王女様の願い
笑っているのは王女様なのだが、なぜかラステが俺に対してムッとした顔になる。
「いつかこのぱいせんはおれが倒す! それまで誰にも負けるんじゃないぞセイクリッドぱいせん!」
「あとで仲間になるタイプの敵ですか貴方という人は」
これがツボに入ったのか、しばらくクラウディアはお腹を抱えて過呼吸気味に笑い続けた。
引き笑いが収まると、こぼれ落ちそうな涙を指で拭って王女は俺の顔を見つめる。
「お見合いのはずなのに、セイクリッド様を突き落としてごめんなさい。ご破算ですよね」
元から成立すると俺も思ってはいなかった。
「成立したならしたで、私はそれでも良かったのですが」
ふとラステを見る。お見合いを破壊しようとしていたはずなのに、少年はクラウディアの両手を包むように握り込んだ。
「結婚詐欺未遂の現行犯ね! ようこそ大神官被害者の会へ! 王女様は悪くないッスよ! セイクリッドぱいせんが勝手に船から落ちただけ! そうッスよね~ぱいせん?」
「そういうことにしておきましょう」
何度か魔族や姉や、教皇庁内の反教皇派の刺客に命を狙われた俺である。
今さら湖に突き落とされたくらい、どうということはない。
が、王女様の場合、今回が初犯であったなら更生の機会は与えられてもいいはずだ。
「というわけでラステ君、貴方が言い出したことでもあるのですから、今日の一件はくれぐれも他言無用でお願いしますね」
「わ、わかってるってばよ! 王女様は心配しないでいいからね! マジで!」
大神官の敵ながら、女の子が困っていると助けようとしてしまうあたり、イケメン感がにじみ出ているのだが、正体は魔王な上に女子である。
クラウディアは耳まで赤くなった。
「あ、あの……じゃじゃじゃじゃじゃあラステ様……わたしのお婿さんになってください」
「え?」
「セイクリッド様に振られて傷心のわたしを、慰めてくださるその優しさに打たれました」
俺はラステにニッコリ微笑んだ。
「だそうです。まさか一日に二度も振られる悲しみを、王女様に味わわせるなんて残酷なことがラステ君にできるでしょうか」
ラステまで顔が熟れたトマトすら青く見えるほど真っ赤になった。
「え、えっと待ってちょっと待って落ち着いて。いったんここは冷静になろう! うん、はい深呼吸して。スー……ハー! え、ええと王女様。おれはほら全然ダメだから。神官見習いだけど落第寸前っていうかもう見込みゼロ!」
「でしたら、ぜひ王族になってください」
「いやいやいや、とはいえね、おれにも夢があるんですよ。いつか超ビッグになるっていうドリームが!」
「なら、わたしも王族をやめてラステ様についていきます。夢を叶えるお手伝いをさせてください」
「み、見てないで助けろセイクリッドぱいせん!」
こういうときだけ目上を頼るの、よくないと大神官は思いました。
それにラステは混乱して気づいていないようだが、迫る王女様に先ほどの……俺の筋肉を見たいという本気の願望みたいな覇気が感じられない。
俺は咳払いを挟んでクラウディアに告げた。
「お戯れはそれくらいで、どうかご勘弁ください」
「あ、えっと、ごめんなさい。つい、わたしもお二人みたいなやりとりをしてみたくて……」
俺とラステの足の引っ張り合いが、どうやら王女様には楽しげに見えるらしい。
赤毛の少年が目を丸くした。
「え? じょ、冗談ってこと!? あーもう王女様も人が悪いなぁ」
「お婿さんというのは冗談ですけど、あの、お願いがあります」
つい、俺もラステも身構えた。サロンのどこにも突き落とされるような場所はないのだが、王女様のお願いという言葉の残した爪痕は、未だに生々しいものがある。
クラウディアはラステに手を差し伸べた。
「お友達になってくれませんか? こんなわたしですが……」
「あーはいはい、そういうことね。っていうか、一緒にボートに乗って遊んだんだし、もうおれら友達じゃん?」
軽薄キャラそのままに、ラステは王女様の手を握り返して上下に振った。
「あ、ああ、ありが、ありがとぅございますう」
同時に王女がぽろぽろと涙を落とし始めて、ラステが再び固まったのだが……まあ、友達ができたことがよっぽど嬉しかったのだなと、思うより他無かった。
夕暮れ前には服も乾いて、俺は着替え終えると山荘の玄関から外に出た。
本心を明かしてからは、また元の淑女に戻ったクラウディアが、わざわざ外まで見送りについてくる。
「ラステ様……お手紙書きますね」
「様はいいってクラウディアちゃん」
「ちゃ、ちゃん!? あ、あああ、ありがとうございます。今度はお一人ではなく、あ、ええと、今日もお二人でしたけれど、教会のお友達の方々も連れて遊びに来てくださいね。泊まりがけも大歓迎ですから」
せっかく戻ったのに、ラステの一言で王女様はまたしても涙目だ。
結局どういうことだったのかといえば、クラウディアも俺と本気でお見合いをするつもりはなかったのである。
王女様は教皇にそそのかされたらしい。
『良い体している大神官に興味無い? 実は職場の人気者で友達もいっぱいいるのよね。王女様、前に友達欲しいって言ってたでしょ? 女の子と仲良くなる能力に関しては、大神官セイクリッドの右に出る者はいないのよ! 仲良くなれば色々教えてもらえるかもね』
と、まあそんな感じだったようだ。
全部教皇が悪いのだが、結局ヨハネの目論見通り、ラステはもちろん俺もクラウディアの“お友達”になった。
ラステが「え、えっと手紙ね! オッケーまかせて! セイクリッドぱいせんの日常を赤裸々に報告するから!」と、少年は王女の願いを安請け合いした。
「た、楽しみにしてます」
目をキラキラさせる王女様の楽しみを奪うことはできないが、大神樹の芽の転送を使ってやりとりをするであろう手紙の内容については、もれなく検閲が入るだろう。
大神官の仕事が一つ増えてしまったな。
帰りは転移魔法であっという間に“最後の教会”前に戻ってきた。
まだ少年の姿のままだが、口調は元のステラに戻って魔王が俺に訊く。
「王族になりそこねたわね?」
「もったいないことをしたかもしれません」
「大丈夫責任とってあげるわよ。魔王も王様なんだし、転職して永久就職するなら是非、我が魔王城へ! アットホームな職場でっす!」
ペロッと舌を出してピースサインを目の縁にあてて見せる魔王様に、俺はそっと背を向け教会に戻る。
「あ! ちょっとスルーなの!? ひどくないリアクションちょうだいよおお!」
魔王城前に少年の悲痛な叫びがこだました。




