初級幼女会話講座 ~質問と回答のやり方編~
「嘘ではありませんよね?」
俺の問いかけにヨハネは眉一つ動かさず宣言した。
「教会の最高位たる教皇ヨハネの名において、神に誓って真実を告げるわ。ホントにあんまり時間、残ってないわけ」
だから説得に教皇自ら赴いたというのか。俺を説得できる者など彼女を置いて他にいない。
「どうにかできないのでしょうか?」
「できる手立てがあったら、セイくんよりも断然有能なヨハネちゃんが、とっくになんとかしてあげてるわよ」
今回ほど自分の力が及ばないと感じたことはない。
魔族の軍勢が攻めてこようとはねのける自信はあったが、ニーナ一人守れなくてなにが大神官だ。
ステラがぽつりと呟いた。
「クラウディアが王様に……女王になればいいじゃない」
ヨハネはゆっくり頷いた。
「ま、教会としてはマーゴとかいうおバカさんでなければ万事オッケーなのよね。クラウディアちゃん推しで、ニーナちゃんは保護対象っていうところかしら」
ずっと話が頭上を行き交い、半分以上はおいてけぼりなニーナが、ステラの頭を優しく撫でた。
「あのね、ステラおねーちゃ。ニーナは……」
ステラが顔を上げる。そこには、優しく微笑む幼女の姿があった。
「だ、だめよニーナ。お願い……もう何も言わないで」
ふるふると金髪が左右に揺れた。
「ニーナはまだおこさまで、知らないこともわからないこともいっぱいだし、ずっとずっと、おねーちゃのそばにいたいけど……」
「ニーナ……やめて……お願いだから……」
「このままだと、ニーナは死んじゃうんでしょ? だけど、ニーナがヨハネちゃんといっしょにいけば、平気? なのかなぁ。ステラおねーちゃはしんぱいしなくても、ニーナは大丈夫。大丈夫なのです!」
断言するニーナもニーナで、声が震えていた。
ステラの両腕がだらりと下がる。このままではニーナの命が危険にさらされかねない。
ステラは唇を噛みしめた。
ヨハネがステラの隣に膝を突いて並び、そっと肩に手を添える。
「お互い、お姉ちゃんって大変よね。ステラちゃん……立場の違いはあるけど、同じお姉ちゃんとして信じてちょうだい。ニーナちゃんの王都での安全は、このヨハネちゃんが保証するわ。世界中でセイくんの隣と同等の安全を約束しちゃうから」
魔王はうつむいたままだ。すぐに応えろという方が無理である。
ややもすれば強引なヨハネに俺は提言した。
「姉上、時間がないとはいえ、明日明後日にもということはないのでしょう?」
時間が欲しいと視線で訴えると――
「ええ、そうね。じゃあ、あとの事はセイくんにまかせちゃおっかしら」
ヨハネがゆっくりと立ち上がり、ステラに手を差し伸べた。
尻尾はうなだれたまま、魔王はぴくりともしない。そんなステラに、ヨハネは淡々とした口振りで返す。
「嫌ってくれても恨んでくれても結構よステラちゃん。もともと、ヨハネとステラちゃんって、本来ならそういう関係なんだし」
差し伸べた手を諦めて、講壇に上がると大神樹の芽に触れてから、ヨハネはニーナに微笑みかけた。
「じゃあ、またねニーナちゃん」
ニーナはぼんやりとヨハネを見上げると、こくこくと二度、頷く。
大神樹の芽に魔法力の光が灯った。
「俺に……いえ、私にできることはなにかないでしょうか教皇聖下?」
「もちろん仕事はしてもらうわよ。セイくんには例の件……王ディションに協力者として参加してもらうわ」
これから始まる王ディションは、いくつかの試練で構成されている。
平たく言えば協力者とは護衛役ということだ。たとえステラがどれだけ望もうとも、さすがに魔王の参加を認めるわけにはいかない。となれば、ニーナを守れるのは俺だけだ。
ヨハネは右手を軽く扇のようにパタパタ振った。
「セイくんはクラウディアちゃんの陣営に加わってちょうだい」
「ニーナさんを守るのではなく……ですか?」
「だってセイくん、ヨハネちゃんほどじゃないけど強いもの。ニーナちゃんを勝たせたいならかまわないけど」
クラウディアを俺が勝たせてマーゴを倒し、ニーナを守れということか。
「承知いたしました聖下」
「それじゃ、チャオ~!」
ヨハネのゴーレムボディーが大神樹の芽を通じて教皇庁へと転送された。
教皇の気配が消えると、ステラがゆらりと立ち上がって、俺の胸ぐらにぎゅっと掴みかかる。
「ちょ、ちょっとセイクリッド……ニーナを守ってくれないの!?」
目が血走って呼吸も荒い。そんな魔王を「どーどー」と落ち着かせながら、俺は告げる。
「クラウディアさんを王位継承レースで勝たせることが、ニーナさんを守ることに繋がります」
「それ、本当なの?」
俺の襟首からステラはそっと手を離した。
「ニーナさんが勝ってしまっては、ニーナさんが王様……いえ、この場合は女王陛下となられるわけです。ここはクラウディアさんに勝っていただき、王ディションを無事乗り切れば、ニーナさんに浮かんだ王印紋も役目を終えて消えるでしょう」
王ディションを競わせるためのブースト効果のための印である。王が決まればお役御免だ。
へなへなとステラは赤いカーペットの上にお尻をつけた。
「そ、そうなのね。あ、えっとうん知ってたわ。全部お見通しだったから。はぁ……よかったぁ」
ニーナはニーナで、俺の服の裾を掴んでくいくいと引っ張った。
「ニーナ死んじゃうの?」
「ええとですね……王様を決めるお祭りに参加して、それが終われば元通りですよ」
「王様げーむ?」
「ちょっと違うかもしれませんね」
「ニーナはどうして王様になりますか?」
質問が幼女語になっているのだが、翻訳するなら「どうして自分が参加するのか?」という疑問だろうか。
「それはですね、ニーナさんのお母上がハレム王の娘で、ニーナさんは人間の王族であらせられたことが判明したためです。お尻に王様を決めるお祭りの参加者たる印が浮かびましたから」
ニーナが眉尻を下げた。
「ちょっとわかりません」
「もう少し簡単に言うと、ニーナさんのお祖父さんが王様だったんです」
「おじーちゃんいたの? いきてたの?」
「死にました」
「ええぇ……そっかぁ。おしいひとをなくしました」
会ったことないでしょというツッコミは、やぼかもしれない。
と、幼女は何かに気づいたようで、何度も瞬きをしてから――
「ニーナって……もしかしてお姫様だったの?」
エメラルドグリーンの瞳がキランと輝いた。ステラがなにか言いたげだが、覚悟が決まったニーナほどには、落ち着きを取り戻してはいなさそうだ。代わりにツッコミをいれよう。
「ニーナさんは戸籍上、魔王の娘ですから、今でも立派にお姫様ですよ」
「はえぇ……知らなかったそんなの……どうりでみんな、ニーナによくしてくれるわけだぁ」
もしニーナが人間世界の女王となり、ステラが魔王として他の魔王候補をすべて従えた場合、姉妹で世界を征服してしまう可能性もあるのだが、この二人にそれはどうにも似合わない。
ニーナは両手をグーにして万歳をした。
「よーし、ニーナはしなないぞー! がんばってゆうしょーして、ステラおねーちゃとセイおにーちゃを、すぐ楽にしてあげるからぁ」
いや、優勝されては困るのだが。しかも楽をさせてではなく、すぐ楽にしてあげるとは二人まとめて消す的なアレですかニーナさんや。
こうして、幼女は王ディション参戦を決めた。
教皇ヨハネの乱入で、ニーナ自身はまだステラと本当の姉妹ではないことを、きちんと理解していないような気がしなくもないが。
ステラがぽつりと呟いた。
「ニーナには……魔王城はもう……狭いかもしれないわね」
「……?」
「な、なんでもないわ」
動揺しっぱなしのステラの分まで、俺がしっかりしなければならない。
さて、教皇に任された以上は、説得や説明に骨が折れそうだ。(物理)
なにせニーナ大好き忠義の人ベリアルに加えて、ニーナにメロメロゴーレムメイドのぴーちゃんといった、武闘派たちはこのことをまだ知らないのだから。
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