人生の月曜日
翌朝――
二泊三日の締めくくりに、やっと俺はゆっくり早朝露天風呂に浸かる事ができた。
疲れを忘れられたのは、ほんのひとときである。
温泉施設のある管理棟のどこかには、賢者によって魔法力の供給源にさせられた大神樹の芽が封じられているだろう。
本来なら解放するのも役目かもしれない。
「ま、気持ち良いのでこのままでいいでしょう」
岩風呂の縁に背中を預け、見上げた空はどこまでも青く澄んでいた。
管理棟でブッフェ形式の朝食を摂り、売店でステラたちのお土産物色を見守ったあと、チェックアウトを済ませて港に向かう。
ムーラムーラ村は謎の緑化現象と、百年ぶりの火山の噴火に、どことなくざわついていた。
が、不安というよりは吉兆と捉えられたらしい。雰囲気は明るいままだ。
村の市場通りを歩く。今朝も赤や黄色に青といった、大陸では見られない色とりどりの魚が並び、花も果物も極彩色が、人の活気とともに溢れていた。
先日、色々暴露されて俺と同じく恥ずかしい目に遭ったベリアルが、俺の隣にスッと並ぶと不思議そうに首を傾げる。
「セイクリッドよ。その……あのだな……なぜか私はいじられないのだが、あのあといったい何があったのだ?」
「ステラさんに刃向かいニーナさんを脅かした不埒な魔族が成敗されました。それだけですよ」
腕組みをしながらベリアルは「解せぬ」という顔をする。
「うむ、まあいい。しかしまた、どうして船なのだ? 転移魔法で王都に跳べばすぐではないか」
「せっかくの旅行なのですし、ニーナさんも船に乗るのを喜んでおりますから」
ニーナはステラやアコに「またおっきいお船に乗るのです?」と、瞳をキラキラさせて訊く。
転移魔法は王都について、勇者一行と現地解散したあとでいいだろう。
アコががっくりと肩を落とした。
「ハァ……終わっちゃったなぁ。せっかくみんなでお休みで旅行だったのに」
カノンがぽんっとアコの肩に手を置いた。
「冒険者はいつだって旅行みたいなものでありますよ?」
「そうじゃないんだよー! 美味しいモノ食べてさ、温泉入って海で遊んでレジャーにショッピングにあとはカジノでもあれば最高だったんだけど、過酷な冒険の旅と観光旅行は違うんだって」
キルシュがぼそりと「サボりたいだけなんですねアコ先輩は」とあくび混じりに呟く。
「そうだよサボりたいの! 王都に帰ったらまた勇者の仕事かぁ……つらいなぁ。ねえ、セイクリッド? この島の大神樹の芽は見つからないの?」
ささっと前に回り込んで、散歩する犬が飼い主にまとわりつくようにアコが俺の回りをぐーるぐーる周回する。
「見つかれば転移魔法でいつでも来られると言いたいのでしょうが、残念ながら見つかりませんでしたね。こういった場所は、普段気軽に来ることができないからこそ、価値があるとは思いませんか?」
俺の言葉に勇者様は「ちぇー」と、路傍の小石を軽く蹴飛ばした。
ニーナが俺の隣にやってくるなり、そっと手を握ってきた。
「おにーちゃ! また連れて来て欲しいのです」
「もちろんですとも。これからも色々な所に行きましょう。もちろん、ステラさんのお許しがあればですが」
幼女のキラキラとした視線が姉に向けられる。
「謀ったわねセイクリッド」
「謀などとんでもない」
つい口元に笑みを浮かべてしまうと、ステラは「ま、危険なところはダメだけど、ニーナの社会勉強にもなるし、今回は謀られてあげるわ」と、目を細めた。
ステラたちが乗船した桟橋で、荷物を預ける手続きをしていると――
「旦那、挨拶も無しで帰っちまうなんて水くさいじゃねぇですか」
筋肉系漁師ことアレックスが酒瓶を手に姿を現した。今日は取り巻きの筋肉軍団の姿はない。
「すいません。少々朝からごたついていて、ご挨拶にうかがえませんでした」
「なあ、旦那。やってくれたんだろ?」
先日、パピメリオに囚われていた冒険者たちを王都に送り返した連絡があったにしては早すぎる。
「もう王都から連絡が行ったんですか?」
「連絡?」
アレックスはキョトンとした顔だ。
「いえ、なんでもありません」
筋肉をパンパンに膨らませてアレックスはダブルバイセップスのポーズを決めて見せながら続けた。
「まあ、連絡と言いますかね……妹のサーラが昨晩、夢枕に立ったんですよ」
パピメリオが化けたという可能性は、ステラの滅却爆発獄炎魔法の威力からして0%である。
となれば、本当なのかもしれない。
アレックスは鼻の下を指で軽くさすって涙目になった。
「もう大丈夫だって。島に留められてた生け贄の魂は解き放たれて、大神樹に還ったから、いつかまた逢えるって……なんか、よくわかんないんですがね……へへっ……泣けてきちまって……けど、本当にサーラだって感じたんでさぁ」
パピメリオによって無念のうちに死んだ者たちは、怨念になる寸前で火山に留まっていたのかもしれない。
「そうですね。きっと、妹さんの無念は晴らされたのでしょう」
筋肉男は力強く、グッと深く頷いた。
「あ! あと! 俺のハニーがその……なんつうかコレがこうなったみたいで!」
アレックスは自分のお腹の辺りを手で丸く覆うようにジェスチャーしてみせる。
「それはおめでとうございます」
「つうわけで、こいつは七年寝かせた秘蔵の酒の最後の一本なんだが、持ってってくれ!」
「よろしいのですか? 貴重なものでしょうし、私が何かしたというわけでもありませんよ」
「いーや、あんただよきっと。また遊びに来てくれよな旦那!」
間もなく出航を知らせる汽笛が鳴って、俺は蒸留酒の瓶をアレックスに押しつけられつつ乗船する。
船はゆっくりと離岸して、南風に送り出されるように進むと島はだんだんと遠のいていった。
デッキの上でベリアルが目を輝かせる。
「せ、セイクリッドなんだその薄い琥珀色をした液体の詰まった瓶は」
「帰ってからですよ」
「ステラ様! あと一日休暇の許可を!」
魔王様に泣きつく門番に、赤毛の少女は「だ、ダメよそんなの!」と厳しめだ。
せっかくもらった酒を思い出の余韻に浸る間もなく飲んでしまうのは、少々もったいなくも思うのだが、ベリアルに目をつけられた以上は、もって三日の命だろうな。
ニーナが島に向けて手を振った。
「ばいばーい!」
誰に向けての挨拶か、推して知るべし。ミンミン。
後日――“最後の教会”に戻った俺の元に、謎の特別経費の振り込み通知が届いた。
申請していなかったのだが、なんと教皇聖下直々の丸文字で書かれた親書付きである。
『セイくんの妄想にヨハネちゃん感激しちゃった♪ アレ、世界中の教会に流れたっぽいのよ。神の奇跡みたいな感じで各地で軽めの大混乱があったけど、次からああいうのはいきなりブチ込むのやめてちょーだいね。お姉ちゃんとのや・く・そ・く☆』
聖堂で頭を抱える俺に、魔法力充填のためやってきた、ぴーちゃん(赤鞄)が訊く。
「セイクリッド様、わたくしとマーク2様へのお土産が、まさかお話だけということはありませんわよね? あら、マーク2様ったら奥ゆかしいですわ。お話だけで十分だなんて。もう少し、わたくしたちも欲深くあるべきでしてよ」
講壇に立たせたままの案山子のマーク2が、ピカピカと発光して返事をする。それを読み取って、ぴーちゃんのペラペラな投影映像は俺に迫ってきた。
「早くわたくしも新しい物理的身体が欲しいですわね。あら、結構な額が振り込まれましたのね。研究予算に回してみてはいかがですこと?」
実は留守番と言いながら、ぴーちゃんも火山島に行きたがっていたようだな。
「その件に関しては後日、改めて協議いたしましょう」
告げたそばから、大神樹の芽が光輝いた。
『セイクリッド日焼け痕見る?』
『アコ殿! 魂の状態で脱がない脱がないでありますよ!』
『カップル通報ありませんか? すぐ殺しにいきますから』
さらに教会正面の扉も開かれた。
「例の酒を! 一口! 一口で構わないから!」
「おにーちゃ、鞄が元気になったかな? あ! ぴーちゃんだぁ!」
「ちょ、ニーナったら走らないの」
今日も忙しい一日になりそうだ。大神官に休む暇無しだな。
シーズン5はこれにて終了
シーズン6に向けて少しお時間いただきます
お待ちいただければ幸い




