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大神官の真価

 神よ。どうか願いを叶えたまえ。姉妹の絆を守りたまえ。


 心の中で祈り大神官の上掛けを脱ぎ去り、俺はマーゴと対峙した。


 ドサリと音を立てて上掛けが地面に落ちる。


 王子の青い瞳が憎らしげに俺を射貫いた。


「つーかさ、おまえは末っ子叔母さんについてたんだろ。負けを認めたんだから失格退場じゃね?」


「この場にこられなかった人々は、祈りという形で参加しています。その祈る相手というのも移ろうものです。ところでマーゴ様。神官ごときが一人、ニーナさんにお味方したくらいで、何をそんなにおびえていらっしゃるのでしょうか?」


「はあ? この勇敢なマーゴさまがビビッてるわけねーし」


「では、構いませんね。全身全霊……本気でお相手いたしましょう」


 上着を脱ぎ捨て上半身を古戦場に吹き抜ける風に晒す。


「だ、だからなんで脱ぐんだっつーの」


「人は失うほどに強くなるのです」


 ここまではまだ、格闘技者で済むところだ。


 俺はズボンのベルトに手を掛けた。背後でステラの「ニーナ見ちゃだめえええ!」という悲鳴が上がる。


 が、幼女の明るい声が響いた。


「セイおにーちゃ、しりとり対策だね!」


 俺はズボンを脱ぎ捨てると、最後の一枚と靴下だけという姿になった。


 マーゴが吼える。


「な、なんなんだよ! つーか変態だろ!」


「すいません。大神官の服にも呪いに対する防御機能がありまして……全力でお相手する以上、着衣したままでは失礼かと」


「ふざけんじゃねええええ!」


 マーゴが俺に殴りかかる。その身のこなしは洗練とはほど遠く、ただ力任せに拳を相手に叩き着けるものだ。


 羽毛を宙で掴むのは難しい。衣服という重圧から解放された俺の肉体は、まさに宙を舞う羽毛のようにマーゴの拳圧からスルリと逃れる。


 その間に左足の靴下を脱ぎ捨てた。


「ば、バカな……どうして避けられるんだ?」


 唖然とするマーゴに俺はウインクで返す。


「マーゴ様の王印紋の輝きが、いくらか弱まっておりますね。強さこそが王の証というのなら、この私を倒してごらんなさい」


 これはニーナの愛とマーゴの力。二つのぶつかり合いだ。


 王国の人々の祈りは、少しずつだが愛に天秤を傾けつつある。


「あったりまえだろうがあああ!」


 拳の連打から回し蹴りという連続攻撃だが、風に揺れる柳のようにすべてかわす。


「なんで!? なんで当たらねぇんだよ!」


 マーゴの攻撃はすべて単調で、フェイントの一つもなくわかりやすいものだ。すでに二度、その動きを観察して、俺の見切りは完成していた。


 見切りつつ右足の靴下を脱ぐ。周囲を取り囲むマーゴの軍勢も、緊迫した一騎打ちに誰もが息を呑んで見守るばかりだ。




「なんだあいつ……」


「攻撃を避けながら脱いでやがる」


「あれで大神官ってマジかよ……教皇庁ってのは変態の巣窟か?」




 どうやら別の緊迫感を覚えている模様。教皇庁への風評被害も甚だしい。王国の命運を決める戦いだという自覚が足りないようだ。


 拳打も蹴りも通じないと気づき、マーゴが俺に掴みかかった。


 俺はマーゴの身体を中心に、反時計回りで青年の背後側へと回り込む。


 諦めず王子は俺の襟首を掴もうと身を翻し腕を伸ばしたが、掴むべき襟がない。


 俺の身体に触れることすらできないマーゴにとって、せめて俺が着衣していれば服の裾ぐらいは掴めたかもしれないのだが、すでに下着を残して他に掴めるような場所は無いのだ。


 マーゴの配下たちが再び戦慄した。




「まさか掴み技対策のために衣服を脱いだってのか?」


「なんて策士だ。さすが神官汚い」


「いや、落ち着けあれはただの変態だろ」




 三人目の男の顔は覚えた。あとで愛(物理)の素晴らしさを説くことにしよう。


 諦めればいいものを、マーゴは両腕をばたつかせて、肩で息をしながら諦めない。


 俺の命が欲しければ掴まえてごらんなさいと、俺はマーゴを翻弄し続けた。


「はぁ……はぁ……ふ、服なんてなくても、その長くてうざったらしい髪なら掴めるっての」


 風に舞い流れる俺の長い銀髪にマーゴが狙いを定めることは、こちらも想定済みだ。


 俺は側転してマーゴの腕から逃れたのだが――


 青年の腕は俺の下着を掴んだ。


「なんだかわかんねーけど……このまま叩き着ける!」


 やっと俺に触れることができて、ここから反撃とばかりに青年は俺の身体を持ち上げようとした。


 が、それも予想した展開だ。俺が身をよじってすり抜けるようにした結果、マーゴの手には俺の下着だけが残り、こちらは地面に軽く手をついて空中で伸身三回転半ひねりを決めると、華麗に片足立ちのしゃがんだ姿勢で英雄的(スーパーヒーロー)着地を決めた。


 審査員がいたならば、全員が最高難度を減点無しどころか、出来映え加点もあり得るだろう。


「自分で脱ぐ手間がはぶけましたね」


「ふ、ふ、ふ、ふざけんじゃねえええええ!」


 マーゴが俺の下着を地面に叩き着けた。布一枚だが、衝撃で突風が起こるほどである。


 ゆっくり立ち上がると、再び後方でステラから悲鳴があがった。


「なんで脱ぐのよおおおおおお! セイクリッドのバカあああああ!」


 ニーナがきゃっきゃと喜ぶ。


「セイおにーちゃ、お尻まるだしだねー! ぷりぷりー!」


 もちろん、世界配信中の戦いということもあって、映ってはいけない部分には後光魔法(ヘイロー)がまばゆい光で下半身を守る。


 すべてを失っても構わないが、守るべき節度や倫理観は大神官だからではなく、人間として最低限持ち合わせているのだ。


 ちなみに、俺とマーゴを囲む大軍が三歩退いて、包囲の輪が広がったのが不思議でならない。

続きは深夜0時に~

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