勇の試練
巨大な幹は天高く伸びて、広がる枝葉は青空を覆い尽くさんばかりだった。
大神樹――
直径百メート以上、全高は六百メートルを優に越す世界にも類を見ない植物だ。
世界中に根を張り巡らせ、生み出した芽によって人々を繋ぎ魂を救済するこの存在は、光の神が地上の人間たちに繁栄を約束し、その身を変えた化身だと神話に言い伝えられてきた。
人々は光の神たる大神樹を敬い、大神樹は人々に恩恵を授ける。人と神との契約以来、この大神樹の庭は聖地としてあがめられてきたのである。
そんな大樹の根元には、歴代の王が眠る墳墓があった。
地下迷宮のように続く階段を降りて、たった独り最奥にあるという祭壇で、王の錫杖に触れて戻ってくる。それが“勇”の試練の概要である。
順番は“知”の試練の成績で決められ、最下位だったマーゴがトップバッターだ。候補者三名の手首にはそれぞれ、心の状態を記録する腕輪型の魔導器が装着された。
心拍数や脈拍などを測定し、平常心を保ち続けられるかを測るのだ。
ただ、中で何が起こるのかについては、調べても判明せずまちまちだった。
墳墓の入り口近くの待機場所にて、ぎりぎりまでクラウディアのそばで彼女の緊張を解きほぐすため雑談を続けたのだが……衛士に「お時間です」と割り込まれてしまった。
「あ、あのセイクリッド様。わたし……やっぱり自信がありません」
彼女の手を両手で包むように握る。冷たい。唇も震えて血色も悪くなっていた。
右手首にはめられた“勇気を測る魔導器”が、まるで手枷のようだ。
「何かあれば禁忌を破ってでもお助けに参上いたします」
「それではセイクリッド様のお立場が……」
潤んだ青い瞳に俺は微笑みかけた。
「罰せられようと構いません。ですから安心して試練に臨んでください」
「そんな……それではセイクリッド様が……」
クラウディアは思い詰めてしまった。安心させるつもりがプレッシャーを与えてしまったかもしれない。
“知”の試練でも感じたことだが、クラウディアは自身よりも相手の事を先に考える傾向がある。これならいっそ、この場で脱いで腹筋をサービスした方が良かったかもしれない。
衛士の「お早く。これ以上は処罰の対象となります」という厳しい言葉に、俺は脱ぎかけた上着を戻す。この場で騒動を起こせばクラウディアはさらに不安に思うだろう。
一方で、マーゴを囲んだ取り巻きの貴族たちが、衛士に「マーゴ様が王になったらお前はクビだ!」などと悪態をつきながら、解散させられていた。
ニーナはと言えば――
「ニーナちゃんがんばるでありますよ!」
「もし怖いって思ったら、ボクたちやステラさんの顔を思い出すんだ。いいね?」
「幽霊なんて死んでるんだからぜんぜん怖くないですよ」
と、勇者パーティーの激励を受けていた。
「うん! ニーナもがんばるね! アコちゃんせんせーたちも、応援がんばってね!」
「もちろんさ!」
キリッとした笑顔でアコはニーナに手を振りながら、衛士に連行されるように離された。
と、下がろうとした俺にニーナが笑顔で手を振る。
「クラウディアおねーちゃの応援、おにーちゃもがんばってねー!」
俺も手を振り幼女に返す。
言葉に言い表せない尊さで、大神官は胸がいっぱいです。
用意された応援席に戻ると、隣にいつのまにか良く知る少女が座っていた。
「これはルルーナさんではありませんか」
「……知ってる人……少なくて」
クラウディア陣営の隣はマーゴ陣営の応援席で、その向こうがニーナの応援団が集まる席である。あちらに行けばアコたちもいるのだが、騒がしいのが苦手そうなルルーナなら、こうもなるか。
大臣が墳墓の入り口前で挨拶を済ませ、地下へと続く扉が衛士たちの手により開かれた。
同時に、世界各地の大神樹の芽に、この光景が配信される。
ぽっかりと闇が口を開き、マーゴがあくび混じりに降りていった。
「まーちゃっちゃとやって、ちゃっちゃと終わらせようぜ」
余裕ぶっているのではなく、本当に泰然自若という印象だ。こと今回の試練においては、高い鈍感力はマーゴの強みとなった。
貴族たちですし詰めの応援席から「さすがマーゴ殿下! まったく動じておられぬ!」というような、王子を賞賛する声がひっきりなしに上がる。
聖域の中でも禁断の領域である墳墓の中の様子までは公開されないため、この場で世界中にマーゴの優勢をアピールをしようという魂胆らしい。
遠目に見てもクラウディアはうつむき加減で、あっけらかんとしたニーナと並べても余計に自信の無さそうな姿が浮き彫りだ。
「……どうして第十三王女に?」
隣で占い師が呟いた。彼女から見ても、俺がつくべきはニーナというのが自然なようだ。
「上からの命令もありますが……クラウディアさんには他に頼れる人間がいないのですよ」
教会から支援はあっても、それらは教皇の命令によるものだ。無論、支援者たちもマーゴのような反教会を掲げる人間が王になっては困るので、惜しみないサポートをするだろうが……結局巡り巡って自己保身に繋がっている。
それが悪いとは言わない。しかし、クラウディアの事をちゃんと見てあげられる人間というのは、存外少ない。湖畔に隠遁していた第十三王女を知るのは、もしかすれば警備についた騎士団くらいなのかもしれなかった。
そんな騎士団たちも、王ディション開始を前にして、護衛の任を解かれて王国領の各地にバラバラに転属させられたという。
マーゴ陣営が王国の武力を統括する立場の者とも、繋がっていると考えればつじつまが合った。
俺の返答に占い師は「……そう」と言葉少なく返す。
「ニーナさんにはアコさんたちもついていますから」
「……どうしてステラはニーナの応援に来ないの? ベリアルは? ぴーちゃんは?」
あまり他人に興味を持たなさそうなルルーナにしては、珍しく気にしているようだった。ここで占われては色々と知られてしまいそうだ。
「お三方はやむにやまれぬ事情がありまして“最後の教会”で祈ってもらっております。ところで、ラヴィーナさんは見つかりましたか?」
やや強引に話しを変えると、ルルーナはステラたちについて追及もせず、小さく首を左右に振った。
「……水晶で見通せない何かが邪魔をしてる」
そっと水晶玉を取り出して、少女はポツリと呟く。
「カードで占ってみてはどうでしょう?」
ここのところ、ルルーナの水晶はニーナが王族だということを見通すなど、占いのキレは絶好調だ。特にカードに関しては正解をそのものズバリ当てることがあった。
「……何度やっても……女教皇」
「つまり、どういうことでしょう」
「……姉さんは……次の教皇の座を狙ってるのかも」
さすがにそれはないだろう。が、教皇との繋がりについては当たっているかもしれないな。
この数日のラヴィーナの行動を見ていると、背後にヨハネの存在を感じずにはいられない。
証拠は無いが恐らくは、ラヴィーナは教皇ヨハネの忠実な僕として諜報任務にあたっているのだろう。
ルルーナを巻き込まないために避けているのかもしれない。姉妹が再会するのはまだ、当分先の事のようだ。
「野心家ですねラヴィーナさんは」
「…………」
ルルーナは返事もせずにぼんやりと水晶玉に視線を落としていた。
すると――
「……見える」
薄ぼんやりと光が満ちて、そこに浮かんだのは先ほど墳墓の地下へと降りていったマーゴだった。墳墓の最奥は円筒形の空間で、大神樹から供給される魔法力によって、月明かりのような魔力灯で満たされていた。
中央には台座があり、王の錫杖が掛けられ候補者が触れるのを待つ。
壁に無数の窪みがあって、そこには歴代の王たちの棺が安置されずらりと並び、まるで取り囲まれているようだった。
古びた棺の中に混じって、真新しいものが一つ。先王ハレムが眠る棺だろう。
つまりは歴代の王たちに見守られる中で、王の錫杖に触れるのがこの試練ということか。
何か怖がらせたり驚かせたりするような仕掛けはない……のだろうか。
あまりにもあっけなさ過ぎるのだが、マーゴは鼻歌交じりに王の錫杖を手にとって掲げた。
右手の甲に浮かんだ王印紋が光を放ち、紋様に新たに王冠のシルエットが浮かび上がる。
それを確認すると、マーゴは誰も見ていないと思ってか、王の錫杖でハレム王の棺を指し示した。
「音声は聞こえないのですか?」
「……じ……じ……い……が……し……ん……で……せ……い……せ……い……し……た……ぜ……」
ルルーナはマーゴの唇の動きを読む。
言い終えると高笑いをしてから、乱暴に王の錫杖を台座に戻してマーゴは来た道を戻りだす。
先王への敬意も無しか。ますます彼を王にはできないと思った反面、俺は安堵していた。
薄暗い道を行って帰るだけならば、ニーナもクラウディアも大丈夫だろうと思えたからだ。
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ステラちゃんもニーナちゃんもめっちゃかわいいですよ~♪




