異世界デスノート ~書いたやつが死ぬ~
ラステが講壇に上がったところで、その裏手に回って大神樹の芽の影に隠れると、俺は蘇生魔法でアコとカノンを甦らせた。
光が集まり二つのシルエットが浮かび上がる。
ツンツン黒髪に黒目がくりっとした少女と、眼鏡に白いキャスケットがトレードマークの神官見習いが姿を現す。
二人が見上げる講壇には、見慣れぬ赤髪の美少年の姿があった。
アコがきょろきょろする。
「あれ? どうなってるの?」
カノンが眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。
「もしや、セイクリッド殿の教会ではない別の教会に送られてしまったのでありましょうか?」
勇者は鼻をクンクンヒクヒクさせた。
「たぶんここはセイクリッドの教会だよ。匂いが一緒だし」
犬かよ。
しかし、教会の造りというのは割と似通ってしまいがちなので、一発で嗅ぎ分けたのは優秀だ。
名犬アコの言葉にカノンも「なるほどそうなのでありますか」と、疑いもしない。
壇上から少年のハイトーンな声が響いた。
「ちょ、ちょっとちょっと二人とも! ちゃんとあた……ぼくを見てください。ふふふ」
俺を参考にしたのか含むような笑みを浮かべるラステを、アコがびしっと指差した。
「キミはいったい何ものなんだい? セイクリッドをどこへやったのさ?」
「セイクリッドは死にました」
勝手に殺すな。
魔王司祭はさらに続ける。
「ぼくがこの教会の新しい管理人のラステです。さあ迷える人間どもよ! 我が威光にひれ伏し願い赦しを請うがいい!」
おや、カノンがその場で膝から崩れ落ちたぞ。
「そ、そんな……セイクリッド殿が……死ぬなんて嘘であります! どうか本当の事だけを言って欲しいであります! あのお方が……そんな……ありえないのであります」
悔し涙で絨毯を濡らすカノンに、ラステはさらりと告げる。
「嘘です。ぼくは臨時で任された一日魔王様ならぬ、一日司祭様だから」
赤絨毯に伏したかと思いきや、カノンは立ち上がると涙混じりに吼えた。
「そんな大役を貴殿のような若造が任されるわけないでありましょう! いったいいくら払ったのでありますか! 嘘は大目に見るので正直に教えてくださいお願いします!」
赤毛の少年は前髪を手櫛でかきあげるようにした。
「お金? そんなの払ってないですね。まあ、しいて上げるなら実力……ですかねぇ」
「はうっ!? じ、自分にお声がかからなかったのは、実力不足だと?」
カノンは奥歯をぎりぎりとすり減らし始めた。どれだけ悔しいんだ。
王都にいくつかある教会の司祭や、教皇庁の要職ならいざしらず、こんな小さな教会の司祭にどれほどの価値もなかろうに。
アコが不思議そうに首を傾げる。
「ボクは勇者アコ。こっちの奥歯ぎしぎしさせてるのが、セイクリッドを神様の如く崇拝して、毎晩名前をノートに100回したためることで有名な、セイクリッド大好きっ子のカノンだよ」
「いやあああああああああ! 言わないでほしいでありますよ!」
「あれ? やっぱり言っちゃだめなの? 猟奇的だもんね」
「ご本人がいなかったのだけが救いでありますな。どうかご内密にお願いするであります」
はい、手遅れ。
今後はより一層、カノンとは一定の距離を保つよう努力しよう。
すると、ラステが顔を赤くした。
「お、同じことする人いるんだぁ」
なにその怖い共時性。脱獄した死刑囚が集まって、デスゲームを開幕しそうな勢いだ。
と、カノンが自分の頬を両手で包むようにした。
「同志でありましたか……ポッ」
ポッ……じゃないだろ。
壇上でラステがカノンから視線を背けて呟く。
「べ、別にあた……ぼくは好きとかそういうのとは違うけどね。名前のあとに呪いマークつけてるから」
「じ、自分だって光輝く十字架マークをつけているでありますよ! 尊敬の念が形になってしまっただけであります! もう三冊目でありますからノートが!」
「やるじゃない。きみとは良い勝負ができそうだよ」
いったい何を競うつもりだ。
「「デュッフッフッフッフ」」
一緒に笑うな魔王と神官見習い。
アコが腕組みをする。
「けどさぁ、なんか怖いよ二人とも。愛情の注ぎ方に闇を感じるんだけど」
ダメッ子アコちゃんが一番まともに見える日なんて、訪れてほしくなかった。
しかし、カノンにせよステラにせよ、年頃の少女というのは年上の男に幻想を抱くものなのかもしれない。
学生時代はよく不幸の手紙や呪いの手紙にまざって、俺の名前をびっしり書いて埋め尽くした手紙ももらったものだ。
俺に筆跡を似せているあたり、どんな脅迫や呪詛よりも怖かったなぁ。
と、そろそろラステには仕事をしてもらわなければ。
俺は右の手のひらに、小粒な光の光弾魔法を作ると、ラステのお尻の辺りに「フッ」と、息を吹きかけて飛ばした。
ふわふわと光弾が大神樹の芽の裏手から綿毛のように飛んでいき、ラステのお尻の辺りでパンッ! と、小さく爆ぜる。
「ひゃん! ちょ! なにすんのよ!」
振り返るラステにカノンとアコが怪訝な顔だ。
「どうしたでありますか若き司祭殿?」
「ねーキミ名前教えてよぉ」
一瞬だけラステは俺の方に向き直ったが、すぐに咳払いを挟んで前の二人に告げる。
「えー、コホン。自己紹介が遅れましたね。ぼくの名前はラステと言います」
アコがじっと少年の顔を見つめて呟いた。
「あれぇ。どっかで会ったことない?」
「え、ええぇと、今朝教会に初めて来たんだけどぉ」
「ねえねえラステきゅんってさ」
アコが目を細めるとラステのお尻で尻尾がビンッ! と立った。
「ら、ラステきゅん!?」
アコはうんと頷いて、今にも講壇に上がって来てラステに襲いかかり……抱きつきそうだ。
「綺麗な赤い瞳に赤い髪でしょ。もしかして、ラステきゅんってお姉ちゃんいるんじゃない?」
するとカノンも小さく手をパンッ! と合わせた。
「そうであります! どうも初めてという気がしなかったでありますよ。ラステ殿のご家族か親類に超絶技量の黒魔導士の方がいないでありますか?」
途端にラステの頬が真っ赤になった。膝頭を擦り付けてモジモジする。
「そんなぁ……言われるほどでもあるけどぉ」
おいステラがはみ出まくってるぞ。
カノンはそれで納得したようだ。
「なるほど! ステラ殿の弟君でありましたか」
アコも「あーあ、だからかぁ。じゃあニーナちゃんのお兄さん?」とラステに確認するように訊いた。
さあ、下手に答えるとあとあとやっかいだぞ。魔王ステラがどう切り抜けるか拝見しよう。
「え、えっと弟でもなくてその、遠い親戚なんです」
アコが講壇に詰め寄る。
「へー。そっかぁ。この街……かどうかは、そういえば外に出たことないんでわかんないんだけど、この辺りに住んでるの?」
「い、いやちょっと遠いところ……かなぁ」
カノンがうんうんと首を縦に振る。
「自分と同世代で司祭代行を任されるからには、きっと教皇庁か王都の教会で司祭補佐を務められているのでしょうな! ち、ちなみにそこまでなられるのに、どれほどの成績を修められたのでありますか?」
すっかりラステが飛び級卒業したエノク神学校の同輩とカノンは思ったようだ。
「あ、あの……ぼくはええと……野生の神官だから」
「な、なんと!? ではエノク神学校には通っておられないのでありますか?」
「そうそう、もう学校なんて行ってらんないんだよねぇ。ほら、ぼくって天才だから。その才能を一目で見抜いて大抜擢してくれたのが、セイクリッドっていうわけ」
押し切りやがったこの魔王。
そのままふんぞり返って胸を張ると、ラステは告げる。
「というわけで死んでしまうとは情けない! さあ、とっとと有り金の半分を差し出すのだ!」
それはもはや魔王というより山賊の類いのセリフであった。
アコが眉尻を下げる。
「えー。そこもセイクリッドと同じルールなのぉ? ねえねえラステきゅんさ! お姉ちゃんがおっぱい見せてあげるから、もうちょっとこう……なんとかならんかね?」
脱ぎ出そうとするアコをカノンが止める。
「や、やめるでありますアコ殿! というか、いきなりどうしたでありますか? セイクリッド殿と時はそのようなことはしなかったでありますよ!」
上着に手を掛けてへそをちらりつかせながら、アコが笑う。
「だってやったらめっちゃ怒られそうじゃん。けど、ラステきゅんみたいな純朴な少年なら、イケる気がしたんだよね。勝算のある賭けってやつさ。そうだ! いっそ揉んじゃう? 揉むコースなら所持金の半分の半分の半分でいいよね?」
ラステの背中が、肩が、湧き上がる感情に打ち震えていた。
「勇者……恐ろしい子……セイクリッドはいつもこんな感じで応対してるんだ。性格が砂漠のように乾いて心が死んでも仕方ないのかも。ああ、セイクリッド可哀想すぎる」
哀れむんじゃあない。
カノンが叫ぶ。
「ど、どうするでありますかラステ殿! 揉むのでありますか!? 神官としての倫理に反すると思う反面、オネショタは大好物であります!」
ラステは頭を抱えた。
「お金とかいらないから帰ってどうぞ!」
しょうがない。俺は転移魔法を勇者と神官見習いにかける。
「あ! ちょっと! 冗談だってお金ちゃんと払うから! 所持金10ゴールドだけど!」
「ところでラステ殿のお尻には……」
とんでもないセリフを残して二人の姿は聖堂からかき消えた。
泣きながらラステが大神樹の裏まで掛けてくる。
「ふえええええん! 怖かったよぉ。冒険者って頭のおかしな人たちばっかりなの!? セイクリッドはどうして正気を保っていられるのぉ!?」
俺の胸を涙と鼻水で汚している魔王よ。
どうして自分がその“人たち”のくくりから外れていると、自信を持って言えるんだ。
俺はそっと赤毛を撫でる。
「よく頑張りましたね」
「ご、ご褒美くれる!?」
なぜか顔をあげるとラステは口を小さくすぼめた。
「男同士で抱き合ったうえに、何をしようというのですか?」
「はうッ!?」
まあ、魔王の努力は認めよう。褒美というほどでもないが、欲しがっていたしアレをプレゼント……と、思った矢先。
またしても大神樹の芽が光輝いた。
『やっほー! セイぴっぴいるよね?』
『……姉さんはしゃぎすぎ』
俺はそっと抱きつくラステを引き離すと、くるりと背中を向けさせて講壇の方に押し出す。
「いや、いやあああああああ!」
「第二ラウンド、がんばってください」
俺にとってもまだ未知の存在である、踊り子と占い師の双子姉妹。情報はあるだけ良い。
ここはラステのさらなる奮起を期待しよう。




