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大神樹管理局:設備開発部便り ~新製品のお知らせ~

『大変お待たせいたしました。辺境の教会にて司祭のお勤めご苦労様です。今回、大神樹管理局:設備開発部が皆様のため、いえいえお困りの貴方のためにご用意したのが、こちらの製品となります。信者獲得に説法だけでは自ずと限界もあるでしょう。辺境地域に教会はあっても、聖堂はミニチュアのごとく小さく、オルガンの鍵盤が一つや二つ無いことだってしばしば……もう大丈夫です。我々が持ちうる技術の粋と叡智を総動員して、本日より貴方の元に、王都は教皇庁にそびえ立つ大聖堂をお持ちいたしました。是非活用し、さらなる信仰の輪を広げることにお役立てくださいませ。もしよろしければ、使用感や改善点などお寄せいただけますと助かります。敬具――設備開発部より』




 待ってない。全然待っていないというのに、銀色の金属箱型ケースが三つ、大神樹の芽を通じて“最後の教会”に送り込まれた。


「なになにー? あ! また記憶水晶かしら? それとももっとヤバイブツ?」


 たまたま姉妹で遊びに来ていたステラとニーナに見つかってしまったのが運の尽きだ。


 ちなみに、届いた金属ケースは猫が丸まって寝るのにちょうど良い程度の大きさだった。


 それが三段、重箱のように重なっている。


 未開封のまま教会の裏手に埋めてしまいたいところだったのだが、さっそくステラがケースをぺたぺた触って指紋をつけまくった。


「早く開けてよ! もしかしたら、ぴーちゃんに関係するものかもしれないわよ」


 赤毛の少女の言葉に、ニーナが「ほ、本当ですかおねーちゃ!」と、瞳をキラキラ輝かせる。


 ちなみに、ぴーちゃんの入った赤い鞄はといえば、大神樹のそばにそっと置かれていた。


 隣には案山子のマーク2を立たせてある。


 本日、ぴーちゃんは休日だ。大神樹から受ける魔法力がフル充填されるまで、彼女が目覚めることはないだろう。


 ちなみに、ニーナにはこれまでとかわらず、ぴーちゃんは別の場所でお仕事中という設定が継続中である。今日のような、ぴーちゃんの充填日は「遠距離でお話するための魔法力を、鞄に溜めている」ということになっていた。


 金属製の箱が届いて、幼女は嬉しそうに目を細めた。


「もし、ぴーちゃんにプレゼントだったら、ぴーちゃん喜ぶね! あ、だけど受け取りに帰ってこなきゃ。ぴーちゃんはお忙しいから、戻ってこられるかなぁ。しゅっちょー早く終わらないかなぁ」


 このままでは単身赴任の夫を待つ新妻劇場(幼女版)が開幕しかねない。


 俺は小さく咳払いを挟む。


「ぴーちゃんさんのものなら、そのようなメッセージが添えられるでしょう。おそらくまったく関係ないかと。私としては返品してしまいたいのですが、どうしても開封しなければいけませんか?」


 ステラが腰に両手を当てて「もっちろん!」と、胸を張る。


 今の所、開発部の打率は十割だ。確実に変なモノが入っているのだが、仕方あるまい。試作品のレポートを書いた分だけ、何かあった時にはこちらもお願いしやすくなるのだし。


 念のため、ニーナに防御魔法を一通りかけ尽くしてから、俺は金属ケースを開いた。


 毒ガスを噴いたり爆発したり、洗脳電波ソングが流れだしたりすることもなく、入っていたのは長方形の小箱のようなものである。


 使い方の説明書が添えられていた。小箱は双眼鏡のようであり、一緒に頭部固定ベルトと小さなスティックが二本入っている。


 ステラが小箱を手にして様々な角度から検証する。


 ほぼ長方形だが、一面が目を覆うような形状でくぼんでいた。


「なにかしらこれ? ゴーグルみたいだけど、顔にこうやってつけても……きゃあ! え? うっそ……なにこれすっごいんだけどぉ……はえぇ……綺麗ねぇ」


 のぞき込むなり赤毛の少女は驚きの声を上げ、それっきり箱の中身に見入ってしまった。


 ステラの足下でニーナが両手を挙げて「ニーナも! おねーちゃ! ニーナもやりたいからぁ!」とせがみだす。


 残る二つの箱の中身も同じ内容だ。


「ニーナさんの分もありますから、安心してください。と、その前に危険がないか私も確認しておきましょう」


 俺も小箱を顔に押しつけてみると、顔の形に合わせて勝手にサイズ調整がされるらしく、ぼやけることなく視界いっぱいに広がったのは、俺も良く知る光景だった。


 教皇庁が管理する王都最大の大聖堂カテドラルだ。


 天才芸術家にして建築家だった聖人指定されし偉人の設計から、百年かけて作り上げられた荘厳美麗なる巨大建造物は、世界最大級の宗教建築物と言えるだろう。


 まあ、とにもかくにも見れば圧倒されないものはないという、最強の教会――それが大聖堂だ。王族の冠婚葬祭も執り行われる大聖堂の中に、迷い込んだようだった。


 色とりどりのステンドグラスと、空を埋め尽くすような天井画によって、大神樹と繋がった天の世界が再現されていた。


 こんな小さな箱の中で。仕組みはわからないが、恐らく幻影系の魔法を応用した技術なのだろう。


 それにしてもよくできている。本物を知っている俺が騙されそうなくらいに、本当に大聖堂に足を踏み入れたような感覚が再現されていた。


 箱を手で持ったまま、前後左右をキョロキョロ確認する。


「なるほど、連動しているようですね」


 顔の向きによって見える方向も再現されるらしい。没入感がすごいなこれは。


 と、つい見入っている俺に、ニーナがむぎゅっと抱きついてきた。


「おにーちゃずるいー! ニーナが二番目なのにー!」


 俺は小箱を顔から外して小さく頭を下げる。まあ、危険なものではないだろう。


 むしろニーナには、社会科見学になるかもしれない。


 設備開発部にしては、ずいぶんまともなものを作ったじゃないか。


 辺境の小さな教会では、光の神の偉大さを伝えきれない。ならば、こういった魔導具で実際に訪れなくとも体験できるようにしようというのだ。


「すぐにニーナさんの分をご用意いたしますね」


 すでにステラはベルトを使って小箱を頭に固定していた。山羊か羊のような角が邪魔をして装着に四苦八苦している間に、俺はニーナに小箱を装着させる。


「わあああ! すっごく綺麗! ここは天国ですかおにーちゃ?」


 実に素直な反応に「ええ、光の神の国を地上に再現したもの……王都にある大聖堂です。本物と同じ美しさですね」と、俺は大神官らしく答える。


 と、ようやくセットアップを自力で済ませたステラが声を上げた。


「じゃあじゃあ! あたしとニーナを案内しなさいよ!」


「わーい! おにーちゃガイドさんですか?」


 箱を着けたまま、姉妹で別々の方向を向いて二人は俺に告げる。


「っていうかセイクリッド! これ歩けないんだけど!」


「恐らく一緒に入っていた短杖を使うのでしょう」


「あっはっはっは! おねーちゃ真っ白だぁ」


 ニーナがステラの方を向いて笑う。それに気づいてステラもニーナと見つめ合った。


 箱と箱ごしに視線がぴたりと合う。


「あら? ニーナだって白いローブ姿じゃない。いつ着替えたのかしら?」


 どうやら箱の中の大聖堂では、二人は信者のローブ姿になっているようだ。


 ニーナが突然声を上げた。


「あ! おねーちゃいいなぁお散歩できて」


「ふっふーん! この杖みたいなのを倒した角度によって歩く方向とか速さが変わるみたい!」


「ニーナもぉ! おにーちゃニーナも歩きたいのです!」


 すぐにニーナの手にも、左右それぞれに短杖を持たせると、キャッキャと笑ってニーナは杖で移動し始めた。


「おねーちゃ鬼ごっこなのです! ニーナが鬼だぞ食べちゃうぞー!」


「きゃー! 逃げなきゃ!」


 二人とも立ち止まったままなのだが、杖の傾き方からしてフルスロットルで大聖堂の中を駆け回っているようだ。実際にそんなことをしようものなら警備の人間がスッ飛んでくるだろうが、そこまでは再現されていないらしい。


「まてまておねーちゃ! がおおお!」


「ちょ! ニーナ動き速すぎ! あーん、もう掴まっちゃった」


 二人とも一歩も動いていないのに、興奮しすぎて息が切れていた。


 端から見ると、やはりとてもシュールな光景だった。


 ステラが箱を顔につけたまま声を上げる。


「ほら! セイクリッドも早くこっちの世界に来なさいよ!」


 このままだと大聖堂鬼ごっこだけで終わってしまいかねない。


 魔王姉妹に紹介することになるとは夢にも思わなかったが、今日は観光ガイドを務めることにしよう。


「承知いたしました。少々お待ちください」


 俺も装置を再び装着した。実際にはすぐ近くに立っているはずのステラとニーナだが、あちらの世界では剣闘士の試合場がすっぽり収まるほどの広い聖堂内を、白いローブ姿の二人がいったりきたりしていた。


 さてと、どこから紹介したものか。もし大聖堂の外にも出られるなら、庭園や教皇庁舎の見学も良いかもしれないな。


 魔王が王都に進軍する時に参考になりそうな情報漏洩待った無しだが、こんなものを魔王城前の教会に送ってきた開発部さんサイドの責任ということにしておこう。

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