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魔王様の 初 体 験♥

 酒蔵のそばで酒宴が始まった。


「さあ呑めや歌え~! 神が許す!」


「「「「もっきゅもっきゅ~!」」」」


 成人とおぼしきモキュップル族が集まり、ござを敷いてどんちゃん騒ぎだ。


 密林で採ったとおぼしき木実や果実がずらりと並び、トウモロコシの粉を水で溶いて焼いたパンなどが振る舞われた。


 俺もステラもござに正座して、神の両隣でご相伴にあずかっている。


 ござの上にあぐらをかき、陽気に笑って酒の入った盃を空にするとベリアルに、入れ替わり立ち替わりモキュップルたちがお酌をする。


 さらにシロヒゲがステラの元に杯とトウモロコシ酒で満たされたテラコッタの水差しを手にやってきた。


「どうぞ どうぞ」


 盃を持たされて魔王様は困惑気味だ。


「え? ちょ、ちょっと……」


 途端にベリアルが泣きながらステラにすがりつく。


「おお! 我が民の酒を呑んでいただけませんのかー!?」


 上司に絡む泣上戸。これはやっかいだ。しかし、すっかりベリアルはモキュップル族の神のつもりらしく、我が民とまで言い切ってしまった。


 岩壁の石像の元になった本物の神(?)には悪いが、ベリアルもモキュップル族たちも幸せなら、一時名前を貸していただくのも良いかもしれない。


 ステラの盃にトウモロコシ酒がなみなみ注がれる。


 未成年の飲酒は教会が禁じているのだが、あくまで人間のルールでしかなく魔王はその管轄外だ。


 困り顔のステラが俺に視線で助けを求める。


「よろしいではありませんか。せっかく歓待してくださっているのですから」


「じゃ、じゃあちょっとだけ」


 赤毛の少女はちびりとトウモロコシ酒に口をつけた。




 ――五分後。


 ステラは盃の半分程度でダウンして、スヤスヤと寝息を立て始めた。


 どうやら酒には弱いらしい。


「「「「いっけにえー! いっけにえー! やっきーにく! やっきーにく!」」」」


 巫女が寝入ると、とたんにモキュップル族が十人がかりで、ステラを胴上げするように掲げて祭壇に運ぼうとした。


 意外に蛮族モキュップル。


 山羊のような羊のような角は生えているが、魔王の丸焼きはいかんだろ。しかし、肉を食うということは、武器はなくとも狩猟の習慣もあるらしい。罠でも使うのだろうか。


 もしくは彼らは攻撃魔法の使い手で、戦いや狩猟においては武器を必要としないのかもしれない。


 と、考察している間にステラのドレスが脱がされそうになった。


 俺が止めるまでもなく神が仰せられる。


「宴のご馳走にわたしは満足している。その必要はない! 寝かせておけ!」


「「「「ははー! かみさまー!」」」」


 すっかり神様が板についたベリアルだが、酒の勢いを借りていることを忘れてはなるまい。


 とはいえ、これで一安心だ。


 頃合いをみてステラとベリアルは転移魔法で“最後の教会”に送り、モキュップル族には「神は貴方がたの祭りに満足なされました。再び千年の平和がこの地にもたらされるでしょう」とでも言って退散しよう。


 大神樹の芽については後日、ステラに手伝ってもらって焼却……そんなところか。


 と、考えもまとまったところで、ベリアルが俺の首にぐるりと腕を巻き付けて、顔を近づけた。


「呑んでいるか神官よ?」


「もちろんですとも」


 トウモロコシ酒は水路の流水で瓶や壺ごと冷やされていて、密林歩きで乾いた身体に染みこむまさに“命の水”だった。


 酸味は適度で、独特ながらも甘味を感じる。モキュップル族は酒造りが得意なようだ。


 あのご神体の女性も、ベリアルと同じように酒好きなのかもしれないな。


 ベリアルが俺に頬ずりしてきた。


「セイクリッドよ! 今日は楽しいな! ああ、酒を自由に飲めるのは愉快だ! こうして、きさまという話し相手もいれば申し分ない」


「まあ、世間の目というものがありますからね」


 ここなら多少のことは「かみさま~!」で済んでしまう。


 先日の賢人超会議で試飲会に行きそびれたあたりから、ずっとベリアルも鬱憤うっぷんを溜めていたのだろう。


「今日は吐くまで呑むぞー!」


「「「「かみさまー!」」」」


 歓声を上げないでくれモキュップル族。


「暑くなってきたな! もっと酒をもってこーい!」


 立ち上がるとベリアルは鎧を脱ぎ捨てた。


「「「「かみさまー!」」」」


 そしてボディースーツのような鎧下にまで手を掛ける。


「服など不要だあああ! というか、セイクリッド……脱げ」


「はい?」


「見るがいい! 我が民は裸ではないか?」


 体毛に覆われているのだが、言われてみればそうである。


 モキュップル族は腰蓑すらも身につけていなかった。


「民たちよ! 神官を脱がせるのだ!」


「「「「もっきゅもっきゅー!」」」」


 俺に殺到するモキュップルと、笑いながら脱ぎ出すベリアル。


 力で抵抗して彼らを傷つけるわけにもいかず、俺は神に懇願した。


「すみません。パンツだけは勘弁してください」


 必要に応じて脱ぐことはあるのだが、こういった脱がされ方をするとは不覚である。




 寝付いたステラは脱衣の対象外となり、俺はかろうじて下着だけは死守し、ベリアルに関しては「きさまが上を脱いだのだから」と、豊満な胸をおしげもなく晒してしまった。


 この時のモキュップル族たちの歓喜と歓声と崇拝の眼差しは、平穏な台地を揺るがすほどだった。


 あぐらを掻いたままモキュップルたちと肩を組み、胸を振るわせ歌うベリアルは、なんとも幸せそうだ。


 あとでベリアルが正気に戻ったところで、今日の出来事を語るのが実に楽しみである。


 歌詞などないに等しいが、もきゅもきゅという歌声は空が茜色に染まるまで高らかに響き続けた。


 かがり火が焚かれて、宴はまだ終わりそうにない。


 と、その時――


 赤く染まった夕霧の向こうに、巨大な鳥のシルエットが浮かび上がった。


「ケーッケッケッケッケ! 忌々しい聖なる力を消してやろうと想って来てみれば、こんなところに集落があるとはな! どーれ、聖なる力を封じたあとで、オレサマがじっくり蹂躙じゅうりんしてやろう!」


 甲高い怪鳥の鳴き声を響かせて、白い頭に黒い目をした扇鷲顔の魔族が降り立った。


 モキュップル族がトウモロコシ酒の入った盃を手に、よちよち歩きで魔族に向かう。


「いけません!」


 俺の制止も聞かず、住人が魔族に盃を掲げた。


「もう命乞いかよつまらんなー」


 黄色いかぎ爪のような手が、モキュップル族を殴り飛ばした。


 軽く払うような動きだが、モキュップル族はゴム毬のように跳ねて石畳に転がった。


 すぐに立ち上がり、俺は回復魔法で治療を施す。


 新芽の気配に引き寄せられたか……とっととお引き取り願うとしよう。


 二度とこの台地に近づけないよう、心に大きな傷を残して。


 その扇のように広がった頭の羽、一本残らず抜いて燃やしてくれる。


 と、俺が口にするよりも先に、神は立ち上がった。


 大ぶりな胸の果実をぶるんと揺らして。


「きさま……許さぬ……我が民の友好の盃を拒否するだけでなく……傷つけるとは万死にあたいするっ!」


 半裸のままベリアルは三つ叉の槍を構えた。


 俺はシロヒゲに「今のうちに皆さんを避難させてください」とお願いする。


 が、仲間が打たれたことがショックなのか、モキュップル族はその場でプルプル震えて動けなくなっていた。


 怪鳥魔族が声を上げる。


「ケーッケッケッケッケ! オレサマはただいま売り出し中の妖翼魔王ガルダーン様だ! 乳丸だしの痴女め! たっぷりかわいがってやるぜぇ!」


 事実なので反論のしようもないのだが、痴女と言われたベリアルは声を荒げた。


「わたしは神だ!」


「いかれてんのか? ケケッ!」


 いや、神なんですよ彼女はこれでも。


 上半身フリースタイルだとしても。


 ともあれ、ガルダーンの力がどれほどのものかはわからないが、俺は震えてすくんで動けなくなったモキュップル族に、心を静める精神安定の魔法をかけながら、避難誘導を進めた。


 シロヒゲが震えながら俺に訊く。


「か、かみさま……だいじょうぶ?」


「ええ、皆さんが信奉する神様は、大変お強いですから心配ございません」


 もちろん、神が危機になれば仕える神官がそれを支えるのも務めだということを、ここに明記しておこう。

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