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神の資格とはその器の大きさにある

 ベリアルが三つ叉の槍を振り回した。


「寄るな! 近づくな! わたしはきさまらの神などではないっ!」


 その度、激しく揺れる彼女の胸元に、住人たちのキラキラとした視線が注がれる。


「かみさま~! かみさま~!」


 俺はステラをじっと見つめた。


「なるほど。そういうことですか」


 胸元を腕で隠して赤毛の少女が目尻をつり上げる。


「あたしには神たる資格がないとでも言うわけ!?」


「魔王様は魔王様でご立派でいらっしゃいますよ。しかし困りましたね」


 よちよち歩きで集まってくる住人たちを、ベリアルは槍で追い払おうとするのだが、切っ先が彼らをかすめることは無かった。


 襲ってくる敵ならいざ知らず、無辜むこの民は傷つけられないか。ベリアルの鋭い視線が弱気になった。


「ぐぬぬ……どうしてこのようなことに」


 住人たちも一定の距離以上にはベリアルに近づかない。彼女が動けば取り囲む輪が一斉にぐわっと動く。神様ベリアル様はどこに行こうとも彼らにとって中心ということか。


「大神官よ! 目的は果たしたな。ステラ様、どうか帰還魔法を!」


 ベリアルの懇願に白髭の住人が焦り始めた。


「かみさま てんのくに かえる? ああああああ! ああああああ!」


 白髭が頭を抱えて声を上げると、他の住人たちも一斉に鳴きだした。というか、涙し始めた。


「もきゅー! もきゅー!」


 声は愛らしく言葉の意味はわからないが、住人の誰もが悩み苦しんでいるようだった。


 ステラも「帰還しちゃっていいのかしら?」と、困惑気味だ。


 大神樹の芽は見つけたのだし、今後、彼らと共栄共存を望むなら、ここは大神官が一肌脱ごう。


「神様。どうか民たちに祝福をお与えください」


「な、なん……だと?」


 目を丸くするベリアルに俺は続けた。


「さあ、いつものように“神の祝福を与え、この地を恩寵で満たさん”と仰ってください」


 住人たちはめそめそと顔を手で覆って泣き崩れるばかりだ。


 一度、ベリアルの視線がステラに向いた。魔王様は腕組みして「やっちゃいなさい」とうなずく。


 上級魔族は手にした槍の石突きで石畳を打ち鳴らした。


 悲痛な鳴き声が止んで、誰もがベリアルに注目する。


 震える声で薄褐色肌の美女は宣言した。


「か、かか、神の祝福を与え、この地を恩寵で満たさん」


 槍を掲げると、一斉に歓喜の声が湧きあがった。


「「「「かみさま~! かみさま~!」」」」


 お通夜ムードが一転、闇に覆われた世界に陽がまた昇ったかのような歓声と、神様コールにベリアルは、プルプルと肩を震えさせて顔も真っ赤だ。


「失礼……おっと、通していただきますね」


 俺はもきゅもきゅな住人たちの輪に割って入り、神の御許に跪く。


「神はここに降臨されました。皆様、目を閉じ祈りを捧げましょう」


 俺の言葉を白髭の住人が一同に伝えた。


 みな、手を合わせてベリアルに祈る。


「ほら、何をしているのですかステラさん。神の御前ですよ」


「え? あ、あたしも?」


「当然です」


 ステラに祈られてベリアルの表情が引きつり気味になる。が、俺は視線でベリアルにくぎを刺した。


 ステラも手を合わせ、ここにベリアル神が誕生したのだった。




 広場に集まった住人たちには、一度解散してもらった。


 泉のほとりに残ったのは、白い髭の住人だけだ。他のものたちは段々畑に働きに出たりと、普段の営みを再開しだしたようだ。


 混乱はひとまず収まったとみていいだろう。


 神に祭り上げられたベリアルは引きつった笑みを張り付かせたままである。


 普段から仕えることには慣れているのだが、あがめられることがほとんど無いのがたたったようだ。


 しまいにはステラに「堂々と胸を張ってればいいのよ」とダメ出しをされたのだが、まるで借りてきた猫のようにベリアルは大人しくなってしまった。


 俺は白髭の住人に確認する。


「貴方は言葉が堪能なようですね。お名前はなんというのですか?」


「もきゅ! シロヒゲもきゅ!」


 見たままだった。


「シロヒゲさん。私は神に仕える神官で、あちらの赤い髪の少女は、そのお世話をする巫女です。そうですよね神様?」


 俺の言葉だけでは説得力に欠けるだろうとベリアルに振ると、神はぎこちなく「う、うむ」と首を縦に振る。


 シロヒゲは「しんかんさまと みこさま」と俺とステラの顔を交互に見てからうなずいた。


 俺は質問を続ける。


「まず、貴方がたのことを教えてください。神は目覚めたばかりですので、確認が必要なのです」


 シロヒゲは両腕を万歳させる。


「われわれはモキュップルもきゅ! ここにずっとすんでるもきゅ きねんのひに かみさま きたもきゅ!」


「ずっとというと?」


「はじまりのひから 365000かい たいようがのぼったもきゅ」


 整備された畑からも、正確な暦を持つ農耕民族のようである。となると神とは太陽神信仰あたりか。


「その間も神は天より貴方がたを見守っておいででした」


 俺が目配せするとベリアルは「うむ」と小さく応えた。交渉は俺に全部任せてくれるようだな。賢明な判断だ。


 シロヒゲは両手の肉球で、自身のほっぺたを持ち上げるようにして喜んだ。


「かみさま~! かんげきもきゅ~!」


 絞り出したような歓喜の声はベリアルに向けられる。無条件に注がれる尊敬の眼差しが、上級魔族の心にザクザクと刺さりまくったようだ。


 何もしていないのに褒められるのを、良しとするような性格のベリアルではない。


 一方ステラは人差し指をおしゃぶりのように口にくわえて「いいなぁ。あたしもなにもしてないのに、知らない人から賞賛と尊敬と畏怖されたいなぁ。褒められて伸びるタイプなのよねあたしって」とうらやましがった。


 働かざるものリスペクトされるべからず。本日の魔王標語である。


 さて、このままモキュップル族の信仰に、教会の教義を融合し一体化させるためにも、彼らの聖地に案内してもらう必要があるな。


「では、この地にある神の祭壇や聖地に案内してください」


「もっきゅもっきゅ~! ついてくるもきゅ」


 シロヒゲはぴょんぴょん跳ねるように、俺たちを先導して集落の奥へと誘った。


 ベリアルがステラに耳打ちする。


「だ、騙しているようで居心地がわるいのですステラ様」


「んもー! 神様がそんなことでどうするのよ?」


「ですからわたしは、神などではありません」


「いいじゃない。みんな喜んでくれるんだもの」


 代われるものなら代わってあげたいと、魔王は言いたそうなのだが……残念。それができないことは、聖地に到着して決定された。


 切り立った崖に石像が彫られている。


 高さ二十メートルほどだ。見上げれば、先日、マリクハで戦った教皇ゴーレムを彷彿とさせる大きさだ。


 壁から削り出されたように彫られたその石像は、まさにベリアルに生き写しだった。


 手には槍ではなく錫杖を持ち、長い髪に薄布のローブをまとった女神である。


 何より女神は豊穣を司るからか、ベリアルと同じく大きな胸の持ち主だった。


 ステラがスルーされたのもやむなしか。


 赤毛を振り乱して魔王が女神像の胸を指差す。


「ちょ! あれ! なに! ずるくない!? 人工物だからって盛りすぎよ!」


「まあまあ落ち着いてくださいステラさん」


 崖に彫られた石像の前には、神を祀る祭壇がある。掃き清められ聖地として大切にされているのは一目瞭然だ。


 壇上には細かく紋様の刻まれた石造りの玉座のような椅子が用意されていた。


「もきゅ! かみさまのいすもきゅ」


 シロヒゲがベリアルを懇願するように見上げる。


「座ってみてはいかがでしょうか神様」


「な、なんだと?」


「神の座ですから」


 シロヒゲにバレないよう、そっとベリアルの腰の辺りを手で押して促す。


「くっ……な、なぜわたしがこのようなことを……」


 苦々しく呟きながらも、ベリアルは神の座につく。


 その姿にシロヒゲは感涙し、石床に膝を立てて祈りを捧げた。


「かみさま~! かみさま~!」


 純真無垢な民を騙す偽神にしてもよし。このまま神を語らせ続け大神樹の芽と神権を一つにするもよし。


 乗っ取り……もとい、布教はスムーズに行えそうである。


 ステラが俺の顔を見て呟いた。


「何か悪いことを考えてるでしょ?」


「いいえ、そのようなことはございません」


 しかし、神の姿も様々だがモキュップル族の神であれば、やはりモキュップルと同じ外観や外見に近いものになるだろうに、なぜ女神は人間の姿をしているのだろうか。


 ベリアルが神様扱いされたこともあるのだし、教皇庁への報告は一旦保留して、独自に調査を進めることにしよう。

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