解散!? 勇者パーティー
誰もやってこないので、聖堂の長椅子に寝そべってぼんやり過ごしていると……不意に講壇の上で光が咲くように溢れ、大神樹の芽に二つの魂が導かれた。
『…………』
『…………』
やけに静かだ。ルルーナだろうか? 俺は立ち上がり大神樹の芽に向き直る。
「蘇生魔法&蘇生魔法」
淡い光が聖堂に溢れて二つに分かれると、それぞれ人の形を作り上げた。
ツンツン黒髪の勇者アコと、眼鏡の神官見習いカノンだ。
復活するなり二人はお互いに背を向けた。アコが腕組みをして、布地の下の大ぶりな果実を前腕で持ち上げるようにする。
「別にそんなに怒らなくていいじゃん」
口を尖らせプイッとそっぽを向くアコに、キャスケット帽を目深にかぶったカノンが短杖をぎゅっと握り締めて呟いた。
「なにかやらかす時は、事前に“怒らないでね”と断りを入れて欲しいものでありますな」
声色が冷たい。というか感情が無い。途端にアコがカノンの前に回り込んで抗議する。
「な、なんだよ! いつボクがやらかしたっていうのさ? だいたいカノンなんか眼鏡置き場じゃないか!」
「自分の本体は眼鏡でありますか!? こう見えても下級生には知的な美人の先輩で通っているでありますよ? カノンお姉様だなんて呼ばれて、慕われるくらいには優等生でありますから!」
「それはきっと眼鏡が褒められてるんだよ。眼鏡と帽子をとったらカノンなんて、ただ青いだけの光弾魔法乱射装置だし」
「う、うう……人が気にしていることをズケズケ言うのやめるであります!」
光弾魔法を乱射するのは十分個性的だぞ。迷惑だけど。
どうやら二人はギクシャクしているらしい……が、俺には関係ない。
これは当人たちが乗り越え、解決すべき問題だ。放っておこう。
と、思ったところで二人は揃って俺の方を向いた。
「セイクリッドも、この頑固な石頭になんとか言ってあげてよ!」
「セイクリッド殿も、無自覚と無頓着が服を着て歩いているアコ殿をなんとか真人間の道に戻して欲しいであります!」
俺はニッコリ微笑んだ。
「まぁまぁ。お二人とも、いったい何があったのですか?」
この二人がケンカというのも珍しいので、適度に火に油を注いで炎上させよう。わだかまりなど、燃やし尽くしてしまえばいい。
アコが眉尻を下げた。
「ボクはいつも通りで何もしてないよ。カノンが急に怒りん坊になったんだ」
カノンがアコの顔をビシッと指さした。
「急にもなにも……だいたいアコ殿が悪いのでありますよ! この前だって大金をインチキくさい魔法の鍵と交換したあげく、それを……それを無くすなんて!」
「無くしたんじゃないよ! ちゃんと道具袋に入れておいたのに……ううっ」
この不仲の原因は俺だった模様。だが、民家に押し入り鍵を開けて回るピッキング大好き勇者のアコに、魔法の鍵を持たせておくのは危険すぎた。
これは勇者を大罪人にしないための配慮だ。溜まりに溜まった蘇生のツケを返してもらったのは、そのついでだということにしておこう。俺の心の中で。
鍵は、俺の私室の机の引き出しで目覚めることのない眠りについている。
「しょーがないじゃーん」
アコは一層腕で胸を押し上げ、その大きさを強調するようにしながら、悪びれるでもなく平然としている。
勇者として人として、いや生き物としてどうかと思う。
とはいえこの不仲が魔法の鍵がきっかけなら、俺にも責任の一端があるな。
カノンは怒りに肩を細かく震えさせた。
「この前も、こっそりスロットでスッたからお金をちょっと足してあげたのに! 自分の親切を切り捨て踏みにじるのでありますか!?」
あ、ごめーん。前言撤回。カノンもダメだった。甘やかしすぎだ。アコのつけあがった駄目人間成分の半分は、カノンの思いやりでできている。
ついに仲良しパーティーも解散か。カノンが涙目になって訴える。
「どうしたら、もっとまともになってくれるでありますか?」
カノンが甘やかしているからだろう。育成失敗だ。
アコが不思議そうな顔で訊く。
「それよりカノンさ、ボクに失望するチャンスはもっと前からたくさんあったのに、今日になって急にどうしちゃったのさ? 魔法の鍵がなくなった時だって、最後は『次は無くさないようにするでありますよ!』って、励まして許してくれたじゃん?」
言われてみれば確かにそうである。カノンが愛想を尽かすなら、もっと前に離反しているのが自然だろう。
俺はカノンの前に歩み寄り、訊く。
「いったい、何があったのですか? アコさんの前で言いにくいというのであれば、懺悔室でお話くださっても結構ですよ」
「セイクリッド殿ぉ……」
眼鏡越しに涙目になって、カノンは自分の道具袋を取り出した。
そこには様々な木の実のようなものが詰まっている。
「アコ殿が……アコ殿が食べたのでありますううう!」
色や形は様々だが、ドングリやカラ付きのナッツのようなそれらは食べられるらしい。
酒瓶片手のベリアルがいれば、五分と経たずにツマミにされてしまいかねないな。
「木の実ですか?」
一つ、つまみ上げてみたのだが、何の変哲もない実である。カノンは吼えた。
「こ、これは全部、食べると能力があがる実なのであります! 食べるだけで強くなれるのでありますよ! 体力の実や腕力の実に、こっちの赤いのが敏捷の実でありまして……こっちの小さな実が集まってるのが器用さが上がる実であります」
「どうして一気に食べてしまわなかったのですか?」
カノンは申し訳なさそうにうつむいた。
「そ、それはその……い、言えないであります」
こういったアイテムは使うのがもったいなくて、ついつい持ち越しがちだ。
しかし腕力や体力に敏捷性と器用さの実というのがあるなら、もう一つくらい種類があってもおかしくない。
「知力が上がる実はないのですね」
俺の言葉にカノンはスッとアコの顔を指さした。
「なぜか知力の実だけピンポイントで全部食べられたでありますよ!」
これは魔法職でもある神官としては大激怒も致し方なし。
これに対して勇者の返答は――
「だって美味しそうだったからぁ……実際美味しかったし……でへへぇ……ごめーんね」
はい、知力0。
怒りに再着火したのか、神官見習いは短杖をぶんぶん振り回し始めた。
「ごめんで済んだら教皇庁はいらないでありますうううううう!」
こんな姿を慕っている後輩たちに是非見せてあげたい。みんながお姉様と呼ぶカノンの自然体を。
カノンを背後から羽交い締めにして、俺は「どーどー」と落ち着かせようとした。
「乱暴はよしましょう。聖職者なのですからきちんと対話して解決するべきですよ」
対話(物理)は最終手段だ。
「アコ殿の……アコ殿の……ばかああああああああああ!」
せっかく食べた知力の実が、まったく効果を発揮していなかった。それもそのはず。
俺はカノンの耳元にフッと息を吹きかける。
「ひゃん! な、ななななにをするでありますか急に!?」
「いえ、このままだと教会内で光弾魔法を乱射しそうでしたので。いいですかカノンさん。これらはすべて、ただの木の実です。どれも食べられるものですが、食べたところで能力が増すようなことはありません」
瞬間――カノンは半分口を開けると、そこから霊魂のようなものがふわあああっと出始めた。
アコが笑う。
「あー、どうりで頭良くなった気がしないわけだね」
カノンがその場で崩れて、赤いカーペットに突っ伏す。
「いつか……いつかアコ殿が大きな壁にぶつかった時に……この実を食べて乗り越えてもらおうと思って……貯金を切り崩してまで買ったのに……」
カノンはアコのお母さんか何かかな?
途端にアコの顔が青くなった。
「え、ええ!? そうだったの?」
親の心、子知らずとは良く言ったものである。
二人はあっという間に仲直りした。アコは平謝りだ。さらに「ニセモノじゃないよ! ちゃんと効果あったから! 今ならええと、計算とか角度とかすごいちゃんとできる気がするよ!」と、虚勢を張るほどだ。
カノンも詐欺にあったことを恥じて反省し、雨降って地固まったところで俺は二人に告げる。
「では、お二人とも所持金の半分を置いていってくださいね」
「「嘘でしょ!?」」
いい話風だろうが、もらうものはもらう。それが教会クオリティだ。




