初めてのXXX
ティータイムのあと、アコとカノンを王都に転移魔法で送ってから、ニーナの預かり保育をして、夕方にはベリアルに引き取られ幼女は魔王城に帰っていった。
王都に不穏な動きがあるということで、大神樹経由で姉上……もとい教皇聖下に報告書を送る。あちらもすでに把握済みで、対策に乗り出しているかもしれないので余計なお世話かもしれないが。
もちろん、魔王ステラに蜂起の気配無しと念を押す意味もあった。
他にも関係各署に注意喚起の手紙を送る。
あれこれしているうちに、時刻は深夜を回っていた。
がらんとした聖堂で講壇に案山子を立たせる。
俺の不在時や夜間など、代わりを務める縁の下の力持ちだ。
「もしかしたら、またしばらく教会を留守にするかもしれません。その時はどうか、私に代わってみなさんを守ってあげてください
当初はただの箒だったのだが、今では魔王城秘蔵の名槍をその軸にしたセイクリッドマーク2である。
その核となるのは大神樹管理局の設備開発部によって作られた、記録水晶だ。
大神樹の芽から魔法力供給を受けることで、半永久的にサポート技能――冒険者を蘇生、回復、転移できる。
俺がいない間に、うっかり勇者パーティーが全滅して最後の教会に戻ってきても、彼がいればなんとかしてくれるだろう。
言葉を発することはないが、同じ技術によって作られたメイドロリゴーレムのぴーちゃんとは意思疎通ができるのも特筆すべき点だ。
マーク2はピカピカと水晶を点滅させた。
「承諾してくださったということでしょうか」
水晶が同じパターンを繰り返した。おそらく肯定の意味の信号だろう。
「はい。では、今夜もよろしくお願いしますね。もし、なにかあったらお知らせください」
そろそろ休もうかという時に――
「セイクリッド……独りよね?」
聖堂の出入り口の扉が開いて、ステラが顔を覗かせた。
「マーク2さんがいますので、厳密には違うかもしれませんが……」
「そ、そいつはノーカンよ! ぴーちゃんとかリムリムとか来てないかって話よ!」
そいつ呼ばわりとは手厳しいが、ステラにしてみれば水晶は元々宿敵だ。発展型であるメイドゴーレムとも、魔王様は死闘を繰り広げてきた経緯があった。
「それでしたら、今夜は教会関係者以外いませんよ」
「それだとカノンやヨハネちゃんさんも含まれるじゃない」
「なんですそのヨハネちゃんさんとは?」
「だ、だってヨハネちゃんって呼んでっていうけど、セイクリッドのお姉さんだし教会で一番偉い人なんでしょ?」
妙なところで魔王様は律儀というかなんというか。
「別に魔王様なのですから、そこまで教会側に敬意を払わずともよろしいのでは?」
「それはそれ、これはこれよ。で、どうなの?」」
ぷくーっとほっぺたを膨らませる彼女に「私一人です」と返す。
人なつっこい猫のように扉の隙間からスルリと中に入ると、ステラは俺の元までやってきた。
普段は元気に揺れる尻尾がしなびた花のようだ。
ティータイムの後からずっと、彼女は隠すようにしていたが元気がなかった。
「大丈夫ですか?」
「な、なによ急に! いつもの営業トークじゃなくて、普通に心配してくるなんて怪しさ大爆発ね?」
「本日の神官職の営業は先ほど終了しましたから」
「そんなこと言って実は突然優しくして、あたしを光の誘惑で堕とそうっていうんでしょ?」
「いえいえ、そのようなつもりはありません。ただ、今日は一日ずっと元気がないようでしたから」
「そ、そそ、そんなことないわよ!」
アコの言葉が尾を引いているのかもしれない。
「良かったですね魔王様。勇者が魔王様を魔王軍の侵攻から守ってくれるそうです」
「んもー! なによそのいい方! ちょっと光の神様聞こえてます? おたくの大神官なんですけど、教育が行き届いてないんじゃないですか? もうちょっと相手に対するいたわりの心というものを学んで欲しいんですけどおお!」
大神樹の芽にクレームの声を上げるのも、すっかりおなじみの光景だ。
「眠れないようですね。とりあえずお茶にしましょうか?」
「ううん、ここでいいわ」
最前列の長椅子に腰掛けると、ステラは隣の空いたスペースを手でぽんぽんっとする。
「隣に座れと?」
「嫌ならいいけど……」
口を尖らせる彼女に「とんでもない。魔王様のお誘いを無碍に断るような私ではありません」と、俺は彼女の隣に座った。
小さな肩をこちらに倒し、体重を掛けて少女は俺を見上げる。
「ねえセイクリッド……」
「はい、なんでしょうか」
「慰めて」
理由を訊ねるのも無粋かもしれない。彼女は救いを求めて教会の門戸を叩いたのだ。
「ステラさんはご立派ですよ」
「こ、言葉も嬉しいけど……あの……えっと……今のセイクリッドになら、あたし……なにをされてもいいから」
吐息がかすかに熱を帯びていた。
「はあ、では……」
俺は両手を胸元で合わせると、魔法力を集約して光の撲殺剣を抜き……。
「ちょっと待って! 言葉通じてる? なんでそこで光の撲殺剣なのよ!?」
「紅茶を淹れるより気合いを入れ直す方がよろしいのかと思いまして」
「しまって! その物騒なそそり立つ棒状のモノはしまってちょうだい!」
「はぁ……仕方ないですね」
集中を解き撲殺剣を雲散霧消させると、少女はほっと胸をなで下ろした。
「本当にもぅ……バカなんだから」
「エノク神学校首席卒業の私に失礼な魔王様ですね」
「高学歴アピールするところじゃないでしょ。それにその学校ってセイクリッドとカノンを輩出してるわけよね?」
「カノンさんはまだ卒業していませんが?」
「やばい学校だってことはもう判明してるんだから自慢にならないわよ!」
はっはっは! と少女は胸を張って勝ち誇ったように笑う。
やっといつもの彼女らしさが戻ってきた。
「やはりステラさんは自信満々に笑っていらっしゃる方がよいですね」
「な、なによそれ……じゃあ落ちこんじゃだめってこと? やっぱり魔王は魔王らしくしてなきゃ……だめかな?」
どうやら地雷を踏み抜いてしまったようだ。
「落ちこむことのない者などいませんよ」
「じゃあセイクリッドも落ちこむことあるのかしら?」
「ええ、毎日が反省会ですから。もっと上手くできたのではないかと、悔恨の念で一睡も出来ない夜だってありますとも」
ステラがじっと俺の顔み五秒ほど見つめてから、壇上の案山子のマーク2とその背後の大神樹の芽に一言。
「嘘つきがいるわよ! 逮捕して!」
「どうして信じてくださらないのですか?」
これがわからない。
「だってセイクリッドはなんでもできるじゃない」
「なんでもできるのは姉上……ヨハネ聖下ですから」
「あっ……やっぱりヨハネちゃんさんって、セイクリッドよりすごいんだ」
「私など遠く及びません」
「ねえ、そんな化け物が二人もいたら、魔族って滅ぼされないかしら?」
「教会の理念は専守防衛ですから」
「それがわからないのよ。ねえ、セイクリッドならあたしを……」
少女の小さな肩が震える。長いまつげが雨露に濡れたようになる。
「私ならステラさんを、お救いすることやお守りすることができますね」
「倒さないの? ずっとずっと思ってたけど、あたしを倒せば全部終わるんでしょ? 人間が魔王を倒して魔族に勝って、そうすれば世界が平和になるんじゃないの?」
「そう信じている者もいるでしょう。もちろん魔族が人間を滅ぼすことで、この戦いを終わらせるという考えもあるかと存じます」
膝の上に並べた小さな手を少女はぎゅっと握りしめる。
「ねえ、どうしてあたしは……魔王なの?」
「生まれる前に選ぶことはできません……ただ……」
潤んだ赤い瞳が俺の顔を下からのぞき込む。
「人間でも魔族でも、変わることはできると私は信じています」
生まれつき恵まれている者とそうでない者がいるという現実がある。
俺は恵まれすぎているくらいだ。だから本当の持たざる者を知らない。
こんな言葉をかけていいのかと悩むこともある。
それでも、今の魔王ステラには必要なのだ。
「良い魔王におなりなさいステラさん。貴女が正しくある限り、私は貴女と大切な人たちを守りましょう」
「それでアコやカノンや……大切な人たちと戦うことになっても!?」
「はい。世界が敵になったとしても、私は貴女の味方です」
「大神官なのに?」
「ええ。光の神には誓わずに……」
俺は席を立つとその場に膝を着いて少女の手を取った。
震える彼女の冷たくなった右手を両手で包むようにして頭を垂れる。
「貴女に誓います……ステラさん」
「なんでそこまでしてくれるのよ? あたしは魔王なのよ?」
「なんででしょうね。当初は貴女が仕掛けてきたので専守防衛の理念の元、反撃してうっかり倒してしまっても良いのか……なんて考えていたのですが」
魔王として世界の半分を統べる、世界一の重荷を背負った少女。
「こうしてお隣さんとして生活するうちに、段々と私も変わっていったんです。人も魔族も変わるもの、変われるものですから」
「じゃ、じゃあ……本当に守って……くれる?」
「ステラさんがずっとがんばってきたのは知っています。もう一人ですべてどうにかしようとしなくていいんです。アコさんたちに正体を知られないよう、私が全力で秘密を守るお手伝いをいたします。もし知られてしまったなら……一緒にアコさんを説得しましょう。魔王ステラは良い魔王だと」
俺の手に雫が落ちた。
涙をこぼして少女が笑う。
「あなたなんて大神官失格よ」
「ええ、そうですね」
「だから、あたしの事なんて……」
「いいじゃありませんか。一人くらい魔王に味方する神官がいても。それともご迷惑でしたか?」
赤い髪をブンブンと左右に振って少女は声を上げる。
「あたしの方が迷惑ばっかりかけてるもの!」
「誰にも迷惑というか……頼らずに生きていける者はおりません。私はステラさんを通じて、貴女自身からはもちろん、さまざまなたくさんの大切なものをいただきました。お返しがしたいのです」
「う、うう……」
「それに少しくらい人をコキ使う方が魔王らしくもありますよ」
「うあうっ……」
「まだお疑いになるのですか?」
「だ、だ、だって……」
「もしかしたら……」
その先の言葉を継げてしまっていいのか、一瞬ためらった。
だが、今日ほど不安定なステラを俺は知らない。迷っては彼女を余計に傷つける。
「私は貴女を好きになってしまったのかもしれません」
不意に少女が俺に顔を近づけると、桜色の唇をそっと重ねてきた。
淡く柔らかい感触とともに、世界が静止した。




