終末へのプロローグ
変身魔法で姿を変えて大神樹管理局に入局して以来、学生の頃からずっと彼をサポートしてきた。
これまでの彼とは若干、違うルートを進んでいるが想定した誤差の範囲内だ。
魔王の妹をトリガーにすれば、世界をいつでもやり直せることは実証済みである。
聖印だけを移植した後継者も、よい目くらましになっている。
呪いを打ち消し光の力を操る類いの強さなど、ほんの一部でしかない。受け継がせたのはあくまで表層的な部分のみだ。
勇者の本当の力――
保存と再生を始めとした力は、ずっと私の手中にあるのだから。
「というわけでね、君にはもっと働いてもらいますよ……案山子のマーク2君」
暗い研究室の片隅に立つのは、彼そっくりの人形だ。
元は案山子だった人形には、私が開発した水晶をコアとして取り付けてある。
別の魔王城で入手した彼そっくりのダミーの身体も、実に良く馴染んだ。
こちらの彼と同調させるため、水晶のサンプルを貸し出しアイスバーン戦で使わせたのも、今では良い思い出だ。
「こんなことを続けて世界を本当に救えるのか?」
珍しく案山子が声を上げた。
「ええ、もちろん。こうやって何度も世界を救ってきましたから……はい」
白衣のポケットに手を入れて私は薄布を取り出すと、眼鏡を外してレンズを拭く。
「なぜ自分で世界を救おうとしない?」
「何度も救ってきましたとも。ただ……いつも同じ結末でしてね。すっかり見飽きてしまったんですよ」
「……」
「私はもっと別のエンディングを見たい。だからルートを探しているんです」
「その度に世界を犠牲にしてきたというのか?」
「そういういい方もできるかもしれませんね……ええ」
眼鏡を掛けなおし目を細めて告げる。
「なにかご不満でも? 世界を救いたいのでしょう? この世界にはまだ、貴方を愛した試作六号機も残っていますし」
「わかっている……勇者よ」
「元……ですから。今はただの主任研究員です……はい」
「…………」
「そうだ、コーヒーを淹れていただけませんか?」
「……どのような命令でも私に拒否権はないのだろう」
「ええ、いつでも貴方を停止できるということを……いえ、試作六号機を破壊できることだけはお忘れなく」
人形が淹れたコーヒーを啜りながら、私は考える。
大神樹による蘇生システムがあればこそ、人間は魔族に対抗できるのだ。
上級魔族の構築する城においても、配下の魔物は倒されてから復活ができる。
人間とはこの大地全体を城とした魔族の亜種なのかもしれない。
そして――
幾度となく大神樹が他の魔族勢力に倒され人間は滅んだ。
また一方では魔王が完全に打ち倒され魔族勢力が人間に滅ぼされることもあった。
「苦いですね……ええ……本当に」
「コーヒーとはそういうものだ」
「私を毒殺しようとは考えないのですか?」
「その時はまた、貴様は再生するのだろう」
「ええ……そうですとも……よくおわかりで。こちらとしても大変助かります」
カップを置いて私は物陰に潜む少女に訊く。
「ところでどちらさまですかね? ここは関係者以外、立ち入り禁止ですよ……はい」
白衣を着込んで黒縁の眼鏡をかけて研究員に変装した、薄褐色肌の少女がため息交じりに姿を現した。
「あちゃー……バレてたか」
教皇の飼い犬だ。名前はたしかラヴィーナといった。一時期は彼と魔王の監視役もしていたが、ここを嗅ぎつけるとは優秀だ。
「アタシなーんも聞いてないし、たまたま通りかかっただけってことでオーケー?」
音も立てずに案山子人形がスッと前に出ると、ラヴィーナの首に手をかけ吊り上げた。
「ちょッ……く、苦しい……」
「…………」
人形が無言でこちらを見据える。
「さて困りました。ああ、これはまずいことを聞かれてしまいましたね、はい」
「わざと聞かせた……の? 殺すなら……とっととすれば……いーじゃん」
眉間にしわを寄せ苦しげな少女に告げる。
「冒険者は殺しても大神樹経由で復活できますから……」
「そ、そーだよ……アタシの定時連絡が途切れれば、教皇様が不審がるし」
私は彼女の元に歩み寄ると、その額に触れた。
「ですので退場していただきますね。ええ、心配はいりません。みなさんの中から消えるだけです」
「や……やだ……やめて……怖い」
ジタバタと足を宙でばたつかせ案山子に蹴りを入れるが、抵抗は無意味だ。
「では、さようなら」
「助けて……セイク……リッド……」
新雪が体温に溶けるように、少女の姿は霧のようにうっすらと空気に溶けて消える。
残ったのは床に落ちた涙の一粒だけだった。
案山子がゆっくりと腕を下る。
「……死んだのか?」
「おや、誰のことでしょう? 今、ここに他の誰かがいたような口ぶりですね?」
「……ふざけているな」
「ええまあ……はい。普通ならこうなるというお手本を見せたんですよ」
「……手本だと?」
「彼女は無事です。この世界から一時的に隔離しただけですから。彼女の存在は空白に置き換わる。平たく言えば元から存在しなかったことになります……ええ。ですので、人間だろうと魔族だろうと。この世界の誰からも彼女は忘れられるのです」
「…………この手にはまだ感触が残っている」
「私も貴方と同じですから。彼女を認識できているのも、我々が別の世界から来たからですよ……そんなことよりも」
「……?」
「コーヒーのおかわりをいただけますかね?」
不定期更新ですが今日は夕方に続きをアップします~
長くなるか短くなるかも未定ですが最後までお付き合いいただければ幸い!




