アルパカ○○未遂事件
城の中に入ると、ニーナの影たちの手荒い洗礼を受けた。
回廊を抜け玉座の間を目指したが、そこにも誰もいない。
広間で俺たちはニーナの影に包囲された。
相手はこちらの倍以上だ。黒毛牛がうめくように呟く。
「クッ……ここにいなければ本物のニーナ様はどこに……」
「ベリアルさん。たしかステラさんとニーナさんは、眠ったまま起きなかった。だから私の元にやってきたのですよね?」
「そうだが……まさか!?」
「お二人はきっと、寝室にいるのでしょう」
アコがカノンを庇いながら、ニーナの影を剣で牽制する。
「セイクリッド! なにか思いついてるんでしょ? ここはボクらに任せて行って!」
「ですが私が抜ければ、皆さんが……」
マントでお尻を隠しながらカピバラも吠えた。
「このままだと全滅であります!」
ベリアルも深く頷いた。すでに彼女の体毛の四分の一が刈られている。
「わかりました。どうか持ちこたえてください」
夢の中で死ぬと現実に戻れなくなる……なんてことになる前にこの状況に終止符を打たねばならなさそうだ。
玉座の間を抜けて螺旋階段を駆け上った。
尖塔の頂上を目指す。そこに寝室があるという確信があった。
夢の世界では理屈よりも心のありようが強いのだ。二足歩行できるのも信じる力によるところである。
頂上まで登り切り寝室の扉の前で俺は一度、ノックをした。
女性の寝室を訊ねるのだ。
コンコンっと扉を鳴らすと、中から「入ってます!」と、聞き慣れた幼女の声がした。
「失礼します」
中に入ると、天蓋付きの大きなベッドの上に純白のドレスに身を包んだステラが寝息を立てていた。
テラス付きの大きな窓は開かれ、俺が扉を開いたことでそよ風が通り抜ける。それを背景に、黒いフード付きマントに身を包んだ小さな影が立っている。
目深に被ったフードから美しい金髪がこぼれていた。
「ニーナさん……ですね?」
「えっとえっと、ニーナじゃないよ! 悪い魔女さんだからぁ」
幼女の手にした杖の先端には水晶でできたドクロがはめ込まれていた。そこからなんとなしに、禍々しい力が溢れている。
「では魔女さん。お願いですからこの世界にかけられた呪いを解いてください」
今にもベリアルとカノンの毛が刈り尽くされようとしている。
「いいよ!」
ごくあっさりと魔女幼女は了承した。
「ではどうぞ」
「あのねあのね! 呪いで眠ったお姫様には、白馬の王子様がチューするの」
魔女は俺の前に立ってじっと見上げる。
「白いアルパカの王子様でもいいかなぁって、ニーナ……じゃなくて、魔女は思うのです」
幼女の視線が俺からベッドで眠る赤毛のお姫様に向き直った。
夢の中とはいえ、こんなことになろうとは。
だが、一刻を争う状況だ。
「わかりました。では、失礼して」
俺はベッドの脇に座ると、そっとアルパカの口をステラの頬に近づけた。
「だめー! ほっぺのチューは無効です!」
魔女が両手をクロスさせる。
「なん……ですって?」
「チューはちゃんとしたやつじゃないと、お姫様にかかった眠りの呪いは解けないの! 絵本にもそう、かいてあるから!」
そういえば、最近ニーナに読んであげた絵本に「毛刈りの少年カルル」と「茨の城の眠り姫」があったのを、ふと思い出した。
なぜここに来るまでに思い出せなかったのか……。
いや、それより問題はニーナのリクエストだ。
「王子様がチューすると世界は救われるのです。そうしたらハッピーエンドですからぁ」
「…………」
これは夢の中の世界だ。
そして俺は今、サラサラ体毛の白いアルパカである。
寝息を立てているのはステラによく似たお姫様だった。
「良いのですかニーナさん?」
「魔女ですけどいいです」
俺は眠る姫の背に腕を滑り込ませ、上半身を抱えるようにして持ち上げた。
透き通るような肌。桜色の唇。吐息は静かに一定のリズムを刻んでいる。
純白の無垢な装束に身を包んだ少女の前髪に軽く触れた。
「ステラさん……いえ、姫様……」
もし魔王様が記憶を保持していようものなら……だが、世界を救うには他に方法がない。
ただ――
そのためにというのは悲しい気がした。
俺は彼女の事を……。
現実の彼女は魔王で、俺は神官だ。
今は違う。理屈も理由も建て前も無く、ここは心がありのままに存在する世界だ。
「どうか目覚めてください……姫様」
俺はゆっくりと彼女の唇に近づいた。
その時――
「セイクリッドみんな……やられちゃ……え?」
背後の扉が開いて、窓からそよ風が吹き込んだ。
少女の赤い前髪が俺の鼻孔をくすぐる。
「へっくしょん!」
大失態だった。俺は姫様の顔面めがけてクシャミをしてしまったのだ。
同時にアルパカの唾液成分が発動した。
姫がパチリと目を開く。
「くっさ! なによこれ! って、アルパカ!?」
「オハヨウゴザイマス姫様。ワタシ、通リスガリノ、アルパカデス」
瞬間、世界は白い光に焼かれるように真っ白に染まるのだった。
目を覚ます。そこはいつもの見慣れた教会の聖堂だった。講壇の裏手で俺は倒れていたらしい。記憶もはっきりしているし、なによりアルパカではなく元の姿に戻っていた。
身体を起こして立ち上がる。
最前列の長椅子には勇者アコと神官見習いのカノンが肩を寄せ合って眠りこけていた。
真ん中の赤い敷物の上には、ベリアルがうつ伏せで倒れている。
「どうやら無事、戻ってこられたようですね」
振り返れば大神樹の芽が優しい魔法力の光をたたえていた。
そして、聖堂の出入り口の扉が外から開かれる。
「おにーちゃはいますか?」
ニーナだった。夢の中にも登場した水晶のドクロを抱えている。杖ではなくなっていたが、恐らく今回の騒動の原因だろう。
隣でステラが複雑そうな顔をしている。
「あ、あのねセイクリッド……大丈夫……だったかしら?」
「ようこそ教会へ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「の、呪いを解いて欲しいのよ。ね、ニーナ?」
「うん! おにーちゃこれ呪いですか? あれ? ベリアルおねーちゃ、こんなところで寝てたら風邪引きさんになっちゃうかも」
そろりとベリアルの脇から回り込むようにして、ニーナは俺に水晶のドクロを掲げる。
「これは呪われたアイテムのようですね」
ステラに視線を向け直すと、彼女はベリアルの身体を起こしながら言う。
「リムリムが『夢見のドクロは安眠グッズなのだ!』って……ニーナにプレゼントしてくれたんだけど、なんだか変な夢を見ちゃって……しかも二人一緒に」
「どのような夢でしたか?」
「ニーナが魔女になってて、あたしがその……塔に幽閉されたお姫様だったの。眠ってたから意識はないはずなんだけど……でね、誰かがあたしを助けに来てくれるんだけど……アルパカだったのよ!? 信じられないでしょ? しかも臭い唾液で目覚めさせてくるの! 悪夢よ悪夢!」
「そう……でしたか」
呪い耐性に自信のある俺だが、発動したのがニーナだったため、呪詛返しが通じなかったのだろう。俺の呪詛的な防衛は悪意にしか反応しない。
一方、アコだけが呪いを免れたのは、彼女の聖印の力に加えてリムリムに打ち克った経験もあるからかもしれない。
ともあれ、最後にアコがステラの元にたどり着くようにはなっていたのだから、どのみち解放されるようにはなっていたようだが……。
勇者の少女なら喜んで、姫を目覚めさせる大役を担っただろう。
「ニーナさん、こちらの水晶を貸していただけますか?」
「はーい!」
受け取った水晶には魔法力が感じられた。俺は光の神に祈りを捧げ、夢見のドクロから魔法力と呪いを消し去って、ニーナに返す。
「これで安心です。もう、悪い夢は見せないでしょう」
「うん! ありがとおにーちゃ!」
ほどなくしてアコとカノンも目覚め、ベリアルも意識を取り戻したのだが……誰もが夢について話すことはなかった。
ベリアルもカノンも丸刈りにされてしまったのだ。
が、町へ転送する去り際、アコが俺に訊いた。
「ね、ねえセイクリッド……夢のことなんだけど、最後に眠り姫になにをしようとしてたのかな?」
「臭いツバで気付けをしただけです。では、転送魔法」
これが事実であり、揺るぎない公式記録なのだ。
ちゃんちゃん!




