やベ神
神は神らしく、玉座に腰掛けてふんぞり返ったままでも良かったのだが、座ったままのベリアルはお尻をムズムズさせて落ち着かない様子だった。
「神は民の働きぶりを視察なされたいご様子です」
俺が告げると、神と言葉を繋ぐ者――シロヒゲが両腕を万歳させる。
「もきゅ! わかったもきゅ! あんないするもきゅ!」
もっきゅもっきゅと短い足をせかせか動かして、シロヒゲが村をぐるりと一周案内してくれた。
ステラはすっかり観光気分だが、集落には店らしい店もない。ニーナへのお土産を買い物できないことだけは不満だという魔王様の言葉に、ふと気づく。
そもそも貨幣が流通しているのだろうか? シロヒゲに訊くと「おかねは知ってるもきゅ!」とのことだった。
貨幣経済の概念を知っているのだが、この共同体には必要がないため廃れたらしい。
田舎の農村でも冒険者を受け入れる宿屋兼酒場兼道具屋くらいはあるものだが、モキュップル族の村にはそもそも来訪者がいないようだ。
台地のほとんどは田畑で、トウモロコシなどを栽培している。水の流れを利用した水車を使って乾燥させた穀物を挽いて粉にして貯蔵し、薄いパンにして食べるのだとか。
それ以外の恵みは密林から分けてもらうという考え方らしい。
漁師が海に出るように、定期的に密林に降りて採取に出る。その時も武器は持たないというのだから驚きだ。
集落には城壁など外敵への備えはなく、農耕具を作る鍛冶職人はいるのだが、武器という概念すら存在しなかった。
「とってものどかね。争いとか起こらないのかしら?」
畑に働きに出るモキュップル族たちは、手を繋いで歩いている姿が散見された。
子供たちはキャッキャと楽しげに声を上げて、追いかけっこやかくれんぼをしている。
小さな子が転べば年長らしき子が手を差し伸べた。
「楽園のような暮らしぶりですね」
働き、食べ、遊び、眠る。モキュップル族には、この箱庭のような台地で事足りるのである。千年それで暮らしてこられたのなら、この先も同じ暮らしを続けられそうなものだ。
大神樹よ。とんでもないところに新芽を出したものだ。
村の暮らしぶりを見るまでは、どう教化しようと思ったのだが……こんな光景を見てしまったら、そっとしておきたくなるのが人情というものである。
ステラが首を傾げた。
「あれ? セイクリッドどうしたの? さっきまであんなに悪そうな顔してたのに、毒が抜けて浄化されたみたいな表情じゃない?」
「私は普段通り、何も変わっていませんよ」
俺とステラがそんな会話をしている間、神様ことベリアルの周囲にはいつの間にか、村の子供たちが集まっていた。
「かみさま~! かみさま~!」
足下にまとわりつく無邪気な子供たちに、シロヒゲが「かみさまこまってるもきゅ! おさわりきんし!」と、注意するのだが――
「か、かまわない……。わたしがゆっくり歩けば良いだけのことだ」
ベリアルの言葉に子供たちはキャッキャもきゅもきゅと喜んで、隊列に加わった。
修道院の幼等部でよく見られる光景だ。上級魔族にとっては遺憾かつ不名誉なことだろうが、案外、そういうのもベリアルには似合うかもしれない。
村を一巡りして、俺はおおよその考察を頭の中でまとめた。
シロヒゲにそれとなく村の成り立ちや建物についても確認したのだが、彼らが自ら生み出したという感じではなく、神によって与えられたものだという。
であれば祭壇の神像が人間型だったのも、彼らモキュップル族をこの台地に導いた古代人の姿を残したものなのかもしれない。
絶壁に彫られた神像の保存状態の良さについても「かみさま わすれないためもきゅ」と、定期的に女神像の補修を行っていることが確認できた。
大変義理堅いというか、信仰に厚い種族である。
何か裏があるのではないかと勘ぐりたくなるほど、真っ白だ。
いつの間にか、ベリアルは集まった子供たちを一人一人肩車していた。
「もっきゅもっきゅー!」
「もっももっきゅ!」
「もきゅきゅー!」
子供たちの輪の中でベリアルは「みな順番だ。心配せずともわたしは逃げも隠れもしない」と、立派に神を演じている。
というか、保育士だな、これだと。おかげでシロヒゲが子供たちが何か神の怒りを買わないかと、心配であたふたする始末だ。
ステラが眉尻を下げて笑った。
「ねえセイクリッド……ベリアルなんだか幸せそうじゃない?」
「そうですね。神という感じはしませんが、もともと守るべき者を大切に想う方ですから」
普段はニーナやステラに振り回されて、気苦労も絶えないベリアルが柔和に笑う。
と、魔王はぽつりと呟いた。
「神様になっちゃっても、いいかもしれないわね」
「まさか。ベリアルさんがステラさんとニーナさんへの忠義を捨てることなどあり得ませんよ」
「うん……けど、あたしもニーナもずっとベリアルに守ってもらってきて、ベリアルの幸せのことなんて考えたこともなかったじゃない」
いつになく真剣なステラに驚かされた。
「な、なによセイクリッド? あたしの顔に何かついてるわけ?」
「ステラさんは魔王ですが、他者を思いやる優しさに溢れていらっしゃるのですね」
「ば、バカ……別にそんなのじゃないわよ」
否定しながら顔をプイッと向こうに向けて、魔王は少しだけ口を尖らせた。
さて、どうしたものか。
ステラがどう言おうがベリアルは魔王城に戻ると言うだろうし、心配することもないだろう。
大神樹の芽はまだ若い。力が弱いうちなら、ステラに燃やしてもらうのが良いかもしれないな。しかし……新芽を焼こうだなんて、我ながら神官の風上にもおけないな。
とはいえ、新芽を放置しておいては教皇庁から別働隊が派遣されかねない。それに新芽の神聖な波動を感じて、それを排除しようと動く魔族も希にだが存在する。
新芽のうちに摘んでしまうのが良いというのが、俺の結論だ。
あとはモキュップル族が神の不在に悲しまないよう、何か手を打って転移魔法で帰ろうそうしよう。
本当はベリアルを悪い神に落として、モキュップル族の信仰心を反転させる手もあったのだが――
と、考えもまとまりかけたその時、蔵か倉庫か穀物庫らしき建物から、テラコッタの壺を頭に載せたモキュップル族が、ベリアルの前にやってきた。
壺には濁ったオレンジと黄色の液体が満たされていた。表面に白い泡が浮いている。
「もっきゅもきゅー」
シロヒゲが「いのちのみずをかみさまにおそなえしたいそうです」と、神に進言した。
ベリアルの鼻がヒクヒク動き、神はゴクリとつばを呑み込んだ。
壺に満たされた“いのちのみず”は、トウモロコシを原料に作られたものらしい。
発酵させて糖分をアルコールに変えたものだ。
モキュップル族の暮らしぶりから、こういったものを作ることも予想できたはずだが、誤算である。大誤算である。
神は仰られた。
「う、うむ……おそなえを無碍には断れぬからな。それに命の水とは、きっと良い効能があるに違いない」
俺には断らずとも、普段のベリアルならステラには断りを入れるはずなのに、神扱いされてしまって感覚が麻痺したらしい。
ベリアルは子供の頭ほどの大きさの壺を両手でがしっと掴んだ。
シロヒゲが両手をあげて頭の上でフリフリ踊るようにして声をあげる。
「かみさまのーちょっといいとこみてみたいー」
「「「みてみたいー」」」
おい待てなんだそのふざけた祝詞は。周囲のモキュップル族が集まってはやし立てた。
「それそれーいっきいっきーもきゅっとぐびっとー」
「「「いっきーいっきーもっきゅーもっきゅー」」」
ベリアルが大きな胸を縦に揺らして、壺の縁に口をつけた。ゆっくりと確実に壺を傾け、喉を鳴らし、恍惚の表情を浮かべる神に信徒たちも瞳を輝かせる。
そりゃ嬉しいだろう。自分たちが作ったものを、神が喜んで呑むのだから。
コールに後押しされたのか、息継ぎすることもなくベリアルは壺いっぱいの命の水を飲み干した。
「ぷはー! なんだこれは、まるで酒のような味だな」
酒だよ。
途端に神の目が据わる。
「ふむ、確かめるためにもう少し呑みたいのだが」
「もっきゅもきゅー!」
かしこま~! と、言ったかどうかはともかく、酒の壺を持ってきたモキュップル族が大きな尻尾をパタパタさせて、酒蔵へと戻っていった。
すぐに二杯目が神に献上される。
「おお、少しで良いというのにまた壺で……し、仕方あるまい。まったくこまったやつだな」
オマエガナー。魔王様の不憫な人を見る目にもベリアルは気づかない。
ああ……駄女神化待った無しだなこれは。




