノンは見事に一曲歌い上げた。
ステラが一人、床に膝から崩れて屈する。
「もうわからないわ! なにがなんだかわからないのよ!」
気の毒に思ったのものの、今のカノンの歌で少しだけ仕様が読めてきた。
「あの、ステラさん。先ほど壇上に立たれた時に、何か特定の歌などを連想しましたか?」
「はぇ?」
どこか気の抜けた声を上げた少女だが、ハッと目を丸くした。
「えっと、えっと……そういうの考えてなかった……かも」
「なるほど。この魔導器に説明書が同梱されていなかった理由もわかりました」
「急にどうしたのよセイクリッド?」
手を差し伸べてステラを立たせると、カノンから拡声器を受け取り彼女の手に握らせる。
「すべての必要なことをこれ一本にまとめてしまったため、機能が多すぎて操作や調整が難しい……それを制御するために、もしかすれば思いや思考に反応するようにできているのかもしれません」
思考を読み取り自動的にすべてを調整する魔導器。これならば手に取って「あの曲が歌いたい」と念じるだけで、気持ちよく歌唱することができてしまう。
ニーナのようなちびっ子でも簡単に楽しめるのである。
すべての「歌いたい」人の願いを叶える願望器……なのかもしれない。
ステラがそっと拡声器を口元に寄せた。
「じゃあ、歌いたい歌を思い描けば……あたしにもでき……あっ……あっ……あっ……あっ……」
赤毛の少女の手元から溢れる光はピンク色で、流れだした音楽は甘く切なく、表示された歌詞もまた、これ以上ないほどにスイートなラブソングだった。
「こ、こんなのうた、歌え……ああもう解ったわよ歌えばいいんでしょーいいんでしょーいいんでしょ!」
泣きながらラブソングを歌う魔王様と、それをたっぷり拝聴させられる大神官。
本日の勝負は引き分け……いや、7:3くらいでこちらの負けかもしれない。
そのあと、目を覚ましたベリアルやアコもまじえて第一回魔王城前教会、歌が上手い王選手権が開催されたのでした。




