容赦の無い爆破オチ
みるまに黒い蝶は数を減らしていった。
このまま倒してしまっても良いのだが、俺はわざと力を緩める。
最後の一羽になった蝶は、風に揺られて火山の火口方面へとフラフラ飛んでいった。
その身体に、光魔法を糸にして俺は自分の小指に結ぶ。
ステラが追撃の魔法を身構えるが、俺が無言で手をかざして止めた。
「ちょ! なんでよ!? あいつは島にもひどいことしてきたし、ニーナやベリアルだって……」
「ええ。ですからアジトなり巣なりへと、このまま案内していただきましょう」
アコたちが同行しては、ステラが全力を出せないため、俺は勇者様にお願いした。
「ベリアルさんとニーナさんの意識が戻るまで、アコさんたちはここで二人を守ってあげてください」
勇者が身を乗り出して俺に訴える。
「ぼ、ボクら置いてけぼりにするっていうの?」
「ええ。また月下蝶に操られでもしたら困りものですからね」
「う、うう……それはそうだけどぉ」
カノンは俺に敬礼していた。
「アコ殿。まだまだ自分たちは未熟であります。ここはセイクリッド殿とステラ殿にお任せするでありますよ」
キルシュはといえば「ベリアル姉さんはともかく、ニーナちゃんをこのままってちょっとまずくないですか?」と、時々こいつは俺と同意見なのが困る。
アコも「そうだね。うん! わかったセイクリッド。二人の事はボクらに任せて!」と、気持ちの切り替えができたようだ。
すでにステラが火口方面に向かって駆け出している。
「ほら、セイクリッド早く早く! こないなら、あたし一人でやっちゃうわよ!」
しばらく拘束されたり人間のフリをしたりと、魔王様も鬱憤がたまりにたまっていたようだ。
その力、存分に振るってもらうとしよう。
蝶の痕跡をたどって俺とステラは火山の頂上まで歩くことになった。
魔王様は熱気に全身汗まみれだ。
「ちょっと、なんでセイクリッドそんなに涼しい顔をしてるわけ?」
「服の内側に初級氷結魔法をうっすらと効かせていますから」
この技術は砂漠やサウナでも応用が効くものだ。
「ずるくない? それ、ずるくない? ちょっと脱ぎなさいよ! その服をあたしに着せてよね!」
ステラが俺の上着を剥がそうとする。
「男を脱がそうとするなんて、淑女らしくありませんよ」
「なによ普段は勝手に自分から脱ぐくせに」
ステラはぷくっとほっぺたを膨らませた。
「私にできるのですから、ステラさんも同じようにすればいいではありませんか?」
「え? あたしに脱げっていうの?」
俺は小指の光糸を適度に緩めつつ、だんだんきつくなる勾配を踏みしめる。
「氷結魔法を服の下に留めるのですよ」
「そんなに器用にできないわよ」
確かにステラの魔法は良く言えばダイナミックだが、小回りの利く技とは言いがたい。
とはいえ、彼女の技量なら身体を冷ますくらいできなくもないのだが。
俺の隣を歩いて、不満げに口を尖らせる魔王様の顔を見て、はたと気づいた。
「でしたら、擬態魔法を解いても構いませんよ。他に見られて困る相手もおりませんし」
言われてステラは「あっ」と、声を出した。
彼女のお尻に尻尾がむくりと鎌首をもたげ、頭には立派な黒い羊角がグルンと生えるように、姿を現した。
「なんだか力が上手く制御できないと思ったら、あたしずっと擬態魔法してたのよね」
さっそく身体を氷結魔法でクールダウンさせて、ステラはすっかり上機嫌だ。
不意に、小指の先の蝶の動きがピタリと止まった。
「どうやらパピメリオのアジトに着いたようです」
「で、どうすればいいのかしら?」
「恐らくアレックスが調査依頼をした冒険者たちが、なんらかの形で封印され囚われているでしょうから、まずは私が先行して救出を行います」
「うんうん、それで」
「ちょうど火口付近ですし、火山を刺激しない程度でしたらいかなる爆発も豪熱も黒煙も、起こしていただいて構いませんよ」
ステラは珍しく「ヒュ~ッ!」と口笛を鳴らした。
「あたしが全力出しても、それは火山の噴火ってことにできちゃうわけね♪ 本当にセイクリッドってそういうの得意よね」
「どういうものかはわかりかねますが、お褒めの言葉と受け取っておきましょう」
軽く一礼するとステラがニンマリ口元を緩ませた。
「こんなに悪魔神官なのに、世界平和が夢なんて不思議ね」
「はて、何のことでしょう」
俺も口元が緩む。
邪悪な笑みを二つ並べて、大神官と魔王は火口目前の窪地に建った木製の社にたどり着いた。
社そのものは小屋といったところで、供え物などの痕跡も風化してすっかり寂れていた。
光る糸は建屋の中へと続いている。糸はこれ以上伸びることも動くこともなくなったので、そっと魔法を解いた。
中へと踏み込むと、そこには三つ、白い繭が転がっていた。ちょうどうずくまった人間を包めるサイズからして、アレックスの依頼を受けた冒険者たちだろう。
仮死状態で封印といったところか。
そっと触れると繭ごと転移魔法で王都の教皇庁に送り込んだ。全財産を寄付する代わりに、各種呪いなど状態異常を全快してくれる専門部署だ。アコたちの二の舞にはなるまい。
奥に視線を向けると、蝶の羽を模したようなビーチチェアにパピメリオがもたれかかっている。
呼吸は荒く、もはやその力は当初の十分の一にも満たないといったところか。
「いや、ごめんねおにーさん……せっかく来てもらったのにお構いもできなくてさ」
「すぐにおいとまいたしますので、お気遣いなさらず」
俺がニッコリ微笑むと、パピメリオはガバッと身体を起こした。
「え? み、見逃してくれるの?」
「冒険者も無事見つけることができましたし、私の目的は達成しました」
「うはー! ぼくね、おにーさんのことを誤解してたよ! 本当に世界平和を志す聖人君子様だったんだね。うん! わかった! ぼくも心を入れ替えて、これからは村の人たちにも観光客にも手出ししないから! 約束するよ!」
「はあ、それは良い心がけですね」
月下蝶はホッと息を吐く。
「いやぁ、ほんとにぼくってツイてるなーモッてるなー。これが他の魔族だったら、今のぼくなんて一ひねりっていうか。もう今日は休ませて。一歩も歩けやしないよ。はぁ……けどまあ、見つかったのがおにーさんみたいな優しい人でよかったよかった」
「そうですね。ここに他に魔族がいなければ、本当に貴方は幸運でした。では……ごきげんよう」
特に金目の物……もとい、要救助者は見られなかったため、俺はオンボロになった社を後にした。
「ステラさん。至近距離から結晶魔法のフルバーストをお願いします。余波については私が全力で防御魔法を使ってお守りいたしますので」
「オッケー! 任せてちょうだい! 獄炎&爆発のスペシャルなのをお見舞いしちゃうんだから!
溜めて溜めて溜め込んでから出すと、超気持ち良いのよね!」
言い方に問題ありだが、恐らく吹き込んだのは勇者辺りだろう。
ステラの両手に魔法力が集う。
その余りの膨大さ、莫大さに大気が鳴動し、掘っ建て小屋のような社を揺らした。
もう一歩も動けないというパピメリオが、大あわてで社の外に顔を出した。
そこには紅蓮の魔法力を手の中に集約し、超巨大な二つの結晶化魔法を構えた――第147代魔王ステラのご尊容があるのだった。
「え? ちょ……赤毛のおねーさんもしかして……」
「ニーナを傷つけたんだからケジメつけてもらうわ……よっ!」
極大級の獄炎と爆発、二つの力がパピメリオ目がけ放たれる。
その背後は火山の火口だった。
月下蝶が吼える。
「おにーさんどうして!?」
「私が許しても魔王様が許すかはまた、別問題です」
「そんなあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
断末魔……そして。
閃光が火山の山頂で無数に瞬き、直後に爆音と巨大な炎の柱が吹き上がった。
パピメリオの住み着いた社は一瞬で灰燼に帰し、その主と玉座も炎の波に呑まれて爆ぜる。
相手によっては玉座を残し、仲間に加えることも一考するのだが、ニーナに手を出したパピメリオに魔王様は容赦しなかった。
瞬殺である。
魔法を放ったステラ自身にも牙を剥く炎を、俺は彼女の前に立って防いだ。
その日、火山島の火山が百年ぶりに噴火し、山体の一部が崩れてシルエットが変わってしまうという出来事があった。
が、不思議な事に火砕流などは起こらなかったのだとか。ムーラムーラ村にも被害は一切無く、不思議な噴火として、後々語り継がれたという。
そんな噴火の真相を知るのは魔王と大神官の二人きりだった。




