ステラおねーちゃの焼き菓子作り
今日もニーナが教会にやってきたので、王都の菓子店で買っておいたカステラを出すことにした。
牛乳と卵を使ったスポンジ状の焼き菓子だが、卵白を泡だてて軽い食感に仕上がっている。見た目は焼き色のついたシフォンケーキのようでいて、卵の味はカステラらしくしっかりしていた。
子供用椅子に「よいしょ」と腰掛け、ニーナは俺にちょこんと頭を下げる。
「いただきます」
「召し上がれ」
幼女の小さな手がフォークをきゅっと握った。さくりと切れるカステラにエメラルド色の瞳を輝かせる。
「ふああああ、やらかいのです。セイおにーちゃが作ったの?」
「いいえ、王都で買ったものです」
二時間並んだことは伏せておこう。
「ふわふわだから、きっとお空の雲が材料かも」
「名推理ですね」
「あは~! やっぱりそっかぁ。ニーナはお空の雲をむしゃむしゃしてるのかぁ」
カステラを小さな口いっぱいにほおばって、幸せそうに目を細めるニーナに癒やされていると――
「ちょっと! あたしなんで呼ばれてないの?」
私室のドアがバタンと開いて、ステラが飛び込んできた。
「甘い物お好きだったんですね?」
「好きに決まってるでしょ! 女の子だもの!」
「す、ステラおねーちゃ!? あうぅ……ニーナははいりょが、たりていませんでした」
自分だけ美味しいモノをこっそり食べていたと思って、幼女はすっかり落ちこんでしまった。
魔王が慌てて取りつくろう。
「ニーナは悪くないわ! ちゃんと連絡くれなかったセイクリッドが悪いのよ」
「けど、セイおにーちゃが買ってきてくれたのに……悪い子はニーナだから」
「あ、ええと、あたしが悪いの! 誘われてないのに来たあたしが悪いから! ニーナは良い子よ! とっても良い子!」
俺はミニキッチンに行くと保冷庫からカステラの包みをもう一本取りだした。
「実はステラさんとベリアルさんの分も買ってあるのでご安心ください。ニーナさんにはこれをおみやげに届けてもらう“お使い”を頼む予定でした」
姉妹揃って「ほっ」とした顔になる。
「セイおにーちゃはニーナをいっつもドキドキさせるから」
ステラがムッとした顔で俺を指差す。
「は、謀ったわねセイクリッド」
「貴方の落ち着きの無さがいけないのですよ。せっかくですからお茶をご一緒しませんか?」
ステラは空いている椅子に腰掛ける。
「しょ、しょうが無いわね。あなたがどうしてもって言うなら、ごちそうになってあげなくもないわよ」
並んでカステラの美味しさに目尻をとろんとさせる姿は、どこにでもいる仲良し姉妹にしか見えない。
魔王とその妹君とは、この姿から想像もつかないだろうな。
「ひとりでできるのです!」
ベリアルの分のカステラの包みを抱えるようにして、ニーナは少し緊張の面持ちで聖堂の絨毯を歩く。
初めてのお使いは、教会から魔王城へのお届け物だ。
徒歩で十数秒だが、重大任務にニーナは震える。
「おっことしたら、一大事。こういうときは、勇気のでるカステラのお歌をうたいます」
カスカスカスカススッカスカ~♪
てらてらきらきらふわっふわ~♪
お空の雲がもっくもく~♪
カステラカスカスてらてらり~♪
歌いながらニーナは俺とステラに見守られて、無事、城門前にたどり着くとベリアルにカステラを届けた。
が、ステラが困り顔で俺に言う。
「ね、ねぇセイクリッド。なんだかニーナに無邪気にディスられた気がするんだけど」
「気のせいですよ。ああ、ちなみに手間がかかりますが、ワインを作る時の葡萄の絞りカスは、化粧品やジャムなどに再利用できるそうですよステラさん」
「誰が頭の中カッスカスのステラちゃんよ!」
一言もそんなことは言っていない件。
「考えすぎですよ。それに美味しかったのではありませんか? カステラ」
「う、うん。ふわふわで甘くて……人間の欲望を満たそうとする探究心には驚かされるばかりね」
どことなくステラは寂しそうだ。
「どうかなさいましたか?」
「え、ええと……あたしもニーナを喜ばせてあげたいけど、セイクリッドみたいに王都にひとっ飛びってわけにはいかないでしょ?」
「ステラさんがそばにいるだけで、ニーナさんは幸せですよ」
途端に魔王が耳の先まで真っ赤になった。
「も、もっと幸せにしてあげたいって思うじゃない!」
「ではそうですね。カステラは製法が秘密のようですから……そうだ、クッキーなど焼いてみてはいかがでしょう?」
焼き菓子は材料の分量さえ守れば、わりと形になるものだ。
「あ、あたしが作るの!?」
「材料費をいただければ、材料は昼休みにでも買い集めてまいりますので」
驚いたように目を丸くしたかと思えば、ステラはシュンと肩を落とす。
「む、無理よ。やったことないもの。どうやって作るのかもわからないし」
「魔王城にオーブンがあれば大丈夫ですよ」
「気軽に言ってくれるわね! ま、まぁ……オーブンくらいあるけど」
不安そうだが、やりたくないとは言わないか。
「実は教会の修道院などでは、神官がクッキーを焼いて売っているのです。私で良ければレシピをお教えいたしますよ」
「ほ、ほんとに!?」
少女の尻尾がピンッと立つ。
「ええ。ただ修道院のオリジナルレシピはぼったく……もとい、味がイマイチですから、美味しくなるようアレンジしたものにしましょう」
俺の手を両手でぎゅっと握ると、魔王はブンブン上下に揺らす。
「よ、よろしく頼むわね! えっと、失敗したのをニーナに食べさせたくないから……あ、あなたとベリアルには味見をしてもらうわよ!」
「私もですか?」
「しょうがないでしょ! ベリアルは何を食べても“これはお酒のつまみになるかならないか”でしか判断できないし!」
なるほど。猫に金貨。豚に真珠。馬の耳に聖典。ベリアルにカステラも、辞書に書き加えておこう。
「よーし焼くわよ焼き尽くすわよ! こう見えてもあたし、炎系の魔法は大得意なんだから!」
オーブンの火力=魔王の火力説。
となると当分、黒焦げのクッキーに困ることは無さそうだ。
アコとカノンが死んで戻ってこないかな。と、柄にも無く思ってしまった。




