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がんばれラステくん(セイクリッド二号)

 下っ端がやることと言えば掃除である。


「なんであたしが絨毯をコロコロしなきゃいけないのよ。っていうか、このコロコロすごくいいわね。ちょうだい!」


 正面口へと続く絨毯の上にしゃがみ込んで、ステラ……もといラステが楽しそうにコロコロをかける。


「お買い上げでしたら、教皇庁まで出頭ください魔王様。入り口の売店で“穢れ落とし器”として販売していますから」


 リピーター率98%を誇るローラーは、大神樹管理局設備開発部が生み出した、数少ない役立つものの一つだ。


 時折、転がすのが楽しくなって止め時を見失う中毒性があった。


 掃除を指示したものの、ラステはずっとコロコロばかりかけ続けている。


「ハァ……尻尾を立てて振らないように。ローブのお尻のあたりが怪しく盛り上がっていますよ」


 人間になりすまして悪事を働く策謀家系の魔王なら、即座に正体を見破られるだろう」


 尻尾をぺたんとさせてラステは口を尖らせる。


「しょ、しょうがないでしょ? 楽しいんだもの」


「それから、もう少し口調をどうにか工夫していただけませんか?」


「お、おう! わかったぞ」


「偉そうですね」


「う、うん! わかったよセイクリッドおにーちゃん!」


 瞳をキラキラさせて可愛い子犬系の後輩気取り。


 こだわるわりに魔王としてのプライドは無い模様である。


「おにーちゃんではありません。司祭様と呼ぶように」


「はぁい司祭様。あ! セイクリッドはうっかりあたし……じゃない、ぼくのことを、親愛なる魔王様とか完全無欠の美少女様とか、素敵なフレグランスが二時間続く花の妖精様とか呼んじゃだめよ。ほら、能ある鷹は爪を隠す。ベリアルに角隠しっていうし」


 ベリアルがどこかへ嫁ぎだしそうな流れだが、あれで酒さえ入らなければニーナに次いでまともだ。


 次点は……該当無し。魔族も人間もみなドングリの背比べか。


 俺が黙っていると「はぁ……目立ちたくないわぁ……ひっそりくらしたいわぁ。人間の姿になっても溢れ出る魔王の覇気みたいなのを見破られないように、本気だけはだせませんわぁ」と、ラステはやれやれ顔で言ってみせた。


 そのうち「ぼく、なにかやっちゃいましたか?」とでも言いだしそうでならない。


 ともあれ、言われたことには素直に従い、自分のやりたいところ中心とはいえ、掃除も手伝うラステを、今日は一日こきつかって……神官の先輩として指導していこうと思う。




 掃除を済ませ朝の祈りを大神樹の芽に捧げると、パンにコーヒーという簡単な朝食を済ませる。


 すぐに聖堂に戻った。


 俺は講壇に上がる。一応、司祭の定位置だ。


 ここで来訪者を待つのが“仕事”である。


 ラステは最初こそそわそわしていたのだが、そのうちあくびをして、長椅子に座り、横になり、そのまま椅子の端からだらりととろけるように赤絨毯の上に落ちた、かと思えば、突然立ち上がって絨毯の上をいったりきたりしてみたり。


 結局やることがないと気づいた結果――


「めっちゃヒマなんですけどセイクリッドぱいせ~ん。なにか面白いモノマネとかできないんですか~」


 ラステは再び長椅子に腰掛けると、前の席の背もたれに脚を乗せてだらけきる。


「お行儀が悪いですよ」


「なんかぁ~男の子になったらぁ~ワイルド感出ちゃうんですよぉ。ほら、おれって正直中身はけっこうワルじゃないッスか?」


 ぼくだったりおれだったり、キャラがブレブレである。マイナス10点。


「モノマネはできませんが、一つ余興でもしましょう。手伝っていただけますか」


 俺が言うとラステはぴょんと飛び上がるように立ち上がった。


「うんうんやるやる! ねえねえセイクリッドなにやるの?」


 ス(テラ)に戻ってるぞ。


 講壇の前まで少年はやってくる。お尻のあたりがもりあがっているのをみるに、尻尾はビンビンに立っているようだ。


 俺も講壇から降りて小柄な少年に告げる。


「ちょっとしたゲームですよ。まず大きな箱を用意します」


「うんうん!」


「そこにラステくんには入っていただきます」


「なんだかかくれんぼみたいね。わくわくしちゃう。それでそれで?」


「蓋をして、この光る棒を箱に突き入れます」


「いきなり串刺しッ!? 死んじゃうじゃない!?」


「鈍器ですから大丈夫ですよ。さてと、箱が用意できそうにないので……そうですね。今から転移魔法ひとっぱしりして、知り合いのワインセラーに使い古しの樽でも譲っていただきましょう。うまく突くことができたら、貴方が飛び出すというアレです」


 魔王、危機一髪。ちなみにこの余興ゲームに必要なのは、大樽一つ。大神官(光る棒が出せるやつ)一人。射出される魔王一体。ぜひみんなも遊んでみてくれよな! 大神官との約束だぞ。


「いやあああああああ! なんかセイクリッド遠慮も容赦も慈悲もないんですけどぉ!」


「それは元から……いえ、当然です。今の貴方は神官見習い。いわば身内なのですから」


 泣き顔だったラステが急に、ぽっと頬を赤らめる。


「み、身内……って……いいかも」


「身内であればこそ、よそ様にご迷惑をかける前に始末……指導を行き届かせるのが年長者の務めです」


「さらりと始末って言った! やだやだこんな殺人鬼と一緒に密室になんていられないわ! あたしはあっちの私室に引き籠もって、戸棚のおやつを貪りながら紅茶でも飲んで引き籠もってやる! そもそも魔王に労働なんて無理なのよ! だからお願い引き籠らせて!!」


 飽くなき引き籠り願望に脱帽。その部屋は殺人鬼呼ばわりした人物の私室なのだが……。


 逃げだそうとするラステの襟首をぎゅっと掴むと、手足をジタバタさせて少年は必死だ。


 ふふ、ちょっと面白い。


「いやああああ! 箱詰めも樽詰も勘弁しておねがいなんでもするから言うこときくから! 良い魔王になりますからぁ!」


「今の貴方は指導を受けるべき私の後輩ですよ。神様もきっと天から薄ら笑いを浮かべて、そっと遠巻きに見守ってくれています」


「神様メッチャ引いてるじゃないのー!」


 さてと、本当に樽詰にして棒で殴り続けるとトラウマで二度と笑えなくなってしまいそうなので、他になにかやんわりとできそうな生活指導がないか考えていると――


 大神樹の芽が光った。




『やっほー! セイクリッド! 遊びにきたよー!』


『だ、だめでありますよその言い方は! 死んじゃったのでありますから!』




 お! これはちょうど良い。


 俺はそっとラステを解放して告げる。


「ではラステくん。私は大神樹の芽の裏に隠れていますから、お二人のお相手をよろしくお願いいたします」


「え!? ちょ、ちょっと! 無理無理無理無理! だってあたし、セイクリッドみたいに王都に転移魔法とか使えないし! 蘇生魔法だって……」


「そういったことは裏から私がちゃんとフォローをいれますから。上手くできたら樽詰の件は無しにして、ご褒美をあげましょう」


「や、やります! やらせてください!」


 がんばれ新米神官見習いラステくん。


 きみの双肩に教会の平穏がかかっているぞ。

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