三人目の影
俺は沈黙を保ち続けたルルーナに問いかける。
「ルルーナさん。私の近くというのがどの程度の範囲なのか、もう一度占っていただけますか?」
「……御意。少し、本気を出すから」
言うなりルルーナは水晶玉を手にして魔法力を込める。すると、その水晶から部屋の壁に映像が投影された。
以前は光らせた水晶玉で相手を殴ることしかできなかった、打撃系占い師だったのだが、本当に神秘の力に目覚めたようだ。
投影された場所は薄暗い室内のようだった。映像の中で、俺が赤いカーペットの上に立っている。言い訳できないくらいに俺である。
賢者かなにかの間違いではないかと思ったが、どうやらその暗い室内は、勤務地である“最後の教会”のようだった。
そして、小さな人影が俺の周囲をぐるぐると回っていた。
長い髪にドレス姿だ。
ただ、その姿は薄ぼんやりとしていて、顔ははっきりと分からない。
まるで妖精のように俺の周囲を右へ左へ、翻弄するように軽い足取りで回り続ける小さな人影だが、そのお尻のあたりから魔法力の光がふわっと漏れ出ていた。
まるで蛍のように。
「もっと映像の明度をあげられませんか?」
「……もう……無理」
ドサリと音を立てて、ルルーナは前のめりに机につっぷした。彼女の手から水晶玉が放り出されて転がると、テーブルの上から滑り落ち床にたたき付けられる。
ガチャンと音を立てて、ルルーナの水晶玉はあっけなく真っ二つに割れてしまった。
クラウディアが立ち上がって、ルルーナに駆け寄る。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「…………」
意識がないらしい。俺もルルーナの元に歩み寄った。回復魔法を試みようとして、手を止める。
ルルーナは魔法力欠乏症に陥っていた。以前、魔王ステラもなったものだ。ルルーナにとって水晶玉を使ってビジョンを投影するのは、彼女の魔法力を急激に消耗させてしまう負荷の高い技だったらしい。
「安心してください。どうやらルルーナさんは魔法力を出し切ってしまって気絶したようです。休息を取れば治るでしょう。どこか横にして寝かせてあげられると良いのですが」
すぐにクラウディアが人を呼んだ。俺は占い師の少女を両腕に抱え上げる。いわゆるお姫様抱っこである。
クラウディアが「あ、ああっ。上腕筋と胸筋が……」と、呟いた。
後継者の選び方そのものを改める必要がある。そんな気持ちを胸に、俺は部屋を出る。
「じゃ、まあ無駄だと思うけど見つけといて」
「あの、わたしもご一緒いたします」
ついてこようとするクラウディアの肩に手を掛けて、マーゴが引き留める。
「末っ子叔母さんさぁ、庶民の心配なんて王族がすることじゃないってなんでわかんないかなぁ? そういうのは任せておけばいいんだよ。ほら、とっとと行けって」
俺は視線でクラウディアに「おまかせください」と合図した。このあと、マーゴと二人きりになるクラウディアの方が気の毒でならない。
クラウディアの呼びかけに応じて、執事風の紳士が姿を現した。
バカ王子と第十三王女に見送られて俺は紳士の案内で、宮廷内の客室に通される。
ベッドにルルーナを寝かせたところで、執事の紳士と入れ替わりで侍女が姿を現した。
ラヴィーナだった。
「あ! ルルーナじゃん久しぶりー」
ベッドの上で少しくるしげに寝息を立てる妹に、双子の姉は手を振ってみせた。
「ようやく逢えたというのに、ルルーナさんは眠ったままですね。さて、ラヴィーナさん……そろそろ、ルルーナさんの元に戻ってあげてもよいのではありませんか?」
ルルーナが王宮に来ていることも、ラヴィーナはきっと把握していた。そんな気がするタイミングでの登場だ。
双子姉妹のわだかまりは溶けて消えたはずなのに、ラヴィーナの方からルルーナとの距離を置いているのだろう。
侍女の姿のラヴィーナがぺろっと舌を出す。
「あ、バレちゃってたか」
「まだ隠し事があるようですね」
「女の子は秘密でできてるんだよ? ミステリアスな方が魅力的って感じ?」
こうしてルルーナが意識を失ったところで会いに来たのだから、なにか一緒にいられない事情があるのだろう。
「困っていることがありましたら、いつでも相談に乗りますよ」
「今はアタシらのことよりも、王国の一大事なんでしょ?」
ラヴィーナには独自の情報網があるらしい。俺やルルーナが王宮に招かれた理由も知っているようだった。
「貴方の抱えている問題の程度にもよりますが、場合によっては国の行く末をどうにかするついでに解決できてしまうかもしれませんよ? なにせ私は最年少大神官ですから」
「きゃー! セイぴっぴカッコイイ! 抱いて!」
と、言いながらラヴィーナは俺の首に腕を回して抱きついてきた。
そのまま頬に軽く唇を当てる。こういったキスは彼女にとって挨拶代わりだ。
「少々こそばゆいですね」
「いーじゃんいーじゃん。照れないの。アタシとセイぴっぴの仲なんだし」
明るい口振りで告げてから、少女はそっと俺の耳元で囁いた。
「けど、気持ちだけでじゅーぶんだから。って、説得力ないね。こうして逢いにきちゃったんだし」
俺から離れてベッドサイドに腰掛けると、ラヴィーナはルルーナの髪を優しくなで上げた。
見た目こそそっくりな姉妹だが、いたわるような仕草は姉らしい。
「なんだかんだでルルーナも元気みたいだし、ホッとしたかも」
「時々、ルルーナさんは教会にいらっしゃいますよ」
「あはは、まだまだだね。修行が足りてないんだから」
まあ、勇者御一行様に比べれば、数えるほどしか占い師は死に戻っていないのだが。
ラヴィーナはルルーナが額に浮かべた汗をハンカチで軽くぬぐってから立ち上がった。
少し息苦しそうだった妹の寝息が穏やかなものに変わる。
「けどけどまだダメなんだ。あーあ、誰かさんが見せてくれた平和な世界に早くなっちゃえばいいのに。そしたら……」
「そうしたら?」
訊き返すと少女は外ハネ気味な髪をフルフルと左右に降った。
「ううん、なんでもないから。じゃ、またどこかで逢えるかもだけどね。ルルーナが目を覚ますまで、いっしょにいてあげて」
ウインクすると侍女姿のラヴィーナは部屋を出ていってしまう。
どうやら先日の火山島で俺が世界中に垂れ流したビジョンを、彼女もどこかで見ていたようだ。
追いかけて事情を訊こうとしても、おそらくラヴィーナははぐらかすだろう。
「……ZZZ」
俺はルルーナの目覚めを待った。
彼女の見せたあの映像に浮かんだ人影の事を考えながら。
占い師が目を覚ましたのは三十分ほどたってからのことだ。もう、その頃には王宮からラヴィーナの気配は跡形も無く消えていた。




