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非ッ殺仕事人

「夜分遅くに失礼します」


 専用器具でベランダ側から窓ガラスを丸く切り抜き鍵を開け、スマートに屋敷の二階の部屋へと侵入を果たした。


 もちろん警報器系の結界はすべて無効化済みである。どこに何が仕掛けてあるか、ぴーちゃん経由で抜き取った情報を駆使すれば、種明かしをされた手品も同然だった。


 窓から部屋の中へとスルリと潜り込む。


 煌びやかな天蓋付きベッドの上で、ナイトガウンにキャップをかぶった太り気味の老人が大の字になっていた。寄付金を着服し、贅沢三昧というのは豪華な調度品に彩られた寝室一つとっても丸わかりだ。


 年齢の割に肌にもハリがあり、顔の皺も少なかった。相応の年輪を刻んできたという威厳はまるで感じられず、苦労を知らずに生きてきたように見える。


 調べによると、この男の出自は大商人の家柄で、現在の地位も金で買ったなどと揶揄されていたのだが、あながち噂は本当かもしれないな。


 なにより政敵ヨハネの弟に暗殺を命じるくらいだ。権謀術数を巡らすことに心を奪われ、神への感謝と祈りを忘れてしまった哀れなけものよ。


 そのまま永遠の眠りを与えることこそ、命を狙った者に対しての報復に相応しい。


 だが待って欲しい。死の痛みは一瞬。しかも眠っていれば気づかない可能性すらある。


 命であがなわせるのは簡単である。だが、それでは全てがそこで終わり。


 それで改心できるだろうか? いやできない。できるわけがない。


 反省の機会を奪う真似ができるほど、大神官たる俺は冷酷になりきれなかった。


 それに地獄には生き証人がいてこそ、恐怖は伝播し続けるのである。


 二度とこのような悲劇が起こらないよう、この男の口から世の中に訴えさせる。


 それこそが真の平和的な解決方法と言えるだろう。


 俺は眠ったままの男の四肢をベッドに固定して、その胸をはだけさせた。


 ぐごーぐごーといびきを立てるばかりで、男はこれから始まる宴の準備に気づきもしない。


「では、始めるとしましょう」


 俺はヘビを眠らせたまま、刷毛水車のハンドルを回す。


 ビタンビタンと男の左乳首にヘビの頭がヒットした。


「ん……ファッ!? な、何事……」


 ハンドルを回す手を止めると、素早く口枷ボールギャグを噛ませて男の顔をのぞき込む。


 (´・ω・`)のつぶらな瞳に男は戦慄の表情を浮かべた。


「んご! ふご! ふごおおお!」


「ジタバタもがいても、手足を縛った荒縄が一層きつく食い込んで、余計に苦しくなるだけですよ?」


「んごふー!」


「お目にかかれて光栄です。初めまして、影に蠢く聖職者デストロイヤーです」


 闇の闘衣を身にまとい、忍び寄る混沌と破壊の使徒――(´・ω・`)


 男の瞳に涙が浮かぶ。懇願する瞳は恐怖に怯えていた。が、構わず俺は鼻フックも装着させた。


 醜く歪む豚鼻から、ふごふごと息が漏れる。


「貴方は大神官でありながら、志しを同じくする優秀で前途洋々なる若者に、何かの間違いで刺客を放ってしまいましたね」


「んぐんぐごご!」


 男は首を左右に振った。


「これからゆっくりとお話できるように、この毒蛇水車を使います。すぐに口枷は外して差し上げますので、ご安心ください」


 俺は休眠状態のヘビたちに覚醒魔法を使った。


 キシャー! と、ヤマタノオロチのようにそれぞれのヘビが鎌首をもたげてうねりだす。


「んぎー! んごごごごー!」


「噛まれると五秒で死ぬ毒蛇です。貴方も大神官であれば解毒魔法はお得意でしょう。今からこの水車を回して、貴方のことを噛ませます……というか、もう一匹目が食らいつきましたね」


 初級風刃魔法で口枷を固定している革ベルトを切り裂くと、男の頬に切り傷が浮かび上がった。


「おっと失礼。少々力が入ってしまいました。さあ、解毒魔法をお使いください」


 俺に言われる前に、ナンバー2の大神官は解毒を施した。


「では次のヘビを噛ませましょう」


「い、いったい何が目的……ひいぃ!」


 ヘビはピンポイントに男の左乳首の辺りに毒の牙を突き入れた。


 俺は指折り数えて5、4、3とカウントしながら告げた。


「貴方の罪を告白し許しをこう機会をお与えしているのです」


 ヘビの毒に対して男は解毒魔法を使う。と、すぐに次のヘビへ。


 ハンドルを回せば毒も回るという愉快な……もとい、使っている俺自身も心の痛む恐ろしい道具だ。


「やめろ貴様なにをす……うぎゃあああ!」


「声が大きいですよ。それと魔法力は温存しておくことをオススメします。夜は長いですからね」


 ハンドルを回せば新しいヘビが噛みつき、男に解毒魔法を強要した。


「き、貴様ぁ……こんなことをしてタダで済むと思っているのか!? 反教皇派はわしひとりではない! 誰かが必ず貴様とあのアバズレを引きずり下ろし、汚泥にその顔を沈めてくれる」


「貴方と結託した他三名の大神官でしたら、もう説得は終了しています。大聖堂を飾るオブジェとして、明日の朝には神官や信徒たちの目を楽しませてくれるでしょう」


「なん……だと……」


 男の顔が青ざめる。決してヘビの毒の影響ばかりではなさそうだ。


 俺はハンドルを回す手を止め、迫った。(´・ω・`)


「正式に暗殺指令の撤回をしてくださると、約束できますね」


「し、知らぬ。私は知らぬぞ」


「約束していただくまで、私はこの水車を回し続けなければなりません」


 次のヘビをけしかけると、男は醜く悲鳴を上げた。


「ぎいやあああ! 誰か! 誰かいないのか!?」


「皆さん、今夜はぐっすりとお眠りのようです」


 駆けつけそうな守衛は全員、俺の手刀で気絶済みである。


「く、クビにしてやる! いや、責任問題にして全員極刑にし……ぐあああ!」


「そういうところですよ」


 何か男が言う度に、新たな毒蛇が死に至らしめるエキスを注入し、それの解毒に男は手一杯だ。


 脂汗をかきながら、呼吸も荒い。何かのプレイじみてきた。


「では洗いざらい、お話ください。包み隠さずに。嘘をつくとためになりませんから」


 水車の回転速度を上げると、ヘビが次々と噛みついては離れ、様々な毒素が男の身体を蝕んだ。


「ま、待て待て! 魔法力が……解毒魔法が使えなくなったら……わ、わしは……」


「怖がることはありません。天の国は貴方のすぐそばに近づいてきています」


「いやだああああああ! 死にたくないいいいいいいい! 頼む! なんでもする! いくら欲しい! もう貴様らに手出しはせん! お願いだ! 助けてくれッ! 謝れというなら何度でも謝る! この通りだ!」


 これではまるで俺の方が悪人のようではないか。はなはだ心外である。


 間違い無く俺が、俺こそが教皇庁の権力者から命を狙われたのであり、誤解を解くためにも、こういった方法を採らざるを得なかった。


 圧倒的に被害者なのは俺の方である。


 恐ろしい暗殺者に狙われ、その父親には殴打され続けた痛みに比べれば、毒蛇をけしかけられるくらいどうということはないだろう。


 決して、趣味でこういったことをしているのではないことも、併せて訴えておきたいところだ。




 ナンバー2の大神官の魔法力が尽きてからは、こちらで死の秒読みをしつつ4.99秒のところで解毒すると、後はもうせきを切ったように男は何でも話し始めた。


 言葉さえ通じ合えば、心も通じ合わせることができる。


 ああ、人間って素晴らしい。


 そんな俺の自信は今宵こよい、確信へと変わったのである。


 最終的には口から泡を吹いて白目を剥いてしまったため、この素晴らしい対話の時間は五分と続かなかったのが心残りでならない。


 気絶した男の拘束を解くと転移魔法で一緒に大聖堂前まで跳び、俺は先に説得を済ませた三名と合わせて、聖堂内にナンバー2を逆さ吊りにして縄でぶら下げた。


 ナンバー2345が並ぶ姿は壮観だ。


 赤い荒縄が全身を蜘蛛の糸のように絡め取り、ちょっとした芸術アートの気配すら感じられた。


 さらに、彼らの不正の証拠を告発する書類や文書も用意しておいた。そっと添えておく。


 最後に立て看板を設置する。




“私たちはこういうプレイが大好きな変態マゾ豚です。大神官になってすいません生まれてきてごめんなさい”




 四人全員、漏らさず左の乳輪がヘビの毒素でぷっくり肥大化……もとい、彼らは罪を自ら恥じて告解したことにより、その胸に聖痕が揃って花を咲かせたように浮かび上がったのだった。


 大聖堂の中心で、ぶらんぶらんと振り子のように揺れる四つの神官オブジェクトを見上げつつ、彼らの罪の告白が神に届くことを祈って、俺はそっと静かに十字を切った。




 翌朝――


 反教皇派の主要四大神官が懺悔する姿が、朝の祈りに大聖堂へと訪れた、多くの神官と信徒たちに目撃された。


 保護された四人は何があったのか、揃って口をつぐみ真相は闇の中だ。


 が、それはそれとして、教皇庁は彼らの罪の証拠の検証に入る。


 彼らの失墜は避けようもないだろう。


 またナンバー2から極秘裏に出されたとある神官への暗殺指令は、命令系統の手違いによる間違いとして、完全撤回された。全責任をナンバー2がかぶる形で。


 これらの事件に関して教皇ヨハネは「大変痛ましいことですが、人は自らの過ちを認めることで何度でもやり直すことができるのです。とはいえ、犯した罪には厳正なる裁きが下されるでしょう」とコメントを残している。


 もしかすればヨハネによって煽られた反対派が暴発したのやもしれない。


 彼らを一掃するために俺をダシにした可能性は否定できないものの、それを本人に直接確かめようにも「偶然って怖いわねぇセイくん」と、教皇聖下にはぐらかされるのは目に見えていた。


 いい加減、弟離れできないのだろうか、あの姉君は。

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