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大神官無事死亡 ~魔王のだいしゅきホールド~(全年齢向け)

 ある日の午後――


 ニーナがお昼寝のため、ベリアルに連れられて魔王城に帰ってしまい、俺とステラだけが聖堂に残された。


 長椅子に腰掛けて背中を反らし、ステラが両腕を上げながら大きなあくびをする。


「んも~! ヒマなんですけどぉ」


 講壇に立って俺は魔王に告げた。


「でしたらステラさんも、ニーナさんと一緒にお昼寝されたらよろしいのでは?」


 眠そうに目をこすって少女は息を吐く。


「ちびっ子じゃないんだから、お昼寝なんてしないわよ」


「少し仮眠をとるだけで、頭も冴えて作業などはかどりますよ?」


「今はちょっとやることがないっていうかぁ……本当は激務なのよ? たまたまヒマなの……うん」


 ステラは目を泳がせる。本当にヒマなのは“今”だけなのだろうか。俺は小さく肩を上下させた。


「ヒマで結構ではありませんか。平和な証拠です」


 もしかしたら、ステラは俺に話し相手になってほしいのかもしれない。


 大神樹の芽の裏手から、俺は案山子のマーク2をもってきて講壇に立たせた。


 司祭の代役を務めてもらって、今日はステラの聞き役になろう。


 彼女の隣に腰掛ける。


「ちょ! なんで一人分空いてるわけ?」


「信者とは適度な距離感を心がけておりますので」


「あ、あたしは魔王なのよ? 光の神の信者なわけないじゃない?」


 口を尖らせるステラにニッコリ笑顔で返す。


「その割に、毎日お菓子を食べたり紅茶を飲みに来たり、場合によっては光の神に祈り助けをこうていますよね」


 ステラはぶんぶんと赤毛のツインテールを振り回した。


「あ、あれは場所代よ! 魔王城前の好立地に建ってるんだから、テナント料として紅茶とおやつくらい出すのが礼儀ってものじゃない?」


「それは存じ上げませんでした」


 少女が細長い指でビシッと俺の顔をさす。


「あと、神頼みなんかしてないんだからね! あれはむしろ魔王であるこのあたしが、光の神に命じてるってわけ。神の下僕のセイクリッドには無理かもしれないけど、あたしにはどっちが上かハッキリわかるのよね」


「どっちが上なのでしょう?」


「と、ととと当然あたしよ!」


 えへんと張った胸は出逢った頃から変わらぬ慎ましやかさをたたえていた。


 まるで成長していない。


「さすが魔王様です」


「えへへぇ……褒められたぁ」


 皮肉のつもりはないのだが、ストレートに受け止めて頬を赤らめとろけるステラは、魔王をするには素直すぎる。


 と、ステラは腰を浮かしてお尻を椅子から離し、俺に密着するようにくっついて座り直した。


「どうしてくっついてくるのでしょう」


「い、いいじゃないべつに」


 小さな肩を俺に寄せて、少女はじっと俺の顔を見つめる。


「ほんと、セイクリッドって教皇ヨハネにそっくりね」


「そうでしょうか?」


「銀色の綺麗な髪に青い瞳……血が繋がってるって感じがするの。あたしとニーナはちょっと違うから」


 魔王のお尻のあたりで揺れていた尻尾が、へにゃんとしおれた。


「中身は別物ですよ……たとえば」


 俺が言いかけたところで、ステラがずいっと身を乗り出して吐息がかかるくらいの距離にまで、顔を近づける。


「え? なになに!? 面白い話してくれるの!?」


「面白いかどうかはわかりませんが、あの化けも……神聖なる教皇様に自分など足下にも及ばないという、心暖まるエピソードくらいならお話できそうです」


 ステラの表情がパアアっと明るくなった。


「教えて教えて! 子供の頃の話とか?」


 何をそんなに興奮しているのだろうか。ステラは鼻息も荒く瞳を爛々と輝かせていた。


「あれは私が大神官になったばかりの頃……教皇様が『手品の助手をして欲しい』と仰ったので、手伝うことになったのです。なんでも教皇庁の大納会の余興で、幹部のお歴々を集めて披露するとかで」


 ステラは俺の膝に手をついて「うんうん、それでそれで?」と、若干食い気味に急かす。


「落ち着いてください。というか、近すぎますよ」


「いいから話して!」


「はぁ……それでですね、手品というのは箱の中に私を閉じ込めて、剣で刺すというものだったのです。題して大神官危機一髪」


「て、手品よね? ちゃんとタネも仕掛けもあるんでしょ?」


 魔王が早くも引き始めている。俺は咳払いを挟んだ。


「エー……オホン。箱に閉じ込めた大神官に、教皇様の用意した剣がグサグサと刺さるわけです」


「ひえっ!? あ、でもほら、剣が実はペランペランとしてて柔らかくて、箱には刺さるけど中でセイクリッドの身体を上手く除けるような感じになってるのよね? そうよね! そうって言ってよ大神官!」


「全身に突き立てられた刃。止めどなく溢れる血潮。痛みに悶絶することさえ拘束されたこの身体には許されず、次第に意識は遠のき……剣がまた、一本、もう一本と……最後の一撃が心臓に打ち込まれるその刹那……」


 魔王は両手で耳を押さえている。


「あーあーきこえなーい!」


 俺は悟ったような柔和な顔つきで締めくくった。


「命の危機に生存本能が目覚め、習得したのが完全回復魔法でした。今では私の得意な魔法の一つです。こうして無事、手品は大成功。なんと中の人は無傷で箱の外に出てきたのでした。白い神官服はあちこちが裂けて、バラのような紅に染まっていましたが」


「なにそれ怖すぎるんですけぉおおお!」


 涙目になって少女が絶叫する。


「安心してください。冗談ですよ」


 震える少女の頭をそっと撫でると、魔王の表情が一瞬だけホッと緩んだ。


 が、すぐに目尻がツンっと上がって彼女は吠える。


「う、う、ウソツキ! いーけないんだーいけないんだー! 光の神様にチクっちゃお! かーみーさーまー! おたくの大神官が魔王に二枚舌外交仕掛けてくるんですけどぉ! 教育がなってないんですけどぉ!」


 面白い話が訊きたいというから、多少脚色を加えただけなのにひどい言われようだ。


 壇上の案山子は静かに魔王の言葉を聞き流した。


 俺は魔王に告げる。


「嘘ではありません。いいですかステラさん。嘘とは誰かを傷つける類いのものであって、今のはステラさんを楽しませるためのエンターテイメントです」


「そ、そうだったの? けど、本当の事かと思って心配しちゃったじゃない」


 じわっと涙目になる泣き虫魔王様。


 が、両手を広げて俺に言う。


「抱っこぉ」


「いきなりどうされました?」


「だ、抱っこしてよ。セイクリッド死んじゃうって思ったら、なんだか急に……抱っこしてほしくなったの」


 顔を真っ赤にして少女は呟く。


「唐突すぎて意味がわかりませんが……」


「いいから早く! ね! 抱っこ抱っこ!」


 どうやら言うことを訊かなければ収まりそうにない。俺は立ち上がると、少女の腰の裏に手を回し、足下からすくい上げるように抱きかかえた。


 いわゆるお姫様抱っこである。


「これでよろしいですか?」


「ち、ちがうのー! これはこれでいいけど! お姫様抱っこは大正義だけどぉ!」


 どうやら魔王様はお気に召さないようだ。俺は彼女を肩越しに担いだ。


「では、こういう抱っこはいかがでしょう? 賊がお姫様を誘拐する時にする抱っこです」


「セイクリッド遠のいてる! 正解から遠のいてるから!」


 俺の目の前でステラは足をジタバタとばたつかせた。


「はて、いったい私に何をしてほしいのですか?」


「おろーしーて! おろしてよー!」


 腰を落として少女の足を床に着ける。と、ステラは正面から俺にのしかかってきた。


 長椅子に座らせられた俺の膝に、少女のお尻が乗っかる。


「抱っこはこうでしょ? お手本見せてあげるんだから」


「あの……この姿勢はいささか教会で司祭がしてはいけないような気がするのですが」


「え? どうして? いいじゃない別に」


 キスすると子供ができる理論の提唱者は、至って真面目に回答した。


 ステラは俺の頭を抱きかかえるようにして、ぎゅーっとだきつく。


 腰と腰が密着し、少女の胸に俺の顔がうずま……らない。が、やんわりしっとり押しつけられる。


 お互いの体温が一つに溶け合うようだった。少女は少しだけ汗ばんでいる。


 ほんのりと花の蜜のような甘い香りが鼻孔をくすぐった。


「抱っこ……抱っこ……セイクリッドはがんばったから……ご褒美にあたしが抱っこしてあげるね」


 突然母性に目覚めた魔王様だが、どうやら俺をねぎらってくれているようだ。


 しばらくはこのままでもいいか――


 そう、思った矢先の事である。




「フォーン……フォーン……フォーン……」




 不意に講壇に立つ案山子が歌い始めた。それに合わせて、大神樹の芽から声が響く。


『死んじゃった! てへぺろ!』


『アコ殿あんまりふざけてると正座説教食らうでありますよ?』


 普段なら俺が蘇生魔法を使うのだが、壇上で案山子のマーク2が、さまよえる二人の魂――アコとカノンを蘇生させた。


 光が集って人の形を成し、勇者と神官見習いが赤いカーペットの上に並び立つ。


 長椅子に座って正面からステラにマウントされ、ぎゅっと抱きしめられた格好の俺を、アコとカノンが発見したのは、その二秒後の事だった。




 教会の……大神官の……司祭の……というか俺の権威の失墜不可避である。


 恐るべし魔王の策略。恐るべし抱っこ攻撃。

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