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ニーナオンステージ

 一度は自分の席に着いたクラウディアが立ち上がり、赤いカーペットの上に立って壇上のマーゴを見上げた。


「今の言葉は聞き捨てなりません。人々の恐怖心を煽って戦意を高揚することで、さらに大きな戦禍を広げかねないということを、あなたはわかっているのですか?」


 高みから青い瞳が冷たく王女を見下した。


「力無き正義じゃ無意味だって言ってんだよ。なにも戦い煽ってるわけじゃないってば。つーか、現状維持って進歩なくね? 魔王がいつ大軍を率いて王都に攻め込んでくるかもわかんないんだぜ?」


「そのための軍備はハレム王も十分に整えています」


 胸に手を添えて大きく揺らしながら、クラウディアは訴える。が、蛇に睨まれた蛙のようだ。


「王都にいなかった叔母さんが知ったような事言うなって。このマーゴさまはずっと王国の中心にいて、グランパやパパのすぐそばで国政を学んできたんだ。湖畔で焼き菓子作ってるだけの誰かさんとは覚悟ってのが違うんだよ」


「それは……」


 クラウディアはうつむいてしまった。俺も魔王ステラの目的を知らなければ、マーゴの意見に耳を傾けていたかもしれない。


 が、その秘密を……魔王ステラが妹の……ニーナが幸せだけを願っているということを、世界に向けて広めるわけにはいかなかった。


 何も言い返すことができず、落ちこむクラウディアに寄り添うように立って、ニーナが顔を上げて微笑みかける。


「ニーナね、クラウディアおねーちゃのクッキーだーいすき。クッキーにはみんなを幸せにする力があるのです」


 と、無邪気な幼女の言葉に壇上の青年が瞳を輝かせる。


「あっ……それマジでわかる」


 そういえばマーゴ王子と遭遇した時、彼は酒を禁じるというような事を言っていたのを思い出した。今回の彼の演説では、世界中の醸造業を敵に回さないように、教会のみ課税するということにしているが、本音では酒造りを禁じたいようだ。


 ただ、個人的嗜好に合わないという理由で。


 そんなマーゴも、菓子作りに使う酒類だけは例外的に認めるとも――


 ニーナが壇上のマーゴを見上げた。


「マーゴくんクッキー好きなの?」


「当然じゃん。超うまいし」


「クラウディアおねーちゃのクッキーはちょーちょーおいしーからぁ」


 思い出して幸せそうに目を細めるニーナの言葉に、礼拝堂に満ちていた緊張がフッと溶けて泡雪のように消えてしまった。


 世界中の誰もが先ほどまで感じていた、得体の知れない不安や恐怖が甘い焼き菓子によって上書きされる。


 偶然にも、幼女の素直で何気ない言葉によって。


 ニーナはうんと、ゆっくり頷いた。


「じゃあ、マーゴくんもクラウディアおねーちゃもニーナも、クッキーで友達だね」


 これにマーゴがブルッと背筋を震えさせてから、ふんっとニーナから視線を外した。


「ば、バッカ。それとこれとは別だっつーの。なんか今日はもういいや」


 今からまた魔王脅威論をぶち上げたところで、国民たちの意識はもはや、謎の幼女に向いてしまっているだろう。


 単に興ざめしただけかもしれないが、マーゴは壇上をニーナに明け渡した。


 大臣がニーナの名を呼ぶ。ニーナはその場で「はい!」と元気に返事をするのだが、違うそうじゃない。


 隣でクラウディアが膝を折ってニーナと視線の高さを合わせると「次はニーナちゃんが、講壇に立ってみんなにお話する番です。がんばってくださいね」と、丁寧に言い含める。


「そっかぁ。ニーナがお話するのかぁ。やってみるねクラウディアおねーちゃ!」


 幼女は駆け足で講壇に上がった。


 すぐに衛士がニーナのために抱えて持てる程度の大きさの踏み台を用意する。


 その上に立って、ニーナは礼拝堂を一望した。


 大臣がニーナを紹介する。紹介文の作成は教皇庁……というか“最後の教会”近辺の事情を知っているヨハネによるものだ。


「えー、ニーナ様は……とある国の王家に嫁いだ王女様の娘とのことです。が、王印紋は本物と確認されており、王候補であることがなによりの証かと」


 国名を伏せるのはなぜだろうか。その国からすれば、身ごもった王女を先代魔王ルキフェルに奪われたという、不名誉があるためか。


 故に伏せたのかもしれない。俺もこの数日の間は、クラウディアの原稿作りなどに忙しく、ニーナの事を調べる時間が無かったのだが、やろうと思えばすぐにわかる。


 シータ王女――ステラから聞いたそれこそが、ニーナの母親の名前だった。それをたどればニーナの本当の祖国も判明するだろう。


 礼拝堂内の視線と、世界中の人々の眼差しが金髪にエメラルドグリーンの瞳を持った、幼女へと注がれる。


 礼拝堂にいた何人かは、ニーナをみて「あれは……セミ少女!?」と、口々に漏らしていた。


 どこかの誰かの妄想が、うっかり配信されてしまった時に、ニーナはセミーン(光属性)に跨がって世界を巡ったのだ。


 まあ、あれは妄想した人間のイメージによるものなので、厳密に言えばニーナではないのだが。


 ともあれ、ついに幼女候補が秘密のベールを脱いで世界にお披露目される時がやってきてしまった。


 世界がニーナを王族の一員として認める瞬間だ。


 “最後の教会”では、おそらくステラたちもこの光景を見ているだろう。


 その気持ちを考えると複雑なものがある。


 だが――


 これでステラの夢は成就するのだ。ニーナが人間世界の一員として復帰し、居場所を得て平穏に暮らすための、第一歩だった。


 だからこそ、魔族の祈りが王ディションに反映されるかはわからないのだが、ステラたちにはクラウディアに祈ってもらうようお願いしてある。


 壇上のニーナには事前に準備した原稿は無い。用意したところで憶えきれるものでもなく、教会としても参加するだけで良いという考えだ。


 ただ、魔王ステラの妹ということだけは、言わないようにとステラと約束してきた。


 大好きな姉の言葉である。ニーナはきっとその約束を守るだろう。


 ちょこんとお辞儀をしてから、幼女は笑顔で挨拶をした。


「えっと、ニーナはニーナっていいます。こう見えてもおねーちゃですから、えっへんなのです」


 胸を張るニーナに応援席のアコたち勇者御一行様が声援を送った。


「「「ニーナチャンカワイイヤッター」」」


 なんだその掛け声は。


 だが、実際その愛らしさは、王を決める場でなければ多くの人々を魅了するだけのものがある(※大神官の個人的な感想です)。


 ニーナはすうっと大きく胸に息を吸い込んでから、声高らかに政策を論じた。


「ニーナはみんながしあわせになれたらいいなって、おもいます。あとクッキーは甘くてサクサクしてておいしいです。おしまい」


 もう一度ちょこんと一礼すると、うんしょと声を上げてニーナは踏み台から降りる。


 余りに短い。が、ニーナらしい内容だった。


 かくして三名の王ディション参加者のお披露目が終わったところで、本日最後の支持率の集計が執り行われる。


 人々の祈りが選んだのは――


 マーゴ51%。クラウディア17%。ニーナ32%。


 依然マーゴの優勢は揺るがない。直接対決でマーゴに言い返すことが出来なかったクラウディアは数字を落としたのだが……。


 ニーナの支持率の多さに、王国にはロリコンが多いのだと危惧をする、私です。

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