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愛と呪い


 マーゴは開いた右手で顔を覆うようにして、指の隙間から俺を見据えながら呟く。


「マジでさ……王様を決める神聖な戦いだってわかってるわけ。つーか、ちびっ子は女王にならないって言ってんだし、マーゴさまに譲れよ」


「私は思うのです。貴方がこの王ディションに選ばれた理由……それは、王国の人々に今一度、王について考えさせるためではなかったのか……と。権力にせよ腕力にせよ、マーゴ様は純粋に力で支配しようという考え方ですが……」


「それのどこが悪いってわけよ? どんだけ正義面したって、力を持ってなきゃ意味ねーじゃん。それに持ってる力を使うのは当然だろ? 強いやつが勝つ! 勝ったやつが正義だ!」


 これは本人の気質もあるのだが、育った環境にも問題があったのかもしれない。


 宮廷での権力闘争に権謀術数で敵を陥れる。それがこの青年にとっての当たり前なのだ。


 だからといって、同情するつもりも手加減する気にもなれない。


「でしたらやはり、私に勝ってご自身が正しいと証明することですね」


「上等だっての。さっきから逃げ回りやがって……一発殴ればその減らず口も訊けなくなるってマジで」


 再び拳を握り込み、マーゴは身構える。


「だいたいさぁ……裸になったくらいで回りもギャーギャー騒ぎすぎだっつーの。そういう奇策じみた行動で、こっちをビビらせようってのは丸わかりじゃん」


 あとでリーチの差が云々と言われても面倒だ。


 光の撲殺剣も使えるのだが、ここはマーゴに合わせて徒手空拳による大神官式近接格闘術でお相手しよう。これも全力のおもてなし(物理)である。


 ぐうの音も出ない敗北を与えること。そのためにはまだ、俺の力はマーゴの……いや、彼の王印紋に一歩及ばない。


 こちらは構えることなく、マーゴに向かって歩み寄る。


「そうですね。衣服をパージした程度の代償で、貴方に勝てるなどとは思っておりません。ところでマーゴ様。呪いの武器や防具についてはご存知ですか?」


 マーゴの拳が届くぎりぎりのところで俺は立ち止まった。


「は、はぁ? なんだよ急に」


「神官の仕事をしていると、うっかりそのような武器を手にしてしまった冒険者に解呪を施すことがあるのです。呪いが解けた武器はどれも、ガラクタ並みの攻撃力になるか消滅してしまいます。つまり呪いとは力なのです。大神官でありながら、これから私は自分自身に自力では解呪できない高位の呪いを施します。こうなってはもはや、貴方に勝ち目はありません」


 マーゴの額に脂汗が浮かんだ。


「は、ハァ? 脅しか? そんな安っぽい恫喝にマーゴさまがビビるかっての」


「残念です。大神官としての尊厳を捧げ、貴方を倒してご覧にいれましょう」


 今の俺に呪いの耐性はない。右手に呪詛を組み上げて、人差し指と中指の先端に集約し、それを心臓のあたりにトンと打ち込む。


 何のことはない動作だが、一瞬で俺の全身を呪いが蝕んだ。


 マーゴがぽかんと半分口を開ける。


「あは、あははは! 何が呪いだよマジで。見た目が鬼や魔族にでもなるのかと思ったら、全裸のままじゃんか」


 後背からステラの「全身に魔族っぽい紋様が浮かんで、超かっこよくなるのかと思ったのに」と、残念がる声が上がった。


 が、確実に呪いは俺から人として、大人として、聖職者としての尊厳を奪ったのだ。


 失うことで俺の力は増幅された。


「準備は整いました……お覚悟くださいマーゴ王子♥」


「キモッ! なんだよその語尾は!?」


「ですから呪いです。語尾に♥がつく呪い。こうなっては全裸だからという以前に、もう誰も私を大神官と敬うこともなく、説法もろくに聞いてはくれないでしょう♥」


「いや全裸なところでもうだめだろ」


 あのマーゴですら真顔でツッコミをいれざるを得ないほど、この呪いは強力なのだ。


「さあ、マーゴ様。これから私が愛(物理)についてお教えいたします♥」


「く、来るなああああああ!」


 俺が一歩踏み込むと、マーゴは悲鳴を上げた。


「力で私を早く屈服させてください♥」


「う、う、うわああああああ!」


 なにかおぞましいものでも見るような険しくも、恐怖におびえた表情で、マーゴは追い詰められたネズミのように俺に拳を打ち据える。


 だが、悪しき呪縛によって失った以上の力を俺は得ていた。先ほどまでは避けることに徹していたが、眼前に迫るマーゴの拳を前腕で払いのける。


「うおわ!」


 マーゴが身体を揺らし、体勢を大きく崩した。こちらの腕も折れはしたが、即座に回復魔法で完治させる。


「さすがにまだまだ、王印紋の力は強大ですね。だが、受けとめてみせましょう。愛の力で♥」


 なぜか周囲を取り囲むマーゴ軍から、逃亡兵が多数発生していた。


 どうやら王子の求心力もここまでのようである。


「ふ、ふざ、ふざけ、ふざけんなそんな愛があるかああああ!」


 右手の王印紋の輝きが弱まることに焦ったのか、軍団がちりぢりに逃げ始めたからか、マーゴは再び俺に向かってきた。


 かわすのではなく、受け止め、受けきる。弾き防ぎ捌く。


 ニーナの声が上がった。


「わああ、セイおにーちゃかっこいいなぁ」


 そう、俺はニーナにとって「憧れのおにーちゃ」なのだから。これ以上、倒れるわけにはいかない。


 呪いにまみれた姿を世界にさらし、あまつさえ呪いを力に変換してしまった以上、俺の大神官の称号も剥奪は免れないだろう。


 だが……構わない。今こそ大神官の愛が試される時だ。マーゴの熾烈な攻撃が止まった次の瞬間、愛は物理的な衝撃を伴ってこの青年に降り注ぐのである。

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[一言] パン○被ってないけど 変○仮○だw
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