大神官の哲学
「服を脱ぐという行為は平たく申し上げれば、エッチなことです。しかしながら、服は着ていなければ脱ぐことはできません。つまりは服を着ているということによってのみ、その人物が“服を脱いでエッチになる可能性が高い状態”にあるということに他ならないのです。なぜならば、服を着ていなければ脱ぐという選択肢そのものが存在しなくなるのですから。従って服という虚構と虚飾を脱ぎさった姿――全裸とは、逆に、むしろ、限り無くエッチさを廃した“清く潔くより自然な状態”と言えるのではないでしょうか?」
静かな聖堂に声が響く。賛同者の拍手は無い。
講壇に立ち、俺は説法を行った。
今日も信者は訪れない。大神官のありがたいお言葉は、しばらく反響すると最後には天に吸い込まれるように消える。
足下で赤い鞄が独りでに開くと、ひょっこり記憶水晶が顔をのぞかせた。
光が少女の姿を投影した。三次元的な四角さから、平面的なモザイクタイル風のドット絵に進化した、メイドの姿が浮かび上がる。
「正気を疑いますわ。今すぐ専門医の治療を受けることをオススメいたしますわね」
口パクすらしなくなった二次元絵のメイドの毒舌は、本日も厳しいものがあった。
俺は鞄を「よいせ」と持ち上げる。
「ずいぶんと痩せ細ってしまいましたね。横から見ると薄すぎて糸のようです」
「恥ずかしいですわ。そんなになめ回すようにみないでいただけるかしら?」
赤い鞄をさらに掲げつつ、首を上げた。
「しかし、これなら下からのぞき込まれても安心ですね」
「度しがたいほどの変態ぶりですのね」
「いえ、単なる知的好奇心というやつですよ。ところで、ぴーちゃんさんはまた、どうしてそのようなお姿に?」
「あたらしい遊戯の開発中ですの。限られた処理能力を有効活用するために、投影させる姿をよりスマートなものへと洗練した結果がこれですわ」
今はまだカラフルだが、そのうち白黒二色にでもなってしまいそうだな。
「大変可愛らしいですね」
「は、恥ずかしいことを仰らないでくださいます?」
記憶水晶のままでも会話くらいはできるだろうに、ぴーちゃんさんサイドから新しい姿をわざわざ見せたのだ。外見の変化について感想くらいは述べてもよかろうに。
俺は講壇を案山子のマーク2に明け渡した。
最近では、ぴーちゃんをマーク2に背負わせたりなどしているのだが、その件に関してメイドゴーレム(二次元)は「マーク2様にばかり仕事を押しつけてひどいですわね」と、俺に抗議はするものの、取り扱いへの文句は一切出したことがない。
今回もマーク2に背負わせると、ぴーちゃんのモザイク風な姿が壇上に浮かび上がった。
案山子に上書き投影されて、なんともシュールな光景だ。
彼女はさらにドットパターンを変更して、メイドモードからシスターモードに姿を変えた。
「さて、迷える子羊セイクリッド様に申し上げたいことがありますの」
「これはこれは、シスターぴーちゃんさん。なんでしょうか?」
ちなみに着替えるということは、ぴーちゃんも全裸になることが可能であり、今の彼女は脱ぐことができるという、際どい状況にある。
果たして二次元化しても脱げるのだろうか? 興味は尽きない。
ドットパターンが変わり、ぴーちゃんの目つきが鋭くなった。
「なにやらよからぬことを考えましたわね?」
「いいえ、神に誓ってそのようなことはございません。それで、お話というのはいったい?」
シスターぴーちゃんはこちらにお辞儀をする。
ぺらっと張り紙が剥がれるような一礼だ。これ、逆に処理能力を使ってしまっていないか?
「先頃、大神樹の芽を通じて教皇庁だけでなく、世界各地の情報を収集しましたところ……」
「今、さらりととんでもないことを仰いませんでしたか?」
「わたくしは日々、進化を遂げておりますのよ。先日、教皇庁内部の腐敗を調査した時に、こういったことが向いていると自覚できましたし」
ぴーちゃんはもう一度、ぺラリとお辞儀をしてみせた。その滑らかな動きに驚かされる。
ともあれ、俺がお願いしたのがきっかけというなら、ある意味自業自得だな。
「調査方法について、細かいことは後で確認いたしましょう。それで、どのような情報を?」
「マリクハでの一件……上級魔族にして魔王候補と目されたラクシャによる、教皇型巨大ゴーレム乗っ取り事件からしばらく、他の魔族たちは“勇者”とその仲間たちの活躍に警戒を強めたのか、なりを潜めていましたけれど、また、各地で動きが出始めているみたいですわね」
「そうですか。各地の冒険者や教会の司祭たちにお任せしましょう」
管轄外である。俺はこの魔王城前の教会を管理運営するのに手一杯だ。
「魔族の不穏な動きに、百戦錬磨の冒険者はもちろん、希望の象徴たる“勇者”の到来を待ち望む声がいくつも上がっているそうですの」
「アコさんたちのがんばりに期待しましょう」
シスターぴーちゃんの顔が、鬼のようにクワッと牙を剥いた。ドット化でデフォルメされているので、怖いというより「よくできているなぁ」という印象だ。
「セイクリッド様がけしかけずに、いったい誰が勇者を導くというのかしら? この教会が現在の勇者パーティーのホーム教会なのですから、しっかりと指導して差し上げるのが大神官の務めでしてよ」
「ペラペラのくせに生意気ですね」
「あらあら、普段のステラ様やニーナ様の前では見せない本性をさらけ出すなんて、わたくしもずいぶんと信用を得てしまったみたいですわね」
「ええまあ、同じ教会の所属ですから」
身内という感覚まではいかないのだが、ニーナ専属になったとはいえ、ぴーちゃんもあくまで“こちら側”の存在だ。
ぴーちゃんは顔を通常のものに戻すと、ドットで描かれたつぶらな瞳を俺に向けた。
「勇者アコ様御一行は、船に乗ってとある火山島に向かったそうですの」
そういえば、アコもカノンもキルシュにしても、三人とも死んで戻ってはくるものの、冒険者として何に挑んでいるのか語りたがらない。
最近こちらからも訊いたりはしていなかったな。巻き込まれたくないという防衛本能が働いていたのだ。
だが、さすがに距離を取り過ぎてしまったか。
キルシュも勇者パーティーに馴染んで落ち着いたようだし、今度詳しく訊いてみ――
『へいへいへーい! 大神官びびってるー? ボクらのお財布の薄さやばすぎでしょ? 戦慄の軽さは今、未体験ゾーンへ!』
『アコ殿、あまり挑発的なこと言うと蘇生してもらえなくなるでありますよ』
『え? カノン先輩、それどういうことですか? 蘇生されないとどうなっちゃうんです?』
『死ぬね! 魂が溶けて大神樹にすうううっと……勇者のボクが保証するよ』
『保証しなくてもそうなるでありますよ。何度か懲罰放置プレイをされて、自分もアコ殿もろとも魂が溶けかけたことがあるのであります』
『うわああああああああああああああああああ! やっぱり、わたし騙されてませんか? カップルキラーとか冒険者じゃなくて、暗殺者の方がよかったんじゃ……』
話がこじれる前に三人を蘇生することにしよう。




