マーゴ王子の国造り
さて、俺には“三人目の候補者”の見当などさっぱりつかない。マーゴはともかく、クラウディアをみるに、王家の血を受け継ぐ“純粋”な魂の持ち主が選ばれるようではあるのだが……。
それはそれとして、大きな問題に直面してしまった。
椅子の前足を浮かして後ろに体重をかけながらふんぞり返る、マーゴ王子がマーゴ王になってしまう可能性を、知ってしまったのだ。
立場が人を作るという言葉がある。責任ある地位に就くことで自覚が芽生えることも充分に考えられた。
が、この王子にそれを期待できるだろうか? なにせ幼女に対してムキになり本気で張り合おうとするような青年なのだから。
じっと見据えるとマーゴが「何見てんだよ」とにらみ返した。
金髪碧眼に青い瞳の美形だが、口を開けば残念である。
「マーゴ王子が王になられたら、どのような国造りをなさるのか興味が湧きまして。よろしければ、是非、将来の展望などお聞かせ願えないでしょうか」
すると、マーゴはふんぞりかえるのをやめて椅子から立ち上がった。
テーブルの天板に片手をついて、前のめりに俺の顔をのぞき込む。
「おっ……それ訊いちゃう?」
語りたそうに前のめりになってニヤリと嗤う青年には、なにか良い考えがあるらしい。
「はい。さぞや素晴らしい王国繁栄のお考えがあるのでしょう」
クラウディアがうつむいてしまった。彼女には近しい人を幸せにしたいというような、ごく一般的な親愛の感情はあっても、国の行く末を左右するといった大業に向かえる強さは今の所感じられない。
そもそも王都を離れ隠棲していたのだ。彼女の意志かどうかはともかく、政の中枢から第十三王女は距離を置いていた。
一方、第一王子サンズの息子は中心にいたのである。それにしては奔放に育ちすぎた気がしないでもないが、恐らく両親から愛情たっぷりに甘やかされてきたに違いない。
マーゴはじっと俺を見据えたかと思うと、半歩下がってテーブルから距離をおき、両腕を広げて宣言した。
「おれが王になったら夢があんだよね」
語るほどの理想があるらしい。が、バカ王子だけに何が飛び出してくるか、俺、わくわくしてきだぞ。
青い瞳を細めてマーゴは語り出した。
「まずさぁ……俺が王様になったら、教会の聖職者は今後、女は裸エプロンで男はパンツ一丁で仕事するってどうよ?」
いきなり迷案ぶっこんできたな。しかも、聖職者の前で同意を求めるあたり、明らかに喧嘩を売ってきている。
「クールビズにしてはやりすぎに思えるのですが」
と、俺が返すそばでクラウディアが一瞬だけ、ときめいたような表情を見せた。
これでいいのか王様候補。ちなみに売れっ子占い師は水晶玉をじっとのぞき込んで固まってしまっている。放っておこう。
マーゴは「ははんっ」と息を吐いてから、俺の顔を指さした。
「凡人はこれだからさぁ。改革の意識が足りてないよね」
「なにが改善されるのでしょう。非才ゆえに私には見当もつきません」
一応へりくだっておこう。するとマーゴはますます上機嫌になり、口も滑らかに続けた。
「そんなん決まってんじゃん。裸で説教とかマジでウケルし。あ! 真顔な! パン一で真顔で仕事してれば、国民みんなニッコリだろ」
黙り込む俺にマーゴは続ける。
「んでさ、お酒も製造禁止ね。まずいから。あ! けどお菓子作りで香り付けとかに使うやつだけは、特別に認めるってことで。お菓子はうまいからしょうがないし」
葡萄酒が消えるとベリアルが王宮に乗り込んでしまいかねない。明日から葡萄農家や醸造業はどうやって暮らしていくのだろう。
「味の好みで禁止にしては、民意は得られないのではありませんか?」
「王様だよ? 一番偉いんだからいいっていいって。おれは気にしないし」
だめだ話が通じない。予想の斜め上をいくダメ王子っぷりに、漏れかけた溜息を俺は呑み込んだ。王子は胸を張る。
「んで、教会には重税ね。ハレム王みたいに甘い顔はしないから。だいたいさぁ教皇とかも必要ないっしょ? 王国で一番偉いのは王様で、他に偉そうなやつって必要ないと思うんだよね。だから、おれが王様になったら教皇は廃止ね。これ決定事項なんで」
王に権力を一極集中することにもメリットはあるが、肝心の王がマーゴでは全てがデメリットになりかねない。
独裁者は有能であって欲しいものである。
俺はそっと自身のあごをつまむようにして頷いた。
「なるほど。権力が集約されれば改革を断行できるでしょう。しかし、ハレム王の善政によって王都だけでなく、人間世界は現状で充分に安定しております」
無論、辺境や魔族の支配領域に近い場所までその限りではないが、そこは冒険者たちを教会が支援することで、均衡が保たれていた。
国一つ消滅するような魔族の侵攻は、七年前のノルンタニアが最後である。
マーゴは拳を振り上げ、天に掲げた。
「甘いって。だいたい勇者に任せっきりってさ、王様として無責任じゃね? 軍隊だってあんのに王都の防衛ばっかじゃ、みんなつまんないでしょ? やっぱ戦いたいと思うじゃん男ならさぁ……だから、おれ攻めちゃおっかなって」
王子は拳を開いた。そのまま開いた手で顔を半分、覆うようにすると指と指の隙間から青い瞳がじっと俺を見据える。
「魔王城……みんなでやっちゃおっかなって思うわけよ。七年前のノルンタニアの仕返ししたいって人間、けっこーいるだろ。ならさ、戦争だよ戦争! 魔族なんか皆殺しにしちゃえばよくね?」
マーゴは人間と魔族の総力戦がお望みらしい。
ノルンタニア事変の残した癒えることのない傷を抱えたままの者は少なくない。先日、ハレム王の葬儀の終わり際に、大聖堂で話をした神官の青年も、その一人だ。
もし王が号令を掛ければ、彼ら彼女らが武器を手に立ち上がることもあり得るだろう。
「つーか冒険者囲って金儲けしてる教会って、むしろ裏で糸引く悪だろ。魔族の脅威煽ってないと権威も守れないって知ってんだよね。魔族いなくなって困るの教会っしょ?」
そういった側面を否定しきれない部分はあった。
ただのバカ王子かと思っていたが、どうやらそれは俺の誤解だったようだ。
マーゴは純粋で無邪気でたちの悪いバカ王子だった。
サムズアップして親指で自身の顔を指し示すとマーゴは表情を緩ませる。
「その点、おれって生まれながらに選ばれし者だし、みんなおれのこと大好きで尊敬してるだろうし、教会みたく裏工作とかして尊敬してもらう必要ないからさ。気兼ねなく魔族を絶滅させられるってわけ」
俺が大神官だからだろうか、それとも相手が誰だろうと関係ないのか、実に堂々とマーゴは国の未来を語りきった。
「どうよ? 王様にふさわしいのがおれって、わかるんだよね」
「その正しさを証明するためには、まず候補者をすべて揃える必要がありますね」
「ま、なにするかしらないけど、おれが勝つのは決まってるしね。末っ子叔母さんなんかもうダメダメでしょ? 覇気ゼロ! 失格!」
クラウディアは「ううっ……」と、うめくばかりで反論できずにいる。少女は俺にすがりつくような眼差しを向けてきた。
背負うモノがあまりに大きすぎて、クラウディアは逃げ出したいと言わんばかりだ。
まだ見ぬ三人目の候補者に、すべてを託したい。口に出さずとも王女の苦悩が伝わってくる。
マーゴが溜息をついた。
「てか、本当にいるわけ? このマーゴさまほどじゃなくても、純粋な王の器に相応しい三人目なんて? ま、いるけど見つけられないんじゃいないも同然だけどさ」
俺は胸に手を当て会釈で返した。
「心当たりを探してみましょう」
無いものを探すのは苦労しそうだが、今はこう応えるより他なかった。
このままでは、何ヶ月か後には俺は神官服ではなく、パンツ一丁で“最後の教会”の司祭を務めることになりかねない。
たまに脱ぐから気持ち良いのであって、脱ぐことが常態化してしまっては刺激の少ない人生になってしまうだろう。
無論、シスターの裸エプロンなどもってのほかである。
さて、どうしたものか。




