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裏切り×人質×天の雷(いかずち)

 細かい鱗に覆われた大蛇の顔が歪む。


「クッ……まさかこんなところで再会するとは。だが、我はかつての我にあらず! あの頃よりレベルも上がり、この姿となったからには敵はなし! むしろ探す手間が省けたぞ。その命、我に捧げるがいいデストロイヤー()()!」


 ステラがアイスバーンを指差し笑う。


「威勢は良いけど完全にビビッてるじゃない! プークスクス!」


「うるさい! へちゃむくれ胸平ら生意気小娘がッ! デストロイヤーさんの恐ろしさを知らぬからそのようなことが言えるのだ!」


 途端にステラが遠い目をした。


「知ってるわよ……」


 するとアイスバーンも同じように、俺から視線を背けて、鍾乳石のようにつららが並んだ天井を見上げる。


「そうか……知っているのか……へちゃむくれとか言ってごめん……」


 さらにベリアルまでもが空を仰いだ。


「わたしの自尊心も出会って二秒で粉みじんに砕かれた」


 蛇が目を細めて「それは……ご愁傷さまだ」と、ベリアルに告げる。


 アコが首を傾げて溜息をついた。


「あのさー、今戦闘中だよ? ちょっとみんな真面目にやろうよ! 空なんて見ててもしょうがないじゃん! ほら早くやろうやろう!」


 カノンはといえば、空ではなく俺をじっと見つめる。


「あの、も、もしかして……」


 スススッと俺の元に駆け寄るなり、カノンは俺の手をギュッと握りしめた。


「もしかしてもしかしてもしかしてッ!? 実はセイクリッド殿が、王立エノク神学校始まって以来の天“災”児と呼ばれた、あの名前を伏せられしお方、その人なのでありますか!?」


 目をハートにしてキラキラさせるカノンに俺は告げた。


「いいえ。違いますよ」


 そんな禍々(まがまが)しい不名誉な呼び名を、認めた憶えはない。


 熱を帯びて白い息をますます白くしたカノンは。眼鏡まで真っ白に曇らせた。


「ですが上級魔族を圧倒する実力であります」


「大神官ならこれくらいできて当たり前です」


 横からステラが「ならもう大神官やめて冒険者になって世界でも救えばいいじゃない!」と、魔王が言っちゃだめなやつだそれ。


 だいたい今の無力な魔王なら、そのまま玉座に居座ってもらう方が教会的にもありがたい。実害ゼロで、その存在の影に怯える人々を導くのが教会にとっての最適解だ。


 と、思ってしまうあたり、上層部批判をしながらも俺も裏の教義に毒されているな。


 カノンはしゅんと肩を落とす。


「そう残念がらずに。貴方が強くなればいずれ、目指すべき人のところにたどり着けるでしょう」


「強ければ生き……弱ければ死ぬということでありますな!?」


 いや、なんでそう極端なんだ。弱肉強食をモットーにするな悪役の首魁しゅかいかお前は。十人くらい幹部の部下を集めても半分は使えないとかあり得る話だ。


 と、上級魔族三人が俺に視線を向けた。


「やっぱり倒すべきは神官なのかも」


 ステラ正気に戻れ。いや、正気に戻る=神官を倒すで正解である。


 ベリアルもなぜか剣をこちらに向けていた。


 アイスバーンに至ってはコレだ。


「ふはははは! どうやら我がカリスマ性に黒魔導士と女騎士が悪堕ちしたようではないか!」


 いいえ、元からです。


 俺はステラとベリアルに貼り付けた浮遊水晶を手元に戻す。


「それでステラさんは魔族と人間、どちらの味方ですか?」


 ステラはくるりときびすを返して、再び大蛇に向き直った。


「当然、あたしは正義の味方よ! そうよねベリアル!?」


「もちろんですとも」


 よしよし良い子だ二人とも。


 俺はもう一度、二人に浮遊水晶を送った。


 アコが剣を掲げる。


「よーし! 今度こそやっつけるぞ!」


 カノンはまだ、ちらちらと俺に視線を送ってくるのだが……。


「わかったであります。まずはあのお方に認められるだけの力をつけること。それが最優先でありますな」


 と、杖を構える。


 ステラ、アコ、カノン、ベリアル――


 四人が同時にうなずきあうと、一斉に大蛇めがけ駆ける。


 魔王の正義が世界を救うと信じて。




                              ――完――






「って、ちょっとなんであたしに巻き付いてくるの! うわやだなんかヌルヌルしてるし! 蛇じゃなくてウナギじゃないッ!?」


 完結失敗。アコとカノンはアイスバーンの尾に吹き飛ばされ(それぞれ一回ずつ死亡)、ベリアルは尻尾ムチの一撃を受けたがなんとか踏みとどまった。


 浮遊水晶を通じてベリアルを回復しつつ、人間二人を蘇生する。


 その間にステラが大蛇に捕まって、ぐるぐる巻きに締め上げられてしまった。


 長い舌をチロチロだして、アイスバーンは俺に牙を剥く。


「さあ、この女にひどいことをされたくなかったら、教会の無許可営業をやめるのだデストロイヤーさん」


「それは困りましたね」


 生き返ったばかりのカノンが吼えた。


「や、やめるでありますッ! すでにステラ殿のお尻には……もうそれ以上ステラ殿を苦しめるのはいけないでありますよ! ウナギは穴の中に入る習性があるでありますよ!」


 やめなされやめなされ。俺が言い出したこととはいえ、それ以上は言うのはあまりにステラが不憫である。


 アイスバーンが目を丸くした。


「え? そうなの……尻尾が……そういう趣味なの? うわ、引くわマジで。魔族コスプレだけでもアレなのに」


「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」


 本日一番の絶叫を上げたのは、何度となく死んだアコやカノンではなくステラの口から放たれた。


 アコが剣を手にアイスバーンめがけて斬りかかる。


「ステラさんを離せッ! この外道ッ! 女の子を人質にするなんて、皇帝を名乗るやつのすることかッ!!」


 ガキンガキンと剣で打ち据えるが、大木の幹のような大蛇の身体は、硬い鱗に覆われていて傷一つつかない。


 捕まったままステラが眉尻を下げて涙目になる。


「アコ……あなたのこと誤解してたかも……」


 ステラを救うため、太刀打ちできない相手に必死でくらいつくその姿は尊い。


 勇者の自覚に欠けていようとも、アコにはその資質があったようだ。


「くそッ! くそッ! くそッ! 誰にだって人に言えない秘密があるんだ! それを公表するなんて貴様だけは許さないぞ氷牙皇帝!」


 公表したのカノンですよー。


 言い出しっぺは俺だが。


 しかし――


 大蛇と化した氷牙皇帝は、どうやら物理攻撃に耐性をもつらしい。


 蛇が目を細めた。


「かつて光る棒でしこたま殴られた経験から、我は物理防御特化の成長をしたのだ! どのような攻撃も鋼よりも硬いこの鱗は通らぬわ!」


 カノンがぐっと魔法力を集約する。


 両手を万歳させると、そこに光の魔法弾を精製した。


「では、これならどうでありますか!? その綺麗な顔を吹っ飛ばしてやるでありますよ! 上級光弾魔法ッ!」


 バッ! と、両手を振り下ろす。


 これまでの光弾よりも巨大な光弾が、大蛇の頭部に炸裂した。


 衝撃波で空気が振動し、天井のツララがいくつも落ちてくる。


 白い雪煙が舞い上がり、モクモクと視界を白い闇で覆い尽くした。


「やった……でありますか?」


 そのセリフはあかん。


 雪煙の奥にシルエットが浮かぶ。


 蛇の頭は依然健在。というか、まるでダメージを与えられていなかった。


 くぱっと大蛇は大口を開く。


「はーっはっはっはっは! 光魔法は魔法とついてはいるが、しょせんは物理的な衝撃波よ! 上級魔法とは少々驚かされたが、結局我の敵ではなかったな!」


 じっと隙をうかがっていたベリアルが、アイスバーンが油断した隙に飛び出した。


「チェストオオオオオオオオッ!」


 ステラ奪還のため、蛇の頭めがけて突きを放つ女騎士。




 ガキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッ!!




 切っ先は弾かれ傷一つつけられない。


 飛び退き戻るベリアルが額の汗を拭う。


「このままではステラ様が汚されてしまう。ああ、わたしの槍さえあれば」


 本来、ベリアルは三つ叉の槍の使い手だが、あれは見る者が見れば魔族の武器と看破されかねない。


 使い慣れない剣でも並みの魔物相手なら充分だったが、上級魔族には分が悪い。


 アコもベリアルも物理攻撃しかできず、唯一、属性のついた魔法攻撃ができるステラは敵の手中にあった。


「ぬるぬるしてぎぼぢわるいぃぃ! もうやだ死にたい助けてセイクリッドおおおお!」


 ああ、恥も外聞もなく俺に頼るなんて。


 アコが先ほどから何度も剣を振るっているが、ついに――




 バキンッ!




 と、鋼鉄の剣の刃が、柄の先から折れてしまった。


 最大の攻撃魔法も通じず、落ちこむカノン。


 慣れない剣に加えて、ステラを人質にとられていることもあり全力を出し切れないベリアル。


 ああ、これ詰んだか?


 懐中時計を取り出すと、そろそろニーナの目覚めの時間が近づいていた。


「さあセイクリッドさんよ! 立ち去るがいい! そして二度とこないでくれ!」


「そうは参りません。ところで貴方は先ほどから、どうして動かないのですか?」


「少しでも身体を動かすと、せっかく捕まえた人質が逃げてしまいかねんからな。だが、この黒魔導士さえ捕まえておけば、我は無敵なのだ」


 俺はぽんっと軽く手を合わせた。


「なるほど、つまり物理的な攻撃に耐性をつぎ込んだ分、黒魔法が有効。もしくは、それだけの鉄壁な防御ですから、なにやら制約をつけているのかもしれませんね。魔法攻撃に弱くなる代わりに、物理防御を高める……とか?」


 蛇が大口を開いた。


「そんなわけないじゃんよ!」


「ありがとうございます。事情は呑み込めました」


 アイスバーンは動かない。当然だ。今、少しでも隙をみせればステラが逃げるかもしれず、かといって殺せば蘇生から全回復である。


 死体をバラバラにして回収し、蘇生させるくらいやりかねない……と、俺を見る大蛇の瞳が語っていた。


 そんなひどいこと、思いついてもしませんって。


「さあ帰れ! とっとと帰れ! もう帰れ!」


 何もしない。俺たちが諦めるのを待つ。それが氷牙皇帝の最適解だ。


 ふと、俺は思いだした。


「いや、こういうのを御都合主義というのかもしれませんが、たしかアコさんは前に私がたたき割った剣の柄を、お守りとして持っているそうですね」


 折れた剣を手にしたまま、わなわなと肩を震えさせてアコが叫ぶ。


「今、そんなこと言ってる場合じゃないよ! ステラさんが泣いてるんだ!」


「うげええなんかヌルヌルが臭いんだけどぉおお」


「二人とも落ち着いてください。いいですかアコさん。貴方があの時、剣の刃ではなく柄を持ち帰ったのも、きっと光の神のお導きだったのです。さあ、その柄を手に祈るのです」


「祈る?」


 アコはぽかんとした顔で俺に訊く。


「ええ。蛇の姿のアイスバーンさんは、とても魔法に弱いようです。ですから……神の雷よ、神罰をかの大蛇に下したまえと、柄を掲げて祈りましょう」


 それでアコは「そっか! それなら!」と、折れた鋼鉄の剣を投げ捨て、覇者の雷剣の柄を天に掲げた。


「神様ッ! どうかステラさんを救ってください!」


 柄にはめ込まれた宝玉オーブが光を放ち、そこから初級雷撃魔法が放たれる。




「グオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」




 初級ながらも蛇は大きく身を揺らした。と、巻き添えで。




「いやあああああああああああああああああああああああああああ痺れるうううう!」




 ステラも雷撃の餌食となった。


「ちょっと我慢しててステラさん! 雷撃魔法! 雷撃魔法! 雷撃魔法!」


 相手はずっと自分のターンを「守る」で徹底している。


 つまり、ずっとアコのターンである。


 雷撃は白い蛇がステラを解放するまで、幾度となく放たれた。


 一緒に感電するステラに、俺は胸の前で十字を切る。


 生き残れよ魔王様……と。

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[一言] 「強ければ生き……弱ければ死ぬということでありますな! ↑ そんな教義の宗教イヤすぎるw
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