演技でもない(?)デコ眼鏡デストロイヤー
「ボクを彼女にしたら、毎日楽しいと思うよ!」
言いながら勇者はますますくっつき、胸の谷間に俺の腕は挟まれるような格好だ。
ふにふにとした柔らかい感触は、実に女の子である。
「アコさんは明るく元気ですからね。一緒にいるだけで、その元気を分けてもらえそうです」
「でしょー! あとねあとね! カジノの遊び方とか、出る台とか教えてあげるし。あとはそうだなー、いっしょに美味しいモノを食べ歩くのも楽しいよね! 好き嫌いないし、辛い料理だってどんとこいって感じでさ、それからえっとねー」
と、強烈なアピールタイムの途中で、ステラが俺の腕をぐいっと引っ張り、アコから引き剥がしにかかった。
「あたしが彼女になったら、ともかくすごいわよ! 立ち塞がるモノことごとく灰燼に帰してあげるわ。これから毎日、刃向かう者を燃やしちゃいましょ♪」
「それはなんとも心強いですね。ステラさんの実力には、いつも感服させられてばかりです」
赤毛の少女は上機嫌で尻尾を左右に揺らした。
「ふっふっふ~ん♪ あたしってば、この辺りじゃちょっとした名家だから、一緒になったら一生安泰よ! 遊んで暮らせちゃうんだから」
ちょっとした名家どころか魔王という、魔族の頂点なのだが、アコやカノンがいる手前、さすがに表には出さないか。
アコが俺の身体を引っ張り返した。
「ステラさん、お金持ちならセイクリッドはボクに譲ってよ! それにセイクリッドもセイクリッドだよ? お金目当てって思われちゃうし。お金持ちに略奪されたら、幼なじみのボクはそのあと、山村で独りひっそり生きていくことになるんだけどぉ」
なに言ってんだこいつ。
「幼なじみではありませんし、アコさんの故郷は山村ではなくカジノの街ラスベギガスではありませんか。どこにひっそりとした要素があるのでしょう」
勇者は「バレたか」と、悪びれるでもなくペロッと舌を出した。いたずらっ子、世にはばかる。世界よ、これが勇者だ。
ステラはといえば「お、お金目当てなの? セイクリッドあたしのこと、貯金箱だと思ってたっていうの? 今日まで育んできた絆はどこに行ってしまったの? 一緒にカフェで苦い珈琲を飲んだ仲じゃない!」と、自分から言い出したくせに涙目で俺を見つめてきた。
急造三角関係に、キルシュも首を右へ左へ向けるのに忙しく、しまいに元暗殺者は傘を構えた。
俺の心臓のあたりを榛色の瞳がじっと見据える。
「とりあえず二人の女の子を幸せにするためには、セイクリッドさんを暗殺するのがベストってことですね。この一撃は愛をも貫き、心臓を突き抜けたという結果を因果律がアレしてコレするわけですはい」
後半ふわっとしてるな。それに愛を貫くの使い方も違うのではなかろうか。
そもそも、せっかく俺を殺させないために言いくるめ……説得したのに、元に戻ってしまっては困る。
「わかりました。ここは公平に、彼女役には……」
ベリアルに視線を向けると「こ ろ す♥」という冷たい眼差しが返ってきた。
先ほどあれだけ俺のマッサージに身もだえていたのに、ひどい仕打ちがあったものだ。
となれば消去法である。
「ではカノンさんこちらへ」
非戦闘時においては引っ込み思案というか、俺に対して三歩程度下がり、アコやステラに対しても“見守る役目”になりがちな神官見習いに、俺は白羽の矢を立てることにした。
「じ、じ、自分がセイクリッド殿の……恋人でありますか?」
抜擢に驚いたのか、アコとステラが俺の腕をそっと離して口をあんぐりさせる。
解放された手で俺が招くと、眼鏡の少女はうつむきながら、いそいそと俺の隣に収まった。
「こ、ここ、こんな感じで良いでありましょうか? 彼女の距離感が、い、いまいちつかめないといいますか、なにぶん、こういうのは初めてなもので」
顔を真っ赤にしてカノンはそっと、俺の胸元に頭を寄せてきた。
なにやら冬の寒い夜に、暖を取ろうと身を寄せる小動物のような愛らしさだ。
キルシュが「なんだかイマイチ殺る気が湧いてきません。まるで年齢の離れた兄妹って感じです。燃え上がるようなリビドーがないし、プラトニックな恋愛は、わたしってば承認するスタンスなんですけど」と、ぼそり。
カノンの表情から生気がふわっと消える。
「はははは、兄妹でありますか。セイクリッド殿の妹になれただけでも光栄でありますよ」
これではキルシュの別れさせ屋の状況再現になりそうもない。
放っておくと、暗殺者に戻ってしまいそうだ。
彼女の殺る気スイッチを押すためには、多少の強引さは必要か。
俺は小さく咳払いを挟んでから、カノンに告げた。
「えーコホンッ! そうですね。では、キルシュさんに仲の良い男女と認識してもらうために、ここは一つキスでもしてみましょうか?」
この提案にアコが吼え、ステラが叫び、ベリアルが悲鳴をあげる中、キルシュは再びやる気を取り戻して傘を身構えた。
言われたカノンはといえば、プルプルと小刻みに震えている。
「では、いきますよ」
「え、ちょ、ま、待って欲しいであります心の準備が! じ、自分、ほんとにほんとに初めてなのに……きゃうんッ」
俺はカノンの正面に立つと少し屈んで目線の高さを合わせ、彼女の大きなキャスケットを脱がせた。
そのままそっと吐息がかかるくらいまで顔を近づける。
「は、はううううううう!」
絞り出すような声を上げて、カノンはぎゅっと両目を閉じた。
「これも少々邪魔ですね」
宝石でもつまみ上げるように優しく眼鏡を外すと、もはや彼女を守るものは何も無い。
俺はカノンの前髪をあげて、その額に軽く唇を触れさせた。
「んきゃああああああああああああああああああああああああああああ!」
ビクンと身体をこわばらせ、神官見習いはその場に卒倒した。
ドサリと倒れる寸前のところで、カノンをそっと抱き留める。
「「「くぁwせdrftgyふじこlp――ッ!!」」」
なぜか俺はアコとステラとベリアルとに詰め寄られ、何を言っているのか理解不能な奇声で、罵声らしきものを浴びせかけられた。
恐らく、言っている本人たちも何を言っているのかわからないであろう、混乱ぶりだ。
一方キルシュはといえば、たった独り落ち着いたもので「とんだ肩すかしですよ。世の中のイチャラブと比べたら、今のはノーカンもいいところ。子供だましです。もっとディープにムチューっとしてくれないと、本気を出せませんよぉ」と、こちらはこちらで不平を漏らすのだった。
しかし、おでこくらいで気絶してしまうとは、カノンも修練が足りないな。
結局、カノンが意識を取り戻したところで、改めて今度はキスなしおさわりなし、熱い眼差しで見つめ合うのなしという恋人再現度0%な“恋人ごっこ”をやることになった。
「え、えーと、手を繋ぐのも無しでありますから……ど、どうすればいいのでありましょうか」
「恋人同士の演技の幅については、この際狭いままで良いでしょう。では、キルシュさん、私とカノンさんを別れさせてみてください」
ようやく本題に戻ったところで、キルシュも「かなり物足りないですけど、では、僭越ながら」と、俺とカノンの前に立った。
ドクロの仮面をかぶって、元暗殺者はぺこりと頭を下げる。
「お願いします。今すぐ別れてください」
沈黙がしばらく聖堂を支配した。
三十秒ほど経ってから、俺はキルシュに確認する。
「あの、キルシュさん。それだけですか?」
お辞儀の姿勢のまま、黒髪を縦に揺らしてキルシュは頷いた。
「わたしにはこうして頭を下げるくらいしかできなくて」
「やる気が出ないと?」
「あってもたぶん、こんな感じです。突く方は殺る気でキレも威力も変わるんですけどね」
その物騒な傘の先端をこちらに向けるのやめなさい。
しかし、キルシュは俺をからかっているのだろうか。とりあえずアコに確認しよう。
先ほど取り乱した様子だったアコも、なんとか落ち着きを取り戻していた。
「うん、それそれ。いつものキルシュって感じ。突くか頭を下げるかってね。っていうか、突くのはアレだよ。セイクリッドが相手だからさ」
なので一般のカップル相手には、普通に真面目に頭を下げて頼み込む。
それがキルシュの別れさせるスタイルだというのだ。
未だ一組のカップルも別れさせることができない理由が、大変よく理解できた。
どうやら一から指導しなおした方が良いのかもしれない。
俺はそっと優しく諭すように元暗殺者に告げる。
「頼めば殺されてくれる人もいなければ、頼めば別れるカップルもいませんよ。キルシュさんはもう少し相手の側に立って、物事を様々な角度から見られるような、広い視野を身につけてください」
キルシュはスッと下げていた頭を上げると、仮面のまま俺に返す。
「そんなこと言われても、わたし不器用ですから」
「諦めていては、いつまで経っても不器用なままです。さあ、勇気を出して未来に向け一歩踏み出しましょう」
「ええぇ……どうしていいかわかんないですよぉ」
泣き言混じりでしゅんっと肩を落とすキルシュ――を、庇うように、俺の隣でカノンが口を開いた。
「けど、すごいといえばすごいんですよセイクリッド殿。キルシュ殿が別れさせようとすると、さっきまでケンカしてたカップルの仲が直るのであります。その回復力たるや、大神官が使う完全回復魔法か蘇生魔法のようなのでありまして」
「はい?」
つい素っ頓狂な声が口を衝いて出る。俺は改めて訊き直した。
「あの、なぜそうだと……傍目からみて修復できたとわかるのでしょう?」
これに答えたのはキルシュだった。ピンッと人差し指を立ててから説明する。
「そりゃ、狙うなら弱っている獲物ですから。ケンカしてる二人なら、ちょっとお願いすれば確実に別れてくれると思って、積極的に狙っているんです。なのに……どうして……どうして上手くいかないのですか?」
俺に訊くな自分で気づけ。
というか、これはアレだな。
逆のパターンが入るというヤツだ。殺そうとするほど殺せないキルシュらしいといえば、らしかった。
他にも話を訊けば出るわ出るわ。別れさせるどころか、結果的に仲裁になっていたり、告白できなかった男を無理矢理にでも告白させてしまったり。
キルシュの話を聞き終えて、俺はゆっくり息を吐いた。
「なるほど。ええと……キルシュさん。まだ貴方の努力は実るほどに大きくないのです。今のまま、この調子で精進してください」
元暗殺者は、ほっと胸を撫で下ろす。
「うはー良かったぁ。めちゃくちゃダメ出しされるかと思ってましたけど、じゃあこのままがんばってもう少し粘ってみますね」
アコもカノンもアワアワと口をもごつかせているのだが、俺の意図にステラとベリアルは気づいたらしい。
こうなればいっそ、キルシュには縁結びでもしてもらえばいいのではないか――と。
――後日
それからしばらくの後、試練の愛天使と呼ばれる謎の少女の噂が、国中に流れ始めた。
愛天使は二人の従者を引き連れて、悩みを抱いた男女の前に姿を現すと、無理難題を押しつけるなど“試練”を与えるのだとか。
もし、乗り越えることができれば、二人の愛は確かなものとなり結ばれるという。
今日もこの空に続くどこかで、愛し合う未満な二人の恋路を邪魔しながら、無自覚に縁結びを続ける死神の姿を借りた天使が、心暖まるエピソードを量産しているのかもしれない。
どうしてこうも、勇者パーティーは……いや“最後の教会”にやってくる者たちは、ズレたところで優秀なのだろうか。
これがわからない。本当にわからない。




