みんなニーナが好きでした(知ってた)
ステラがニーナを連れて一旦魔王城に戻ると、俺は聖堂に一人きりになった。
一息つく間もなく、大神樹の芽の裏手からメイドゴーレムが現れては、講壇の上から俺めがけて跳び蹴りを放つ。
半身の構えで蹴り足をかわして、着地と同時に追撃の掌打を放つぴーちゃんだが、俺は右腕を伸ばすと彼女の頭をぐいっと前から押さえつけた。
ぴーちゃんは「ずるいですわ! ずるいですわ! リーチの差が戦闘力の決定的な差ではないことを、教えてさしあげましてよ!」と、声を上げながら両腕をぐるぐると回した。
駄々っ子パンチというものだ。当然、こちらには届かない。
「落ち着いてください、ぴーちゃんさん」
「これが落ち着いていられまして?」
いつからかはわからないが、しりとりでのショックからロリメイドゴーレムは立ち直っていたらしい。
ずっと棺桶型の調整槽に身を潜めていたようだ。
ぴーちゃんは腕を振り回しながら口を尖らせた。
「どうしてニーナ様が王家の後継者争いに参加させられるのです?」
「ぴーちゃんさんは聡明ですから、理解なさっていらっしゃるかと思ったのですが」
「理屈ではありませんわ! これは心の……感情的な納得の有無の問題でしてよ?」
心が宿った魂の叫びを上げるゴーレム幼女に、返す言葉もない。
「まったくもって、仰る通り……ですが、ニーナさんの命を守るためにも王ディションを無事、終わらせねばなりません。協力していただけますか?」
ぴーちゃんは以前の試作六号ボディーの頃と比べると、戦闘面ではスペックダウンも否めない。それでも並の冒険者では歯が立たない格闘戦闘力を誇っていた。
なにより、ニーナを心の面で支えられる数少ない“妹”である。
ぶんぶんと振り回していた腕をだらんと下げると、ぴーちゃんはゆっくり振り返った。
「わたくしが許しても、保護者の方がなんと仰いますかしら?」
聖堂の扉が開き、そこには三つ叉の槍を携えた女騎士が立っていた。
「セイクリッド出てくるがいい!」
どうやら、ステラから事情を聞かされていてもたってもいられなくなったようだ。
姿こそ女騎士だが、初めて遭遇した時のような敵意に満ちた眼光が、俺を射貫くように向けられる。
その敵意の正体は、ステラとニーナを守りたいという強い想いから来るものだ。
俺はぴーちゃんをその場に残すと、赤いカーペットをゆったりとした足取りで進み、外に出た。
荒涼とした大地が広がっている。巨大な魔王城を背にしてベリアルは槍を頭上で旋回させるように振るい、身構えた。
「きさまほどの男が、何もできぬとは情けない!」
「私のことをかいかぶりすぎですよ」
言われずともわかっている。それに、なにもできないことを俺以上に悔やんでいるのはベリアル自身だろう。
「セイクリッド……ステラ様とニーナ様が異母姉妹ではないというのは……」
「もしそうであれば、いかにニーナさんに王家の血が流れていたとしても、純粋さという選考基準に漏れていたでしょうね」
まさか魔族ではなかったからと、ニーナを手にかけるようなベリアルではないだろう。
ベリアルは槍の穂先を俺の喉元に突きつけた。
「嘘だ! ニーナ様ほど立派な魔族は、ステラ様以外にはおられぬ! 頼むセイクリッドよ。嘘だと言ってくれ。わたしはきさまに騙されたいのだ。いつもの口八丁で、わたしを丸め込んでくれ!」
槍の先端が細かく震えていた。ものを頼む態度でもなければ、お願いしていることも無茶苦茶だ。おまけにベリアルの頬を涙が伝う。
どうしてこうも、魔王城の住人たちは自分の事ではなく、誰かを想って涙を流すのだろう。
振り返れば教会の入り口付近に、ぴーちゃんが立っていた。頬に一粒、液体金属の涙が伝って落ちる。
二人とも、ニーナが魔王の娘でステラの妹だから仕えていたのではないのだ。
俺はベリアルの向けた槍の切っ先を人差し指でピンッ! と、弾いた。
まったくの無防備だった女騎士は「うわっ!」と声をあげて、軽くのけぞる。
「き、ききききさまぁ! 不意打ちとは卑怯だぞ! それが神官のやることか!?」
「物騒なものを喉元につきつけたまま、めそめそ泣かないでください。お二人がニーナさんをどれほど深く愛しているのか、わからない私でもありません。最善を尽くすことをお約束いたします」
胸に手を当て、俺はベリアルにそっと会釈する。
「と、当然だ! もしニーナ様になにかあった時には、きさまを殺す!」
「ええ、そうしてくださって結構です」
大神官に二言は無い。これでようやくベリアルも少しだけ、落ち着きを取り戻したようだった。槍を大地に突き立てて、そのまま両手で顔を覆うとしゃがみ込む。
「ああ、お労しやニーナ様。わたしの命を捧げてニーナ様をお救いできるなら……」
ステラとニーナの事を好きすぎる門番め。
「貴方が死んでは救われても、きっとニーナさんは悲しみますよ」
「だからきさまがなんとかしろおおおおおおおおおおおおおおお!」
立ち上がってベリアルが吼える。
ニーナにしりとりで敗北し、パンツを脱がされてなお、その忠誠心は海より深く山よりも高かった。
それから俺は単身、リムリムの城へと転移した。普段は彼女が俺の部屋に問答無用で押しかけてくるのだから、たまにはこちらから出向いても差し支えは無いだろう。
城内をくまなく探したところ、シャワーを浴びようと服を脱いでいた吸聖姫と、ばったり浴室で出くわしてしまったのはご愛敬である。
ドアノブに手を掛けたまま、俺は廊下で棒立ちだ。
スカートを下ろして屈んだ状態で、リムリムは尻尾をゆらゆら、羽をパタパタさせながら俺と目が合ったまま、五秒ほど呆けたような顔をしていた。
細く小さな四肢となだらかな胸元から、くびれなく続く腰にイカのようなぽっこりとしたお腹には、おへその小さな窪みがある。
その下はもちろん――
「うわああ! 侵入者なのだ!」
リムリム再起動につき描写の一部を割愛させていただきます。
「これは失礼いたしました」
脱衣所の扉を閉めると、俺は城の廊下で独り、小さく呼吸を整えた。
扉の向こうから「一緒にはいるのか?」と、お誘いがあったのだが「事案になってしまいますので」と、ここは大人の対応を見せる俺である。
風呂上がりの吸聖姫に「王都で一番おいしい氷菓が食べたい」というリクエストを受けて、転移魔法でひとっ飛びパシると、最高級バニラアイスを氷結魔法でマイナス18℃ほどを維持して持ち帰り献上した。
リムリムの部屋で「さっきのダイナミックすぎるのぞき行為のことは、ニーナには言わないでおいてやるのだ」と、アイスのスプーンをぺろぺろ舐めて吸聖姫はご満悦だ。
ほてったリムリムの身体から、甘いミルクのような香りが漂う中で、俺もテーブルについた。
彼女が氷菓を食べ終えるのを待って、本題を切り出す。
「じつはそのニーナさんのことなのですが……」
「教会のドアを封鎖してリムリムを仲間はずれにしたのはひどいのだ」
「もしや、いらっしゃっていたのですか?」
スプーンをおいてリムリムはぺろりと口元を舌で舐めると「だいたいのことは訊かせてもらったのだ」と、ぽつりと呟く。
彼女も、ぴーちゃん同様にずっと聞き耳を立てていたようだ。
「そう……でしたか」
吸聖姫はぐいと胸を張った。
「安心するのだ。アコやカノンたちには、ステラが魔王なのは内緒にするのだ。リムリムはそういうとこ、ちゃんと空気とか読むのだ」
名前が出ないで“たち”扱いされるキルシュの扱いもアレである。
「それは誠に感謝の念に堪えません。ありがとうございますリムリムさん」
「リムリムはこの前、みんなにご迷惑をおかけしたのだ。良い子でなければ、ニーナの妹は名乗れないのだ」
わっはっはっはとピンク髪を揺らして幼女は笑ってみせる。リムリムは意外に大人物なのかもしれない。
ニーナの王ディション参加にあたり、あと説明をしておかねばならないのは勇者御一行様だ。
今はどこで何をしているのやら。早く全滅してくれないと、ニーナを王都に送り届けられない。
頼むから死んでくれ。と、勇者に願うあたり、そろそろ俺は大神官として許されない領域に達しつつあるのかもしれない。




