出会い
一学期最初の試験が終わり、生徒たちの間では部活動の再開を喜ぶ声や、どこか遊びに行こうなどと浮かれた会話が目立っていた。
その傾向がとくに強いのは、入学して最初の試験だった一年生だろう。
高校受験以来の猛勉強だったという者も少なくないらしく、教室や廊下のいたるところで解放感に浸る生徒たちが見受けられた。
進学校とはいえ、一年の内はこんなものなのだろう。
高校総体を控えた運動部の上級生や、難関大学への進学を希望している生徒たちは、気を抜いている場合ではないようだが。
上級生と下級生の顕著に表れている違いに気づきつつも、これといった感想を持たなかった俺は、無言で昇降口に向かう。
雑多な喧騒を抜け、ようやく校庭に出ると、眩しい日差しが容赦なく照りつけてくる。
今はまだ五月末。あと一週間で、六月に入るという時期だが、太陽は季節を先取りでもしたいのだろうか。
それとも梅雨前に少しでも日照時間を稼いで、自分の存在を忘れないでという自己主張なのだろうか。
だとしたら――いや、そうでなくても、止めてもらいたいものである。
七月や八月が暑いのは当然なので我慢できるが、五月が暑いというのは話が違う。
じんわりと額に汗を浮かべた俺は、気怠げに歩を進める。
校庭には、それぞれの部室に向かっている運動部の姿が数多く見られた。
勉強だけでなく、部活動も盛んに行われ、文武両道を校訓としているウチの高校では、九割以上の生徒が何かしらの部活動に所属している。
いかにも青春真っ盛りという雰囲気の生徒たちを余所に、数少ない帰宅部である俺はさっさと学校を後にする。
この後、俺はコンビニに寄って昼食を買い、真っ直ぐ帰宅。昼食を取り、しばらく勉強でもして時間を潰し、涼しくなったら日課のジョギングに行き、夜はスーパーの安くなった惣菜で済ませる。入浴後は少し勉強して、十二時には就寝。そして朝になり学校へ。
せっかく昼前に学校が終わったというのに、何の面白味もない予定だと自分でも思う。
しかし大抵のことに興味を持てない俺は、歩きながら適当に立てた予定通り、コンビニに向かう。
コンビニに着いた俺は、弁当と飲み物をかごに入れた後、数秒の葛藤を経て、三十円安い方のアイスを手に取る。
父親と二人暮らしとはいえ、決して貧乏ではないが、節約は大事だろう。
いつかこの三十円で救われることがあるかもしれない。……たぶんないだろうが。
「ありがとうございやしたー」
何度も言い過ぎたからか、お座なりになっている店員の声を背に、俺はコンビニを出る。クーラーが効いている空間から、そうでない場所に一歩踏み出した、あのウンザリ感を味わいつつ。
「……余計暑く感じるんだよな」
はーっと溜息を吐き、俺は歩き出す。
正直ものすごくだるいが、ダラダラ帰っていると、この暑さでアイスが溶けてしまう。
仕方なく、歩調を速めつつ(といっても、早歩きよりも断然遅い)、自宅に向かっていると、
「あ……」
ふいにそばで小さな声が聞こえた。
生まれながらに聴覚が異常に優れている俺だからこそ聞き取れた、口の中だけで呟くようなそんな些細な声――いや、声にすらなっていない微小な音だった。
誰かに伝えためでもなければ、独り言というわけでもないだろう。
しかし、これといって驚きの感情が込められているようにも聞こえず。
俺は思わず――本当に自分でも思いがけずに、その声が発せられた方を振り返っていた。
その声の主は、少女だった。
パッと見て、年齢は十二、三歳くらい。
小柄で華奢な、髪の長い女の子。
しかしながら真っ先に目が行ったのは、少女の瞳だった。
日本人と外国人とのハーフなのか、それとも目の色素が薄いのか、彼女は美しい碧眼をしていた。
そのため自然と瞳を見てしまい、黒髪碧眼の少女と目が合う。
「……」
「……」
両者無言。
なぜかお互い見つめ合う形になっていた。
しかも少女は、ビックリして視線を逸らすことを忘れているというわけではなく、何か伝えたいことでもあるとでも言うようにジーッと俺を見つめ返してくる。
居心地が悪くなったわけではないが、先に目を逸らしたのは俺だった。
最近何かと物騒な世の中である。女子中学生といつまでもこんなことをしていたら、俺を不審者と勘違いした通行人に通報されてもおかしくはないだろう。
面倒事は遠慮したいので、あえて一言も告げず、立ち去ろうとしたが、
「さすがに、話し掛ける流れだと思いますよ」
無言で立ち去ろうとした俺に、少女は淡々と言う。
ほとんど抑揚のない口調。可愛らしい容姿とは異なり、子供っぽさの欠片もなかった。
どうしてだろうか?
他人に興味なんてこれっぽちもないのに。
無視して、さっさと立ち去ればいいのに――
俺は小さく息を吐き、おもむろに口を開く。




